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捨て悪役令嬢は怪物にお伽噺を語る  作者: 秋澤 えで
本編

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26/51

26冊目 檻越しの問答

逡巡するようにしばらく黙り込んだカンナさんですが、答えなどわかり切っていました。



「……質問にアンタが答えたとして、それが本当とも限らないでしょ。」

「何をおっしゃいますか。わたくしが正直者でこの上なく素直なのは貴女が一番ご存知でしょう?」

「今のアンタは今までの馬鹿正直な令嬢じゃないわ。お粗末なおつむに余計なものばかり詰め込んで。」

「なるほど、では貴女は別に質問の答えはいらない、ということですね。」



疑うのは結構です。しかし賭けに出なければ何も得られないということもあります。疑うことは自分の身を守ることです。ですが時に、その疑いが自分に不利益をもたらすことにもなるのです。



「……いらないなんて言ってないわ、」

「では、もう一度。貴女がわたくしの質問に答える代わり、わたくしが貴女の質問に答える。よろしいですか?」

「良いわ、さっさとして頂戴。」



じろりと睨み上げる彼女はやはり予想通りでした。睨む瞳は微かに揺れ、身体が強張り、指先は強く服の端を掴みます。端々に見える余裕のなさ、そっと安堵の息を吐きました。



「まあそんな緊張なさらないでください。わたくしたちは今、対等です。」

「っは、どこが?だったらアンタもこの牢の中に入りなさいよ。」

「貴女の答えた内容、態度、正確さによってわたくしの答えも変わります。貴女が詳しく真摯に答えるのなら、わたくしも同じようにいたしましょう。」



これは、あくまでも遊びでしかありません。わたくしが本当のことを言うか、彼女が本当のことを言うか、それはお互いにわからないのです。大した意味も持たない、わたくしの知りたいという欲がために行われる問答です。

わたくしは、彼女から本当のことが聞けずとも問題はなく、カンナさんも、わたくしから本当のことが聞けずとも何か変わることはありません。ただ彼女が自らの安寧にどの程度重きを置いているか、それによって問答の密度は変化するのです。



「質問はいくつでも、いつでも構わないので、最初は簡単で大した意味のない質問にしましょうか。」

「……それ、私もアンタからどうでも良いようなことしか聞けないってことじゃない。」

「最初ですから。一番最初に一番重要なことを聞いたとしてもそれが本当なのか疑っては落ち着かないでしょう。少し相手の出方がわかってからの方が良くはないですか?」



口を噤む、ということはそれで良いということなのでしょう。臆病である、という本質を前提に考えれば彼女の心を揺さぶるのは酷く簡単なようでした。



「では最初の質問です。貴女はなぜ、わたくしを悪役に仕立て上げたのですか?」



簡単で良心的な質問です。答えもわかっています。わたくしがミハイル王子の婚約者であったからでしょう。自分の座りたい席に他人が座っている。だからどかした。それだけのことだとは思っていました。少なくとも、わたくしに人から恨まれた覚えはありませんし、恨まれるような心当たりもありません。ならば嫉妬故、もしくは次期妃という席故と考えるのが自然です。



「アンタが”シルフ・ビーベル”だったからよ。」

「……わたくしが、わたくしであったためですか?」

「ええ、アンタが”シルフ・ビーベル”だったから。それ以上でも、それ以下の理由でもないわ。」



迷う間もなく、しれっと答えた彼女にわたくしの方が動揺しかけました。想像していた答えと違いました。そして彼女の答えは全く要領を得ません。「わたくしがわたくしであった」そんな理由で、嵌められた、ということなのでしょうか。



「……それは端的に理由などなかった、と言うことですか?」

「違うわ。それが理由よ。”アンタ”が”シルフ・ビーベル”だったから。それだけ。」



嘘はおそらく吐いていないでしょう。彼女に変化は見られません。嘘をつかず、何かを伏せているかまではわかりません。

しかしふと思い出しました。


『あんたは存在が罪。罰も必ずついて来る。悪役令嬢として生まれたのが運の尽きね。』


わたくしが檻の中にいて、彼女が檻の外にいたとき、嗤いながら彼女はわたくしにそう言っていました。

はぐらかしているように、誤魔化しているように聞こえる要領を得ない彼女の答えですが、彼女の発言を顧みれば、常に主張は一貫していました。


シルフ・ビーベルが悪役令嬢であったから。カンナさんが言うにはそれだけなのです。



「……わかりました。では貴女からの質問は?」

「アンタが私を生かしておく理由。」



よどみなく出された問い。予想通りで、彼女が一番欲しがっているものです。



「いけませんね。質問は同等であるべきです。貴女の質問は貴女の安寧にとって一番重要な質問。フェアではありません。言ったでしょう?最初は大した意味じゃないものを、と。」

「……何で、私のことを生かしているのにラクスボルンには仕返しをしたの。」



沈黙の後に絞り出された質問は、確かにどうでも良い質問でした。その答えを得ても、彼女には得にはなりません。どうでもよく、些細なものです。しかしこの問答を続け、もっともほしい答えにたどり着くには質問と応答を続けなくてはならないのですから、ある意味ちょうどいいと言えばちょうどいいのでしょう。



「ラクスボルンの方々はわたくしを国に呼び戻そうとしていました。」

「はぁ?アンタは死んだことになってたでしょ。しかも殺したのはラクスボルンなのに今更、」

「あれ、ご存知ありませんでしたか?生きているのではないかと疑問をもったラクスボルンは、ダーゲンヘルムにいるだろうわたくしを呼び戻し、再びミハイル王子の婚約者の席に据えようとしたのですよ?」



陛下から以前聞いたことを包み隠さずお話しすると、彼女は目を見開き愕然としました。驚きを隠そうともしない彼女の様子に、本当に何も知らず、知らされないまま殺されるところだったのだと知りました。



「なん、」

「なんで、と申し上げますと、貴女がわたくしを嵌めて未来の重鎮たちたる重役のご子息たちを誑し込んでいたことがわかったからですよ。貴女の嘘は次々と見破られ、貴女は処分されるはずだったのです。貴女を処分し、再び空席となったわたくしを”カンナ・コピエーネ”として据えようとしていたのです。貴女によって国が騙され、嘘に踊らされたという事実をすべて隠し、捨てたわたくしを再び好待遇で迎えることで事実を知る者を黙らせようとしていたのです。……もちろん、陛下がそれを許すわけもなく、それ以降は貴女の知る通りです。」



本当に何もご存じなかったのですね、という言葉に返事をすることもなく、彼女はただ茫然自失としていました。きっと自身のしてきたことについてはすでに糾弾され、何らかの処分がされることはわかっていたでしょう。しかしかつて自分が殺そうとした相手の代わりに自分が殺され、その相手が自分に成り代わるとは思わなかったのでしょう。荒唐無稽であまりにも杜撰な計画なので、思いつくはずもないとは思いますが。



「ショックなのはわかりますが、そんなこと貴女にとってどうでも良いことでしょう。彼らはもういません。そうでしょう?貴女を生かしている意味はまだ言いませんが、ラクスボルンの方々がそうなった理由は、これです。仕返し、などではありませんよ。ただわたくしもまた、貴女と同じように安寧を生きるために危険の芽を摘んだだけです。」



仕返しなど、感情に走ったものではありません。すべてはわたくしの大切なものを守るため。そのために、かの国に抗った。それだけのことでした。

 しかし彼女にとってどうでも良いことでしょう。自分のためになにもかもをひっかきまわし、利用し倒した相手たちであり、もうすでに終わってしまったことです。ただわたくしはなぜ彼女がこんなにもショックを受けているのかわかりませんでした。今更過ぎることです。あっさりと手を返されたことでしょうか。人知れず葬られることでしょうか。それとも、自分が嵌めたはずの人間が労せず国によって再び同じ地位に舞い戻ろうとしていたことでしょうか。一度は愛していた相手に、あっさりと見殺しにされそうになっていたことでしょうか。それともその全てでしょうか。


わたくしにはわかりませんでした。それは全て、自身のしたことの重大さを知っていれば想像のつくことなのですから。



「……今日はこれくらいにしておきましょうか。明日の物語も、楽しみにしています。」



いつものように椅子をどかし、牢の前から去ります。扉の外にいる牢番の兵士さんに、いつもより長かったからでしょうか心配するような言葉を掛けられますが無難な返事をしておきます。


以前からわからなかった人でした。しかし今日質問をして改めてその不可解さを知りました。

本質が掴めない答え。雲を掴むように曖昧であるのに、まるで彼女の中に的確な答えを持っているように思えるのです。そして騙してきた相手達からの断罪や糾弾、処罰なども当然のこと。何をされても文句を言えないのになぜ彼女はあれほどまでに衝撃を受けていたのでしょうか。


カンナ・コピエーネという少女は、誰よりも演技が嘘が法螺が上手でした。たくさんの物語を知っていました。多くの文化も知っていました。そしてヒロインと悪役令嬢の何かを、彼女は知っています。何を知っているのか、なぜ知っているのか、何を望んでいたのか、何を目指していたのか。

国の全てを巻き込んだ大芝居。それはわたくしから全てを奪いました。しかしその大芝居、彼女もまた何もかもを捨てるリスクを負っていました。


しがない商家の男爵令嬢は、本当は何がしたかったのでしょうか。

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