軽音楽部
二人が部室前に着いた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。
ここまで来ると、中から演奏が聞こえてくる。この曲は確か、最近見たドラマの主題歌だった気がする。ボーカルも凄く上手い。
利奈は、スライド式のドアを無遠慮に開けた。すると、目の前にもう一枚ドアが見える。恐らく、音漏れを少しでも防止するように二段構えになっているのだろう。
靴を脱ぎ、ドアとドアの間で二,三分待っていると、演奏がやんだ。中のドアもスライド式だったが、こちらはノックをして静かにガラリと開ける。
「こんばんは、生徒会役員会長の吉野利奈と」
慣れた風に自分の紹介を終えた利奈は、魁斗に目配せする。
「同じく生徒会役員企画係、平野魁斗です」
見よう見まねで自己紹介を終えた魁斗は、改めて部屋を見渡す。
中々に広い部屋なのだろうが、音楽機器が所狭しと並べられているため、少し圧迫感がある。部屋に居たのは、男女四人。
魁斗の自己紹介が終わったのを確認した利奈は、仕事を果たすため、恐らく軽音部の長であろう、ドラムの後ろにいる金髪の女子に話しかけに行った。
他にどうしろとも言われていない魁斗も、後に続こうとするが、
「おい、平野」
低いが清涼感のある声で、歩みを止められた。
声の主は、ドラムの前方でスタンドマイクに向かって立つ男子だった。
茶髪をワックスやスプレーで固めてお洒落な格好をした細身の男子は、肩からかけていたギターを丁寧にスタンドに置き、魁斗の方へ歩いてくる。
「お前、生徒会なんてやってたんだな」
魁斗との距離を一メートルほど残して、その男子は止まった。
親しげに話しかけてくる人物の顔を確認するべく、魁斗が顔を見ようとすると、今更ながら相手の身長が高いことに気づく。
「もしかして俺のこと知らないか?」
「……ごめんなさい。全く覚えてません」
背が低いわけではない魁斗ですら、目を見て話そうとすると見上げなければならない。だが、爽やかな笑顔のせいか、将又細身のせいか。不思議と圧迫感はなく、むしろ抱擁のような安心を感じる。
この人が利奈話したらどうなるのだろうか。
面白そうな絵面が頭に浮かんできた時、男子が口を開く。
「俺は、お前と同じクラスの佐々木周平だ。もう忘れるなよ?」
「えっ! ご、ごめん。覚えとく」
まさか、自分と同じ学年でさらに同じクラスだったとは。尚も爽やかな笑顔を振りまく周平を包むオーラから、確実に先輩だろうと思っていた魁斗は驚きの表情を隠せなかった。
それにしても、人の年齢というものは見た目だけでは分からないものだ。部長と対談中の利奈と、目の前の周平を見比べてそう思う魁斗だった。
「おう。よろしくな! にしても平野、お前最近どうしてたんだよ」
恐らく引きこもっていた時のことを言っているのだろう。同じクラスだから知っているのは当然だと頭では解りながらも、指摘されてぎょっとしてしまう魁斗だった。
「あ、いや……その……」
しばらく魁斗が何も言えずにいると、
「悪い。そんなつもりじゃなかったんだよ。言いにくいなら言わなくていい」
少し顔をしかめて謝った周平は、さらに続ける。
「なんにせよ、元気そうでよかった。これからはずっと来るのか?」
「あ、ああ。そのつもり」
そうか、と微笑む周平。
こちらの話が終わっても、利奈達の方はまだのようだった。今から利奈の元へ行ってもどうしようもなさそうなので、魁斗は周平と話していることにする。
「佐々木は、ギター担当?」
「うん。ボーカルもやってるけどな」
どうやら、先程聞こえた歌声は周平のものらしい。
「さっきちょっとだけ聴こえたけど、歌上手いんだな」
すると、
「……。ああ、ありがとう」
引きつったような笑みを浮かべる周平。
「ん?」
周平の様子が少しおかしいことに気付いた魁斗。照れているのだろうか、とも思ったがどうやら違うようだ。
「まだ、ギターもボーカルも始めたばっかりだからさ。上達したらまた聞いてくれよ」
「え、そうなんだ。じゃあ、また来ようかな」
魁斗には始めたばかりに思えない演奏だったが、それは自分が素人ゆえかもしれないと思い直し、何も追求しなかった。
「おう。よろしくな」
周平がそう言った時、丁度利奈の方も話が終わったらしい。
「かいとくん、おまたせー」
「すみません。着いてきておいて、何もしなくて」
トコトコと歩いてきて周平の横に並んだ利奈は微笑む。やはり、身長差は激しくまるで親子のようだ。
「いいんだよ。かいとくんもきっちり仕事してたから」
利奈以外の全員が、明らかに働いていなかった魁斗の様子を見ていたため、頭上にハテナマークを浮かべる。が、気にしていない様子の利奈はその間に、靴を履いて帰る用意を終えていた。
慌てて利奈に続く魁斗。
「お邪魔しました。失礼します」
礼節を弁え、頭を下げる二人。
魁斗は、また教室で、と言う周平に手振りで合図し、先に外側の扉を開けて去っていた利奈を追う。