歓迎会
その後、司も携帯で呼び戻され会議が始まった……訳ではなく。
「さぁ、飲んで食べて楽しもう! 私の奢りだよ!」
「あ、あの。生徒会長。これはなんですか?」
五人が囲む長机には、何もなかった先刻とは打って変わって、山積みになったお菓子と二リットルのペットボトルに満タンに入ったジュースが五種類各一本ずつ置かれていた。
「え? お菓子パーティーだよ」
「会議はどこ行った!」
魁斗がツッコミを入れている間にも、他のメンバーは各自手に取った菓子を食べ始めている。
「まあまあ、かいとくん。腹が減っては会議はできないんだよ」
パリパリとポテチを美味しそうに食べながら魁斗をなだめる利奈。その姿を見ていると、魁斗の空っぽの胃袋も食べることを勧めるかのようにグゥ、と唸る。終礼後、すぐに生徒会室に向かったため昼ご飯を食べ忘れたのだ。
「……じゃあ、ちょっとだけ。マシュマロもらいますね」
と、誘惑に負けた魁斗がマシュマロの入った袋に手をかけた時。
「それはダメ!」
まさかの四方からブーイングを受けた。
「な、なんだよ。いいだろ、一つくらい」
「平野君。それは、綾音の物なんだよ」
お菓子とジュースは全て、家出もとい部屋出をしていた司に頼んで買ってきてもらった物のはずだが、綾音が個人的に頼んでいたということなのだろうか。佳恋の説明を聞き、そう考えた魁斗。
「それはごめん。じゃあ、俺はこっち食べるよ」
そう言って、ポップコーンに手をかけた。今度は誰からもブーイングは受けない。
「ところで平野君、マシュマロが綾音のだって言った意味分かる?」
「橘さんが、濱野に買ってきてって頼んだんだろ?」
お菓子を口に含んだまま、よく分からない質問をしてくる佳恋に、魁斗は当然の如く答える。
「ぶー! 残念でした」
質問の主は、顔の前で細い腕を二本使いバツマークを作る。もうすっかり怒りは収まっているようだ。
「じゃあ、なに?」
子どものような佳恋の様子に、笑いを殺しつつ聞き返す魁斗。
「綾音、見せてあげてよ」
「わ、分かった……」
言い終えた綾音とマシュマロの袋を持った佳恋は、椅子から立ち上がりそれぞれ窓の前と扉の前に、睨み合うように立った。その距離は、約十メートルと言ったところだろうか。
「いくよ!」
叫んだ佳恋は、袋からマシュマロを取り出して正面に向かって全力で投げる。一直線に進むマシュマロの先には、綾音の顔。両者の距離が十センチほどになる頃には、位置の微調整を終えた綾音の口にマシュマロが吸い込まれていくように見えた。そして、マシュマロは寸分違わず綾音の口にゴールした。
「な、なんだこれ」
状況に全くついて行けない魁斗が呟くと、美味しそうにマシュマロを頬張る綾音がこちらを向いて答える。
「か、隠し芸です……。どう、ですか」
「いや、すごいよ。すごいけど……」
けど、これ以上どう反応すればいいのか悩む魁斗だった。
「んー、ダメか。歓迎会でやるために練習したんだけどな」
落ち込んだ様子で項垂れる二人。
「ご、ごめん! とてもすごいと思います。ホントに。てか、これ歓迎会だったんだな」
場を和ませようと、利奈が口を開く。
「そうだよ。だから、お菓子もジュースも用意したんだから!」
「僕がパシリに出されただけですけどね!」
自慢気に、ない胸を張る利奈へ司が鋭く文句を入れる。
「まあまあ、しーくん落ち着いて。あ、ちなみに先生に見つかったらお説教だからゴミは持って帰るよ。換気も忘れないように」
「だから会長。しーくんではなく……。えぇ!? やっぱりこの学校、お菓子禁止なんですか!」
「うん」
当たり前じゃん、と頷く利奈。
「だ、だって電話で、怒られないから大丈夫って言ってましたよね?」
「見つからないから大丈夫なんだよ」
唖然とした表情で言葉を紡ぐことも忘れたらしい司と同様に、魁斗も驚きを隠せなかった。いつの間にか、元の席に戻っていた佳恋と綾音は、特に表情を変えずにお菓子を食べている。どうやら、このことを知っていたようだ。
「生徒会長、それは色々とマズくないですか……」
「大丈夫だって、私に任せなさい。それよりさ、かいとくんもしーくんも、私のこと生徒会長とか会長とか堅苦しくないの?」
職員室のすぐ隣で、校則に触れることはしたくない魁斗だったが、思考を切り替えて利奈の質問に答えることにする。
「「だって、生徒会長ですから」」
同じく質問を出されていた司と完璧にハモった。
それを見た利奈は、微かに笑みを浮かべる。
「ふふ、仲良いね。でも堅苦しいのはダメ。利奈って呼ぶこと。いい?」
「わ、分かりました。利奈先輩」
厚意に甘えて早速そう呼んだ魁斗とは逆に、司は意志を貫く。
「ダメです。どんな場であっても会長は会長です。馴れ馴れしい呼び方はできません」
「その会長が頼んでも?」
困った様子で訪ねる利奈。
「うっ……はい。頼まれてもです」
「……そっか」
残念そうに俯く利奈に、司は少し間を空けてから声をかける。
「会長。お話があります」
その目は、真剣そのものだった。