雪解け
ある病院で、植えられている桜のつぼみが膨らみはじめていた。
小鳥がせわしなく飛び回っている。
「もうすぐだね」
そう呟いたのは、車椅子に座っている少女だった。
顔立ちや雰囲気が大人びた印象を与える。
じっと桜の木を見つめる眼だけが、年相応に感じられる。
その後ろに、白衣を着た二十歳後半くらいの男性が立っていた。
彼は車椅子を押そうともせず、数歩あとを歩いている。
「そうだな」
少し遅れて、それだけ言うとすぐに黙り込んだ。
少女は相槌に全く反応せず、ハンドリムから手を離してブレーキをかけた。
「先生、肩を貸して」
そして、答えを聞くことなく立ち上がろうとした。
車椅子に座ったまま、腕の力だけで。
男性は、慣れた動作で素早く少女の細腕を掴んだ。
「危ないだろうが」
怒気を隠そうともしないで、少女を睨みつける。
「痛いです、離してください」
抗議されても、無視して睨み続けている。
「ごめんなさい」
そう言うと、少女はうつむいた。手が離されても。
突然、男性が少女に背中を向けてしゃがんだ。
少女が驚いて顔をあげる。
「肩、貸してほしいんだろ」
振り向きもせず、平然と言ってのける。
「え?」
「早く」
有無を言わせぬ強烈な口調だった。
少女は流されるように、目の前の背中へ体重を預けた。
「ごめんなさい」
そう言うと、肩に顔をうずめた。
男性は、
「兄妹だろ」
そう言うと、ゆっくり桜の木に近づいていった。