衝撃
しばし耳を塞いだまま蹲っていると、すぐ身近の床に何かが落ちてきた。
リィラは何となくそちらに視線を向けた。落ちてきたのは竹筒だった。この国の一般的な住民が用いる簡易的な水筒で、中に水を入れて携帯し、出先でも簡単に水を飲むことができる道具だ。リィラもこの竹筒は所持しているが、リィラのそれは水場ではなく居間の棚の中にしまってある。こんなところに放置しておいた記憶などなく、そのため一瞬、なぜこんなところに落ちているのだろうと怪訝に思ったのだが、すぐに思い至って跳ね起きるように立ち上がった。出入り口として使用している板戸の脇に、格子を入れた窓がある。その窓に飛びついて向かいの建物を見た。窓の外には狭い庭と細い路地を挟んだ向かいに雑居家と呼ばれる粗末な集合住宅が建っている。雑居家とは家主に賃料を払って居室を借り、寝起きする建物だ。借り主のほとんどは貧民で、数日から数か月という短期間しか暮らさず、部屋の広さも横になるのが精一杯という狭いものが多い。そういう小さい部屋が一つの建物の中に多数あり、大勢の人々が同じ建物の中に暮らしていることから雑居家と呼ばれるのだが、その雑居家の二階の窓の一つに人影が見えた。距離が近いから顔まではっきりと見て取ることができる。その人物が誰なのかを察すると、すかさずリィラは竹筒を拾い上げた。蓋を開けると、中には水ではなく筒におさまるように軽く丸めた紙が入っている。
その丸めた紙を取り出して開いた。彼は急ぎの時にはいつも、状況に合わせて連絡手段を変えてくる。向かいとはいえ別の建物の二階からこの家の一階の窓の、格子のあいだに竹筒を投げ入れられるとはたいした投擲能力だが、彼なら簡単なことだったのかもしれない。それにしても隣の家を訪ねる手間を惜しむほど早急に報せなければならないことがあるとは、いったい何が起きたというのだろうか。
紙には短い文章が書き連ねてあった。リィラはその文面に目を通していく。文章というよりも、分かっていることをとりあえず書き留めておいたというような、覚え書き程度の簡潔なものだった。内容もすぐに把握できる。しかしあまりにも衝撃的な文言に巧く理解が追いつかなかった。なぜ、と思う。なぜこんなことが起きてしまったのだろうか。リィラの心にはその疑問ばかりが渦巻いていたのだ。
リィラは紙を手にしたまま、急いで板戸を開けると再び外に出た。一刻も早く、彼から事実の詳細を確認しなければならない。これが事実なら、さらに詳細な情報が分かったからといってリィラにどうにかできるというものでもないのだが、それでも知っているのと何も知らないのとでは大きな違いがあった。知っていれば、リィラも心の準備ができる。今後、何が起きても狼狽せず、落ち着いて対処していくことができるだろう。
そうでないと、とてもではないが冷静でいられる事態ではない。兄が、殺人犯として逮捕されたなどと―。