表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨て悪役令嬢は怪物にお伽噺を語る  作者: 秋澤 えで
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/51

15冊目 成り代わり

さて、シルフ・ビーベルが生きている可能性がある。そしてそれに伴いいくつもの問題も浮上した。

生きているとして、彼女の処遇をどうするか。


彼女に、すべては間違いであったと言って引き取ることは不可能だ。この国に置いてシルフ・ビーベルとは悪役の代名詞のようなもの。ラクスボルンに彼女の居場所はないと言って良い。もし居場所を作るのであれば国は全面的に非を認めそれを国民にも伝えなければならないのだ。それは決してできない。

しかしこのまま放置しておくにも不安が残る。彼女自身が帰ってきて国の失態を流布することはないだろう。したとしても、国民は信じない。だが恐ろしいのが、彼女を連れて行ったダーゲンヘルム王国の力を持つ人間が彼女を保護していた場合だ。保護し、彼女の身の上話を聞き同情し、ラクスボルンに復讐しに来るのではないだろうか。シルフ・ビーベルは間違いなくラクスボルンを恨んでいるだろう。恨まないわけがない。嵌められただけなのに、弁明もしたはずなのに聞き入れられず、罪人として糾弾される恥辱を味わい、捨てられ、殺されるところであった。いや、実際もしも彼女が拾われず、檻の中にいたままであれば明晩には殺すはずだった。


国際問題に発展しそうな爆弾が、ダーゲンヘルムという恐ろしく、得体の知れない国のもとのある。

いっそ殺し黙らせてしまえばいいのだが、そんなことを言って保護している人間から彼女の身柄を受け取れるわけもない。


そしてまたカンナ・コピエーネの処遇も問題であった。もちろん、彼女の虚言により国は散々振り回されたのだ、御咎めなしとはいかない。だがどうするべきか。妃には決してならせない。だが投獄したり処刑してしまうのも問題が付きまとう。それは彼女の市井での人気ゆえだ。今まで寵愛を受け国民からの覚えもよかった彼女が突然姿を消せば不審に思われ、いずれ明るみに出てしまうだろう。


頭を悩ませ、出た決断は「シルフ・ビーベルとカンナ・コピエーネの交換」というものだった。


幸い、二人は年恰好・背格好ともによく似ている。顔はあまり似ていないが、カンナが疱瘡などの病に罹ったことにし、顔に痕ができそれを見られたくないために顔を隠している、ということにすれば国民からの疑念もやり過ごせる。

シルフ・ビーベルには、ラクスボルンに帰国させる代わりに、関係者からの謝罪、そして次期妃としての座を用意する。カンナさえいなければ彼女が次期妃となる予定だった。そしてその家柄、素養共に申し分ない。欲する物はその名前以外なんでも与えよう。

カンナ・コピエーネの居場所は失われる。そっくりそのままシルフ・ビーベルが成り代わってしまえば完全にお払い箱だ。牢に入れるなり、処分するなりすればいい。


シルフ・ビーベルはカンナ・コピエーネとして生き、カンナ・コピエーネはシルフ・ビーベルとして死ぬ。


立場の成り代わりの末の存在の成り代わり、皮肉なものだがそれが王関係者には妙案に思えた。事実を知った王子はとっくにカンナへの愛想は尽かせている。もはや国民以外に彼女を支持する者はいない。泣きわめく彼女を牢に押し込むことは容易かった。


そして問題のシルフ・ビーベルの引き取りである。

もともとはラクスボルンの国民であり、引き取る大義名分もある。面の皮の厚い、と言われてしまえばそれまでだが、彼女一人の存在で今この国は左右されるのだ。贅沢は言えない。それに何もダーゲンヘルム王国側も絶対に彼女を手放したくない理由などありはしないだろう。交渉とあらば大抵のものは差し出す。金でも物でも、なんでも積むつもりだった。

無論、武力により交渉をするつもりはなかった。相手は手のうちの知れぬ相手。少なくとも長年の間周辺国から恐れられてきた国だ。下手に吹っ掛ければ痛い目を見るのは目に見えている。


飽く迄も穏便に。平和的に。

そう慎重に行動をしていたはずだった。



ラクスボルンにとって想定外であったことそれはダーゲンヘルム王は自身らの思っているよりずっと血の気が多く、目的のためならば手段を選ばない人間であったこと。

そしてシルフ・ビーベルがすでに彼の所有物であったことだ。



平和的な話し合いなど皆無だった。

ダーゲンヘルムへ送った遣いは青い顔で帰国した。後ろに数名のダーゲンヘルムの使者を連れて。そこからは早かった。ダーゲンヘルムから来た者たちは使者などではなく尖兵であった。


いつから入り込まれていたのか、大量のダーゲンヘルム王国兵が城内より湧き、あとは一方的な蹂躙であった。国の有事、国が他国から襲われているというのに城外の人間は、国民はいつも通りの日常を送っている。実に奇妙で速やかな侵略であっただろう。


城内を完全制圧し、ラクスボルン王国の城はダーゲンヘルム王国により占拠された。

上層部の人間を捕らえ、三人の首を刎ねたところでベラベラとことの次第を話し、ただただ軽々しく訪れる死に怯え震えると言う今に至る。



「想像しなかったか?まさか自分たちが捨て、殺そうとまでしていた娘が王たる私の所有物になっているとは、ん?」



いつもの調子で問うてみるが、誰も彼も震えるばかりで答えようともしない。屑共を怯えさせるのは嫌いではないが、口がきけないほどに怯えさせてしまうと、つまらない。



「想像しなかったか?まさか自分たちの決断がこのラクスボルンの死期を早めることになると。本当にこんなお粗末な計画でことが進むと思ったのか?」



馬鹿馬鹿しい、そう一蹴できるはずのことだ。相手は飽く迄も平和的手段を取ろうとし対話を試みた。子供が一生懸命頑張って考えた計画だと一笑にふせたはず、その程度のことだった。

シルフさえ、彼女さえ関わっていなければ。

それだけで彼らは悪戯をした子供から死刑囚となるのだ。



「……私はあまり、人殺しを好まない。」



そうぽつりと言うと膝を突き震えていた者たちが顔を上げる。そこには、嘘を吐けという疑い、この状況で何を言っているのだという驚愕、そして一抹の微かな生き残れるかもしれないという期待があった。虚栄も余裕も引き剥がした先のむき出しの感情はいっそ愛おしく思える。それに対し呆れたようにため息を吐くダーゲンヘルムの部下たちはいつものことだ。



「そこにある三人だって、私に逆らったがために致し方なく殺したのだ。何も皆殺しにしたいわけではない。人の命は尊いものだ。」



さも考えあぐねているかのように歩く。カツカツと響く足音も恐怖を煽る材料になる。五感から侵すこの支配的感覚は嫌いじゃない。

軽率な発言、行動一つで首が飛びかねない恐怖、そして私の言葉に対する疑念と微かな期待。



「それにラクスボルンの諸君には感謝していると言っても過言ではない。貴様らのおかげで私はシルフを拾うことができた。」



彼女とておそらく同じだろう。話に聞く限り、不満こそなかったがダーゲンヘルムにいることの方が幸せ、ささやかなわがままをポツリポツリと口にするさまはラクスボルンという籠の中に住んでいたおかげ、ダーゲンヘルムに来ることができたのも、ラクスボルンに捨てられたおかげ。もっともそんなことを言っても皮肉や嫌味にしか聞こえないだろう。

奇妙なものだと、口角が上がる。ラクスボルンの人間、捨てた側の人間は恨んでいるはず、恨まないわけがないと思っているのに、当の本人はひとかけらも恨んでいないどころか怒ってもいない。どちらかと言えば感謝の念さえ滲ませている。もし、ほんの少しでも彼女のことを理解している人間が上層部にいたのなら、どのような感情よりも先に諦念にとらわれる彼女のことを放置するという選択ができたかもしれない。


捨てられたととるか、逃げ出せたと取るか。

きっと目の前のこいつらは一生かかっても気が付かないだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ダーゲンヘルムへ送った使者、青い顔して戻ってきたって、五体満足で戻れたんですかね。描写は「青い顔」だけから、「頭部と胴体」は取り敢えずあった模様。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ