初仕事
司の口から飛び出た言葉は、やはり魁斗のことだった。
「何故平野なのですか、他にいくらでも企画係に相応しい人間はいくらでも……」
「しー……司くん。あなたは何故そんなに、かいとくんを拒絶したがるの?」
雰囲気だけでなく、呼び方も変えて真っ向から対立する利奈。
「それは……」
「あなたが許せないのは、かいとくんじゃなくて過去の自分じゃないの?」
「…………!」
図星を言い当てられたのか、顔を引きつらせる司に周りの視線が集まる。恐らく、魁斗だけでなく会話に入っていない二人も理解していないのだろう。『過去の司』というものを。
「あっ。ごめん、しーくん……」
ハッとした表情で謝る利奈。
「いえ……。僕が悪かったです」
気持ちが落ち着いた様子の二人。少し間を空けて、司が魁斗に話しかけてくる。
「平野、今まで悪かった。改めて、これからよろしく頼む」
「こ、こちらこそ。よろしく」
そして、他の全員を見回して続ける。
「それから、俺の事で度々雰囲気を悪くしてすみませんでした」
「別に、かいとくんのせいじゃないよ。それに、もう決まってることだからかいとくんが抜けて困るのは私達だしね」
そう言って微笑む利奈につられるように、みんなも表情を和らげる。それを見た魁斗は、自分の居場所を見つけたように安心を感じた。
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すっかり食べ尽くしたお菓子とジュースのゴミを学校のゴミ捨て場に置いたあと魁斗と利奈は夕暮れの中を静かに歩いていた。
「あの、会長」
「だから会長はやめてよ」
横を歩いていた利奈が、こちらを見上げて優しく注意した。
「あ、すみません。利奈先輩、俺達どこに向かってるんですか?」
魁斗の質問に、呆れるように答える利奈。
「かいとくん、話聞いてなかったの? 軽音部の部室だって。今度の部活動予算会議のお知らせだよ」
「そんなの、各担任の先生に通知して貰えばいいんじゃないですか?」
昔、中学の時にそんな風景を見た覚えのある魁斗が提案する。
「まぁね。もし全部活回りきれなかったらそうするよ。でも、それだと会議の時に、生徒会役員と各部長が初対面になっちゃうからね。少しでも距離を縮めてから会議を始めたいなぁってさ」
思いもよらぬ利奈の心の内を聞いた魁斗。
「す、すみません。そんな考えがあったなんて。でも、普通の学校だとそこまでしないですよね?」
すると、利奈はどこか夢を見るような希望に満ちた目をこちらに向ける。
「そうだね。でも、だからじゃないかな。他の学校でできないことが、『とびこう』ではできる。そんな環境が整ってる。だから、やるんだよ」
日も沈みかけ、辺りが暗くなりつつあるからだろうか。魁斗には、利奈が輝いているように見えた。
鳶尾高校、通称とびこうを本気で良くしようと考えている人。魁斗が利奈から読み取れた人柄は、そんな感じだ。
「すごいですね、先輩。学校のためにそこまで情熱を傾けられるなんて」
純度百パーセントの尊敬の言葉を利奈へ送る。
「……。生徒会長だからね! 学校をよくする義務があるんだよ」
笑顔を見せる利奈だったが、表情を作る前の一瞬の躊躇いを魁斗は見逃さなかった。しかし、それを指摘する前に利奈が続ける。
「それとね、かいとくん。私、実は元企画係なんだよ」
「えっ、そうなんですか!」
突然のカミングアウトを聞いた魁斗の脳内ではすでに、聞いてみたいこと一覧表が凄まじい速さで展開されていた。
「そうだよー」
大きく頷いて見せる利奈に、すぐに食いつく魁斗。
「じゃあ、企画係のこと教えてもらってもいいですか?」
「んー、ひとつだけね」
歩く先を見やり、答える利奈。
正面には大きめの体育館、その横に、小さい小屋のようなものがある。恐らくこれが軽音部の部室なのだ。そして、到着までの時間を計算し魁斗の質問を一つに絞ったのだろう。
そこまで考えた魁斗は、短くしかし鋭い質問を利奈にぶつける。
「企画係の仕事内容は?」
「……基本的に仕事は自分で見つけて欲しいんだけど。でも、そうだね。例えば、今この状況も企画係が作ったものなんだよ」
この状況、というのは恐らく会議の通知を生徒会役員自ら行う、というシステムのことだろう。魁斗は、利奈の言葉を借りて尋ねる。
「もしかして、この状況を作ったのは利奈先輩なんですか?」
利奈は首を横に振る。
「違うよ。私の前に企画係をやってた人が作ったの」
「なるほど」
あまり聞き慣れない役職だが、ここ鳶尾高校ではちゃんとした歴史があるようだ、と魁斗は感じた。
「……つまり、企画係の仕事は学校をより良くするために新しいシステムを編み出すこと、ということですか?」
必死で解釈したことをまとめる魁斗。
しかし、利奈は魁斗の答えに正解をくれはしなかった。
「そうだね、それができればいいよね」
曖昧な採点に理解が及ばなくなる魁斗。
さらに聞きだそうとするが、タイムアップ。二人は部室の前に着いていた。
「さぁ、かいとくん。仕事だよ」