表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/15

執行当日

 リィラはその日はそのままヒュレイリュと家に戻り、朝になると、何事もなかったかのようにいつも通りの務めに就いた。禁錮の確定した罪人に教戒を施し、殺人のような重大事件が発生した現場を清めるために清掃をし、懲役のため労務に就いている囚人の監督をし、さらには死刑の執行された罪人の骸を埋葬したりといった職務を黙々と遂行していると、しばらくしてディルアの裁判の結果が伝えられてきた。役所への侵入を断念した夜から三日後のことだった。

 ディルアの罪名は強盗殺人で確定していた。刑罰は死刑で、刑の執行は判決の翌日となっている。執行方法は斬首だった。

 リィラは手許で広げた書面でそれらの事実を確認した。この書面はディルアを裁いた判事がしたためた公式の連絡書で、裁判の結果や執行方法、執行日時などが具体的に記されている。咎消し人はこの連絡書で、自分が執行することになる罪人の刑罰や方法を確認するのだ。連絡書に記された刑罰が死刑であれば、その罪人の生命を奪えと判事から命じられたのと意味は同じである。ディルアの裁判結果をしたためた連絡書がリィラに届いたということは、ディルアはリィラが殺せと命じられたということだ。

 リィラはこの事実を一人で、静かに受け止めていた。


 重苦しい金属音を立てて牢の独居室の格子戸の錠前が外された。扉が開かれる。なかに足を踏み入れた年配の咎消し人は、室内で蹲っている若い男を引き立てて、外に連れ出してきた。

 リィラはその様子をいつも通り、淡々とした無表情を努めながら見守っていた。いつもと同じ表情をしていなければならない。その瞬間まで決して表情を変えることなく、いつも通りでいなければならなかった。そうでなければ刑場に赴く前に、共に執行することを命じられた同輩に何を疑われるか分からないだろう。

 牢から引き出されてきたディルアは憔悴しきっているように見えた。衣には血痕ではないかと思われる滲みがまだ残っている。逮捕から今までの間に着替えや湯浴みは許されなかったのだろう。珍しいことではなかった。殺人犯で、しかも数日以内に生命を絶つことが確定していれば、そんな人物にまともな待遇が与えられることはほとんどない。せいぜい、その瞬間まで死なないよう、自殺を防ぐために見張って、最低限の水と食事を与えるだけだ。彼もそうだったのだろう。

 年配の同輩がディルアの手を後ろにまわして縄で括った。縄は長く、そうしてもかなり余りが出ている。同輩はその残った縄を摑むと、ディルアの背後に廻って彼に歩くよう促した。ディルアは抵抗の素振りもみせずに足を動かし始める。リィラはその二人の後を、静かについていった。リィラは手に太刀を携えている。法で定められた、斬首に用いる太刀だ。この太刀は執行前に直接、判事から手渡される。その際に執行の権限が判事から咎消し人に移るのだ。本来、刑の執行に関する権限は全て判事のものであり、咎消し人はそれを判事から執行のたびに委譲されるにすぎない。

 牢は役所の地下にある。一方で死刑が執行される刑場は地上の、それも必ず人通りの多い街路の一隅に設けられることになっていた。処刑は概ね、見せしめも兼ねているから群衆に公開しなければ意味がないためで、公の場所に出すことができない罪人を処刑するための執行室も牢内にはあるが、リィラがこの部屋に入ったことはまだ一度もなかった。

 左右を独居室の格子戸に挟まれた通路に、陰鬱な三人の足音が響き渡る。収監されている他の囚人たちは、いっさいこちらを窺ってこなかった。いつものことだ。囚人たちの心の内は、リィラにも分かる。己の命運を支配している人間の姿など、見たくはないだろう。通路を歩く囚人は、明日の自分の姿、という者もいるのだ。独居室に収監されている者は、死刑の確定した罪人だけなのだから。

 通路はそれほど長くない。ほどなくして最果てに築かれた階段に行き着いた。同輩がディルアに階段を上るよう示し、彼は無言のままそれに従う。階段の段数はちょうど二十段。リィラは彼らの後に続いて段を上りながら、これからするべきことを頭のなかで入念に確認していた。機会は一度しかない。絶対に失敗することは許されない。しくじれば、ディルアはもちろん自分の生命も危うくなる。

 階段を上り終わると、今まで地下にあって薄暗かった視界が、急速に明るさを増した。階段の上はすぐに地上に広がる外界と繋がっている。常には鋼鉄の扉で隔絶されたその世界に、リィラらが戻ると、扉脇に控えていた警備兵が近づいてきて傍を歩き始めた。罪人が万が一にも逃亡してしまうことを防ぐため、ここから刑場までは警護の人数が増えるのだ。配置される警備兵の人数は、罪人の罪名によって変動するが、謀反人でない普通の犯罪者なら多くてもせいぜい三人で、今回、ディルアの警護に就くことになった兵士も二人しかいなかった。リィラはその二人の装備や体格を確認し、頭の中の計画を微調整する。

 刑場は常に街路上に設置されることになっているから、リィラにはディルアを連れて、そこに至るまでしばし役所のなかを歩く必要があった。これから生命を絶たれる定めにある罪人のすぐ横を、役人たちがいつもと変わらぬ表情で足早に歩き去っていく。その、彼らのあまりにも当たり前な様子を見て、リィラはいつものことながら悟らざるをえなかった。誰も、他人のことなど本当はどうでもいいのだ。自分の生活に直接的に関わってこない者には何の関心もないし、また、関心を持つ必要も感じていない。どこそこで事件が起きたと聞けば、口では被害者への同情や犯人への憤りを語っても、それは路上や店先で見知らぬ者にも挨拶を交わすのと、実は同じようなものなのだろう。単なる社交のための礼節で、人付き合いをしていく上で必要な礼儀、そう言うべきだからそう言っているだけだ。そうでなければ、自分のすぐ横をこれから処刑されようとしている罪人と咎消し人が通って、これほどに平然としていられるはずがない、と思う。

 リィラがそんなことを思いながら短い距離を歩いて門を出ると、堀に渡された橋を渡り終えてもいないうちから、街路にいた通行人たちが自分たちの姿を見て、ぎょっとしたように足を止めだした。街の者たちは、執行の瞬間を目にすることも多いことから、役所の者たちよりも処刑に対して平然とはしていられないらしい。急いで逃げるようにその場から立ち去る者も、いったいどんな罪人がこれから処刑されるのかと好奇心を露にしたような様子を見せる者もいた。付近の者同士で噂し合う声も僅かに聞こえてくる。リィラは歩きながらそれらの様子を眺め、声が聞こえてくれば耳を澄ませた。噂話をしている人々は概ね、ディルアが何の罪を犯したのかを知っているようだった。当然だろう。貧しい人々が多く住み、決して治安が良いとはいえないこの街でも、強盗殺人なんて大事件は、そんなには起きない。ディルアは今や、この街では有名人のはずだ。

 役所の正門の前には大きな広場がある。この街で最も人通りがあるのは、この広場から堀に沿って左右に伸びる街路と、この広場から真っ直ぐ、役所から離れるほうへと伸びる街路だった。そのためこの二つの街路が交差するこの広場は常に人で溢れかえっているのだが、さすがにここに刑場を置くことはできない。ここは人が多すぎて、そんなことをしたら往来が滞り、住民の暮らしに重大な支障が出る懼れがあるからだ。それでいつもは、どの咎消し人もここから街路を少し進んだところに刑場を設置している。そして、そこまで罪人を連れて移動しながら周囲の人々の注目を罪人に集めていた。処刑は見せしめも兼ねているのだから、周囲の人々の注目を刑場に集めることも、咎消し人の重要な務めなのだ。しかしリィラは、今までそれを積極的にやったことはなかった。どうせ好奇心に溢れた連中が何もしなくても勝手についてくるのだから、こちらから特に囃し立ててやる必要はない。見たい者は勝手についてくればいい。それを止める気はリィラにはなかった。惨たらしい罪人の死に様を見て、気分を悪くするのはそれこそ自由というものだろう。

 それで刑場が見えてくると、いつも通りというべきか、リィラたちの周囲は大勢の物好きな人々で溢れていた。リィラは刑場の前まで来ると合図を出して、いったんディルアと同輩の足を止めさせる。そして自分が先に刑を執行するための刑壇に上る階段を駆け上がった。壇上の隅に据え置かれた鐘を打ち鳴らして人々に処刑の開始を報せ、これから死刑が執行される罪人の罪名と罪状を読み上げる。それをしながらリィラは視線を周囲に巡らして刑壇の状態を確認した。普通、刑壇は執行の前日か当日の早朝に咎消し人が組み上げるものだが、この街は最近、治安が悪いせいか罪人が多い。執行のたびに刑壇を解体して街路を清めていたのでは間に合わないこともあり、前回の処刑の際に用いた刑壇を次回もそのまま再利用するようなことが続いている。そのため壇上には前日のものと思しき罪人の血痕がまだ残っていた。見るからにおぞましい光景だが、刑壇が使い回されているおかげで前日のうちに細工を施しておくことが可能になった。後はこの細工が巧く機能することを祈るしかない。そうなれば、たぶん事はリィラの計画した通りに進んでくれるだろう。

 罪状を読み終えると、リィラは手にした太刀を鞘から抜いた。定められた作法に従って白刃を構え、壇下に控えたままの同輩に頷いてみせる。同輩はディルアを押し上げるようにしながら壇上に上がってきた。二人の男が静かに自分の前に歩を進めてくる。この場に到着してもディルアがいっさい、抵抗の素振りを見せないことに、リィラは驚きを感じた。今までリィラが見てきた罪人たちは、どれほど剛胆に見えても刑場に到着した頃には必ず悲鳴を上げて抵抗していたからだ。咎消し人に命乞いをしてくる者も決して稀ではないと聞いている。この場所にいてここまで落ち着いている者を見たのはリィラも初めてだ。同様の感情は街路の群衆も抱いたのか、周囲からも盛んに驚きの声が聞こえてくる。

 同輩がディルアの足をリィラの前で止めさせた。彼の手によってディルアはリィラの目の前で刑壇に膝を突かせられ、そのまま足を折るようにして座らせられる。ディルアは今、完全にリィラに背を向けていた。後はこのままリィラが携えた太刀で彼の首を落とせば処刑は完了する。

 しかしリィラにはディルアを殺す意思がなかった。まだリィラは彼に訊きたいことがたくさんある。どうしても彼を助けたかった。そして彼を助けようと思えば、最大の好機は今まさにこの時だった。リィラはこの瞬間を待っていた。処刑の直前は付近の誰もが罪人にのみ注目している。咎消し人など誰も注視しておらず、また刑壇は市井の只中に存在している。特殊な場合を除いて警備兵は刑壇の上までは上ってこない。罪人を連れて逃げるなら、刑壇に上がってからがいちばん逃げやすい。

 危険を避けるために同輩がディルアから離れて距離を置いた。それを確認すると、リィラは携えた白刃を大きく振り上げる。詰めかけた群衆の一部から悲鳴が上がったが、リィラはその声を気にも留めず、白刃を振り下ろした。ただしディルアではなく、自分と彼の間の、床板に向けて。

 白刃の先端が床板に達すると、音を立てて床板が裂けた。

 リィラの思惑は成功した。一か所に裂け目が入ると床板は次第に大きく裂けていく。刑壇の床には瞬く間に大きな穴が開いた。リィラとディルアはそれに巻き込まれる形で壇下に転落していく。

 床板が裂け、自分たちが転落するまでの僅かな間は付近は静寂に包まれていた。誰もが、咄嗟に何が起きたのか分からなかったのかもしれない。だがすぐに、思いも寄らなかった事態に群衆と同輩が騒ぎ出すのが壇下に転落したリィラの耳にも届いた。しかしこうなるようわざわざ昨夜のうちに床板の一部が割れやすくなるよう刑壇に細工しておいたリィラにとっては何も驚くべきことではなく、すぐに次の行動に移る。壇下に用意しておいた革袋を手許に引き寄せ、中から一本の硝子の瓶を取り出して地面に置いた。続いて防具も取り出すと口と鼻を覆うように装着する。ディルアの口にも同じ防具を自分と同じように装着させた。この防具は鉱山や工場などで粉塵を吸い込むのを防ぐために装着するもので、これと硝子瓶も昨夜のうちに準備してここに隠しておいたのだ。これからすることを考えれば、素顔のまま飛び出していくと自分たちも倒れてしまう危険がある。粉塵対策用の防具では些か心許ないが、何も身につけないよりはいいはずだ。

 防具を装着し終わるとリィラは瓶を太刀で突き、割れやすくなるようよう罅を入れる。それから壇の外に向けて瓶を勢いよく放り投げた。

 四隅を柱で支えただけ、壁も何もない刑壇の下から投げられた瓶は、容易く群衆に向けて飛んでいった。突然に飛んできた瓶に周囲に集った群衆が驚いたような声を発するのが聞こえてくる。だがそれはほんの僅かの間で、一瞬の後に地面に落下した瓶が音を立てて粉々に砕け散ると、すぐに瓶が落下した近辺にいた人々が呻き声を上げてその場に蹲りだした。その様子は、リィラにも見て取れる。

 リィラは自分の立てた計画が巧くいったことを確信していた。予想した通りの結果になっていたからだ。何の罪もない群衆には気の毒だが、当たり前に太刀を振り回しながら逃げたのでは、まず間違いなく自分たちは群衆に阻まれて逃げることなどできないのだから仕方がない。それに、あの瓶の中身は決して猛毒などではなく、普通に市場で売っている薬草や香辛料の類いをリィラが自分で調合して作った、手製の催涙剤だ。有毒なものではないから、たとえ深呼吸した者がいたとしても、大きな被害が出ることはないだろう。

 リィラはディルアの手を縛っている縄を太刀で切って、彼が走りやすいようにすると、外が混乱している隙に彼と壇の外に出た。まだ革袋の中には催涙剤入りの硝子瓶が何本か入っているから、それも携え、ディルアの手を引いて全力でその場を駆け出す。

 群衆はリィラたちを追ってはこなかった。ほとんどの者たちは呻き声を上げているか、さもなければ逃走を始める自分たちに怯えたように逃げ出していく。遠巻きにこちらを眺めている者たちもいた。ひょっとしたら何が起きているのか、巧く事態が把握できないでいる者もいるのかもしれない。願わくば、しばらくは誰もにそのままでいてほしい。革袋の中の瓶を全て投げつけたとしても、ここにいる群衆の全員に追ってこられたらとても逃げきることはできない。

 しかし群衆に属さない者はそういった混乱に陥ったりはしなかったようだ。ふいに自分たちのすぐ後ろから警笛の音が聞こえてきて、思わずリィラが振り返ると、同輩が首から提げた警笛を鳴らしながら追ってきているのが見える。警笛は軍の兵士が常時所持している小さな笛で、口で吹くとかなり大きな甲高い音が出た。警邏中に犯罪などの緊急事態が発生した時に周囲に異常の起きたことを知らせ、付近にいる他の兵士に応援を頼むのに用いるもので、それを軍人でもない同輩が持っているとは以外だったが、全くありえないことでもないだろう。まずい、とリィラは思った。あの笛の音が響き渡っていれば、すぐに近くの兵士が異常を察知して駆けつけてくる。無事に逃げるためには、何とかしてそんな事態は回避せねばならない。

 リィラは駆けながら革袋から再び瓶を取り出して、追ってくる同輩に向けて投げつけた。だが彼が僅かに避けたために瓶は命中せず、少し離れた地面に衝突して砕けてしまう。瓶が割れれば中の催涙剤が気化して出てくるはずだが、同輩がその影響を受けた様子はなかった。リィラは舌打ちし、足を速めて逃げることに集中する。影響がないのは彼が現在、全力で走っていて、瓶が割れてもすぐに催涙剤の影響が及ぶ範囲から離れてしまうためかもしれなかった。残りの瓶も投げてみようかとも思うが、時間もなかったせいでリィラはそれほどたくさんの瓶は用意していない。再び投げてもまた避けられてしまえば、リィラが武器を失っていくだけだ。いよいよとなったら手にした太刀を使うという手段もあるが、単に職務を忠実に遂行するために動いているにすぎない同輩に、怪我を負わせかねない行為に及ぶことはできれば避けたい。

 どうしようかとリィラは逡巡した。このまま走り続けて彼を撒けるだろうか。今のところ、追っ手は一人だから、彼ひとりだったら何とかなるかもしれない。しかし彼は警笛を鳴らし続けている。もしも今、この状態で前方から兵士が現れ、道を塞がれたらリィラたちは逃げ場を失うだろう。すると、やはり最後は剣にものを言わせるしかないのだろうか。どうせ自分はすでに追われている身なのだから、今さら罪名の一つや二つが増えたところでどうということもない。だったら、いざとなれば太刀に頼ろう。後々のためにも、自分に付与される罪は多ければ多いほどいいはずだから。

 リィラがそう決意を固めると、走っている路地の前方に、二人の兵士が現れた。軽い装束だから、警邏中だったのを警笛の音が聞こえてきたことで慌てて駆けつけてきたのだろう。

 リィラは足を止めた。太刀を掲げて後方の同輩と前方の兵士の双方を威嚇する。敵は前後に三人だけだ。ディルアには武術の心得などあるはずがないが、まだ瓶も残っているし、この人数なら自分一人でも充分に対処できるだろう。

 リィラが抜き身の太刀を手にしているのを見たためか、前方の兵士も剣を抜いた。警戒した様子で近づいてくる。彼らが誰何してくることはなかった。ひょっとしたらすでにリィラが起こした騒動のことを知っているのかもしれないし、そうでなくてもリィラとディルアの恰好を見れば、何が起きたのかは一目瞭然だろう。下っ端役人の咎消し人が、罪人を逃亡させているのだ。それはつまり、咎消し人が判事の執行命令に逆らっているということを意味している。判事は貴族で、この国では貴族はどの家系も国王とは縁戚の関係にあった。ならば、リィラが判事の執行命令に背いて罪人を逃亡させるという行為をなしているのは、平民で、しかも外国人であるはずのリィラが、この国の貴族である判事の判断に異を唱え、間接的には王に叛意を向けていることだとも解釈できる。そして、そう解釈されたのなら、兵士たちがリィラを殺す気で向かってくることも充分にありえた。判事に逆らい国に逆らった咎消し人と、強盗殺人の罪を犯して処刑が決定した男。たとえ殺しても彼らが非難されることはまずありえない。

 しかしもちろんリィラにはこんなところで通りがかりの兵士に殺されてやるつもりなどなかった。自分など生きていても仕方がないとは思っているが、いま死んだらディルアを助けた意味もなくなってしまうのだ。リィラは意を決して兵士に切っ先を向ける。そのまま彼らに斬りかかっていった。

 二人の兵士を倒すのはリィラにとって造作もなかった。一人の剣を受け流して首筋を峰で強打し、もう一人の剣も跳ね上げて急所を蹴り上げる。たったそれだけで二人の兵士は敵ではなくなった。武器を持たない同輩に至っては、リィラが切っ先を喉に突きつけただけで警笛を吹きながらどこかに逃げ去っていく。リィラは思わず溜息をついた。呆気ない戦闘だ。かつては新兵の訓練でも滅多に経験しなかった。ここまで能力の低い兵士が街路の警邏を任されているとは。これが国の違いというものなのだろうか。それともこの街の住民が、貧民ばかりで領主に軽んじられているのか。

 しかし今のリィラにとっては行き会った兵士が無能だったことは幸運以外の何物でもない。この隙に完全に行方を眩ましてしまわねばならないと、地面に倒れている兵士はそのままにしてリィラは再びディルアの手を引いて駆け出した。だがいくらも走らないうちに再び行く手に人影が現れる。

 リィラは反射的に走りながら身構えた。だが人影に近づいて表情が見えてくると警戒心は消える。太刀を下ろして、現れた人影の目の前で足を止めた。

 行く手に現れた人影は、ヒュレイリュだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ