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リルとヒュレイリュ


「あいつはいったいどこに何を調べに行ってるんだ?」

 ヒュレイリュが苛立ったような声を上げた。それが聞こえてきて、リルは思わず苦笑してしまう。

「あまりご心配さしあげることでもないのではないのですか?副将軍はお小さい方でもございませんし、御用がお済みになれば、ご自分でお帰りになられると思いますけれど」

 ヒュレイリュはその言葉に思わずリルを振り返っていた。彼女が何も気にしていない様子でいることが、何となく気に障る。

「もう心配しなければいけない時刻だろうが。陽も暮れて、普通の者はもう寝ている。深夜になろうとしている時刻になってもあいつが帰らず知らせも寄越さないなんて、何かあったに決まって・・」

「副将軍が伝達屋を見つけられなかっただけだとはお考えにならないのですか?一晩だけのことであれば、明日に戻るのだから連絡の必要はないと考えられたかもしれませんよ。それならば、今頃はもう副将軍もどこかの宿でお休みになられていると思います。もう少し待たれてはいかがですか?明日の陽が暮れても、副将軍から何のご連絡もないようでしたら、お捜しせねばならないでしょうけど」

 伝達屋とは金銭を受け取って依頼人の代わりに書簡を届けることを生業としている商人のことだ。確かにリルの言うとおりで、リィラが出かけた先に伝達屋がいなかったら、リィラにはここへ連絡できる手段がないし、あいつなら一晩ぐらい連絡せずとも大丈夫だろうと考えたとしても不思議はない。それでもヒュレイリュとしては、今すぐにでもここを飛び出してリィラを捜しに行きたかった。しかしヒュレイリュがそうしてしまうとフィレーラをここに放置していくことになる。フィレーラは正式な亡命者だから、この街の領主が僅かだが護衛をつけてくれているとはいえ、それを過信してはいけない。自分が気軽にここを離れれば、留守中、フィレーラに何があるか分からない。天仕に危難が及ぶような事態だけは、ヒュレイリュは絶対に避けなければならなかった。フィレーラはリィラの復位を助けるための最高に強力な味方となりえるからだ。リルやディルアでは護衛の役には立たない。リルは仕女で、仕女とは単にフィレーラの身辺の世話をすることを任されている女性にすぎないからだ。ディルアもまた、武術とは無縁の細工料理の職人として生きてきた者で、するといざとなればフィレーラの護身は自分がやるしかないことになる。それを考えると、ヒュレイリュは簡単にはここを離れられなかった。

 ふいに、前にも一度だけこういうことがあったことをヒュレイリュは思い出した。まだ自分たちが祖国にいた頃のことだ。リィラがまだ軍に入って間もない頃のことで、当時の彼女はまだ、あらゆる物に好奇心を見せる子供だった。あの時にも彼女は突然行方を眩ましたことがあった。ヒュレイリュはリィラが王女であることなど最初から承知の上で預かっていたから、リィラの姿が見えなくなったことを決して放置してはいけない極めて深刻かつ重大な問題として扱っていた。万一にもリィラが王女である身分を利用されて、どこかの勢力に誘拐されているかもしれないと考えたら気が気ではなかった。しかし真実が判明してみれば、彼女は闘技場で遊んでいただけだった。規則で禁止されているはずの賭博に夢中になっていたのだ。見つけた時、思わず張り倒してしまったことをヒュレイリュは今でも覚えているが、逆に言えばあの時はその程度の問題で済んだから良かったのだろう。しかし今回は違う。リィラももう子供ではない。自分の立場もよく分かっているはずだ。だからこそ余計に彼女が今時分になっても帰ってこず連絡もしてこないという事実が気にかかる。もしや今度こそ本当に、何かただならぬ事態が起きたのではないか。

「―ですから、今夜はもう、将軍もお休みになられてください」

 自分がこれからどうするべきか分からず、ヒュレイリュが無意味に己の思考を弄んでいると、リルのほうから話しかけてきた。思わず彼女を振り返る。

「フィレーラさまもディルアさまも、もうお休みになられておりますし、将軍もお休みになられてください。将軍がお倒れになられるようなことがあれば大事になりますから。そのようなことになれば、副将軍がお戻りになられた時に、逆にご心配をおかけしてしまいます」

 柔らかく窘めるような言い方に、ヒュレイリュは息を吐いた。寝ろと言われても眠気など全く襲ってはこなかったが、確かにリルの言うとおりかもしれなかった。休める時には少しでも休んでおくべきだろう。無理をして自分が倒れてしまえば、フィレーラにもリルにも、そしてリィラにも、迷惑をかけてしまうだけだ。

 ヒュレイリュは窓の外を振り仰いだ。半分に欠けた月が、夜空のいちばん高いところに掛かっている。


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