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21冊目 悪役令嬢に相応しく

二人の兵士さんに扉を開けてもらい、わたくしはひやりとした空気に頬を撫でられました。手に余るくらいの大きさの椅子を半ば引きずりながら階段を下りていきます。地下牢は、いい思い出がないので好きではありませんし、未だ緊張感を覚えます。しかしこれにも慣れなくてはなりません。薄暗い石畳みにわたくしの足音と椅子の引きずられる音が響きます。音だけ聞くと恐ろしげでしょうに、実際のわたくしの姿は椅子を持ち上げることもうまくできず、さぞ滑稽でしょう。地下牢、と言っても実際は半地下のようで、高いところにある窓からは明るい光が入ってきていました。ほとんど入ったことのない城ですので、この地下牢がどのような場所に配置されているか、わたくしにはわかりません。

体力はある程度ついているのでしょうが、木の椅子という運びにくいものを運んだせいで少し息が上がっていました。目的の場所に着いたとき、わたくしは見苦しかったでしょう。しかし彼女は何も言わずただ睨み上げていました。罵倒してもどうにもならないと思ったのか、もはや罵倒する元気もないのか、後者だと少々困るかもしれません。



「こんにちは、カンナさん。」



カンナさんは、答えません。



「……お元気そうで、何よりです。」

「嫌味?どこをどう見たら元気に見えるの?」



噛みつくような答えですが、話をする元気はあるようです。姿は相変わらずみすぼらしい、と表現するに相応しいのですがその眼はまだ絶望に染まってはいませんでいた。



「目を見て、そう思いました。」

「それで何?ダーゲンヘルム王のお気に入りのシルフが私に何の用?笑いに来たの?それとも私の殺し方が決まったの?それは愉快ね。斬首?絞首刑?拷問にかける?いや、わざわざこんな盛大な復讐に来るアンタだもの、自分がされたようにするんじゃない、森に捨てる?今度はちゃんと人を食べるような猛獣がいる場所にね。」

「殺されたいのですか?」

「ええ、それが必要なことならね。」

「その割には、きちんとご飯を食べているようで安心いたしました。」



笑ってそう言えば血色の悪かった顔がカッと赤く染まりました。おそらくわたくしの言ったことは皮肉というものなのでしょう。しかし事実です。殺されても良いと言うのは虚勢でしかありません。それでも陛下からお話を聞いた限り、彼女が生きたいと願ったために連れてきたようですから、口では開き直ったようなことをいうものの、死にたくないのでしょう。本当に死にたいと思うなら出された食事になど手を付けないのですから。



「さて、死にたくないカンナさんに質問でございます。」

「何よっ!」

「嘘偽りなく答えていただけると嬉しいのですが、」



じ、と目を見て話します。わたくしに嘘が見破れるか、というと怪しい物ですが少しでも威圧感を感じて本当のことを話していただけると助かります。



「貴女は、カンナ・コピエーネさんは自分がしたことを『悪いこと』だと認識していますか?」



酷く簡単な質問です。イエス・ノーで答えられる問いでした。しかし彼女は一瞬だけ顔をこわばらせました。そして唸るように、唱えるように低く答えを口にします。



「私は、何も悪くない。私は正しい。『正しい』選択しかしてこなかった。」

「では、わたくしにありもしない罪を被せたことも、わたくしを殺そうとしたことも、『悪いこと』と認識していない、ということでよろしいでしょうか?」

「いいわ。私は正しい。本当に間違っていたのはアンタの方よ。」

「……そう思ってらっしゃるなら、どうして自分に言い聞かせるように『私は正しい』とおっしゃるのか、そこはよくわかりませんが、とりあえず置いておきましょう。」



また、虚を突かれたような顔をなさいました。やはり、彼女は嘘をついているのでしょう。いえ、嘘ではなく、何かを話していない、隠しているようにも見えます。本当は悪いことをした自覚がある、しかしそれを認められない理由がある、と言ったところでしょうか。それだけでは一体彼女が何を考えているのか、わたくしにはわかりません。



「時間はまだまだありますから。」

「……終身刑か何かにでもするつもり?」

「まさか。」



終身刑も考えなかったわけではありません。生きて罪を償う、という考え方もあるとどこかで読んだことがあるので。しかし終身刑は言い換えれば国の穀潰しです。それ行うのは、たぶん、違うのでしょう。こう言ってはなんですが、住めば都という言葉もあるくらいですから。



「一つ、ゲームをしませんか?」

「……ゲーム?」

「ええ。ゲームです。しませんか、というのは語弊がありますね。ゲームをすることになりました。」



疑問符を浮かべて訝し気にしていますが、その様子になんだか笑みがこぼれます。きっとラクスボルンに居た頃の彼女であれば愛らしく首を傾げたでしょうに。随分と態度が変わったもの、と思わずにはいられません。



「陛下とお話をして決めたゲームです。ただ乗るか乗らないかはカンナさん次第。ご自由にお選びください。」

「……乗らなかったらどうなるのよ。」

「それは、その……残念な結果になるしかありません。ただしっかりご飯を食べてくださる貴女ならそちらを選ばられることはなさそうですが。」



グッと唇をかみしめるカンナさんを見下ろしました。ゲームに乗らない可能性は十分にあるのです。そうなれば、わたくしにできることは何もありません。馬鹿馬鹿しいほど滑稽で欲に塗れた救いの手とて、握ってもらわなければどうにできないのです。ずるいことは知っています。もしここで彼女がゲームに乗らないと言うなら、自身で死を選ぶのと同じなのです。少しでも責任から逃れたいと思う、わたくしのエゴです。



「……内容は、」

「はい?」

「ゲームの内容は何って聞いてんのよ。」



相変わらずきつい口調ですが、ゲームには乗り気でいてくれたようで安心します。持ってきた椅子にようやく腰を掛け、陛下に提案したままの説明をします。



「ルールは簡単、カンナさん。貴女は一日一つ、物語をわたくしに聞かせてください。」

「……物語?」

「ええ、物語です。御存じないとは思いますが、ダーゲンヘルムはその実、恐ろしい国ではなく、物語をこよなく愛する人たちの国です。本や劇、吟遊などあらゆる形で物語たちが楽しまれています。そして王たるファーベル・ダーゲンヘルム陛下も例外ではございません。」



わたくしの思いつく共通点といえば、これくらいでした。わたくしも、陛下も物語を愛しています。そして図書館で出会ったカンナさんも、まるっきり嘘でなければ物語を多く知り、そして愛していらっしゃるのでしょう。陛下の気まぐれな性格で唯一はっきりし一貫しているもの物語を愛でることでしょう。物語を引き合いに出せば、お話を聞いてくださる可能性は格段に上がります。



「貴女から聞いたお話をその日のうちに、わたくしは陛下にお伝えします。それにより数はカウントさせていただきます。ちなみに同じ話、すでに世に出回っている話はいけません。ああ、ただダーゲンヘルムにまだ入ってきていない物語であれば問題ありません」

「数って、いくつ、」

「一年です。一年、365日間毎日お一つ話してくださいませ。」

「一年毎日って……!とんでもない数じゃない!」



カンナさんのおっしゃる通り、一年話し続けるのは並大抵のことではありません。しかしこれが陛下への提案の落としどころでした。



「ええ、決して少なくはありません。」

「できるわけっ、」

「語るか、死ぬか。二つに一つかでございます、カンナさん。ご自分で選択してくださいませ。一年間話し続けることができれば貴女の勝ち。ここから出して、ダーゲンヘルムのどこかでそれ以上の罰なく生きることができます。話が途中で尽きてしまえば、貴女の負けです。」



負けてしまえば、然るように。質問を迫る様は陛下ときっと瓜二つでしょう。しかし彼があれほど愉快そうにする理由は、よくわかりませんでした。そう楽しい物でもありません。好奇心なんかよりも緊張感と不安で息がしずらく感じました。これでは質問をされているときと変わりません。

しばらく、沈黙が地下を支配しました。何の音もしない中、自分の心音だけが酷く大きく聞こえました。



「……わよ、」

「カンナさん?」

「やるわよっやればいいんでしょ!?」

「……ふふ、そう言っていただけて良かったです。では、明日から頑張りましょう。」



緊張がほどけて、つい笑ってしまうと彼女は心底驚いたような顔をしていました。ただ何に驚いているかは分かりません。タイミングとしてはそうおかしくもありませんし、笑うのが珍しいと言うわけでもありません。

しかしなんとなく、こちらに来てからの彼女は表情豊かだと思いました。ラクスボルンにいたころの彼女は笑ってばかりでした。いえ、悲しんでいる、憤っている顔もしていたかもしれませんが、それは悉くその感情を顔の表面に張り付けたお面のように感じていたのです。



「最後に一つ、良いですか?」

「拒否権なんてないでしょ。」

「わたくしは、『悪役令嬢』でしたか?」



聞くと、彼女は大きな声で嗤いました。



「『悪役令嬢』以外の何だっていうのよ!復讐して!母国の王族を潰して!こうして私を牢屋に入れて!華々しいほどの悪役っぷりだわ!」

「そうおっしゃると思っていました。」



知ってはいます。傍から見たら、きっとわたくしは『悪役令嬢』以外の何者でもないでしょう。過程はどうあれ自分は無傷のまま、平和に過ごして、安全なところから国一つ潰すような復讐を遂げる。凄まじい、『悪役令嬢』の名に恥じない行いです。



「知っていますよ。わたくしは『悪役令嬢』です。しかし、」

「……何よ。」



格子越しに、すっと指を伸ばします。人を指さすなど、あってはならないことですが、どうか彼女に考えてほしいのです。



「ここに、『悪役令嬢』は二人います。それをどうか、お忘れになることがないよう。」



片や無実の令嬢を嵌めて国外追放し殺そうとし、回り回って国を亡ぼすに至った悪役令嬢。

片や嵌められて数年越しに復讐を果たし、間接的に国を亡ぼすに至った悪役令嬢。

どっちもどっち。重々承知しております。


彼女の返事を聞く間もなく、持ってきた椅子を邪魔にならないところへと移し、肌寒い地下牢から出ました。

わたくしと、陛下と、カンナさん。悪役令嬢と怪物の、まともな人間の一人も存在しないゲームの始まりです。

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