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短編

最期の時

作者: 間宮 榛



 私は酸素マスクをされ、病院の味気無いベッドの上にいた。

 幾日も私に見えるのは、白い天井、白い壁、白いカーテン。そこにはなんの色味もない。いい加減、飽き飽きしてくる。息も自分じゃ満足にできない人間の癖に、意識ははっきりしてるから困ったもんだ。

 誰かが見舞いに来てくれないかと思っても、面会謝絶とやらでだめらしい。まぁ、来てくれても満足に話もできないんだが。早く一日が過ぎないだろうか。早くよくならないだろうか。こんな生活はおさらばしたい。

 しゅー、しゅー、と酸素マスクから出る酸素の音が、静かな病室に響き渡る。

 一定のその音は、鼓動の音にも似ている。鼓動と重なる二つの音は、いつしか同じ一音となる。眠気を誘うその音は、私を本当に眠くさせた。何もすることもないから瞼を閉じ、眠ろうとする。

 眠りの世界に片足を突っ込みかけた時、なんだか変な気配を感じた。

 おかしい。まだ点滴は終わってないし、看護婦が巡回する時間でもない。そしてなによりも、いつも閉め切っている扉が開いた気配がないのだ。

 おかしい。何故なにかがいる気配がするのだろうか。そして、何よりも気になったのが視線だった。誰かの視線が、私に向けられている感じがする。

 それも一つだけでなく、二つも。

 おかしい。第一、私が寝ているこの病室は五階にある。外から人が覗けるはずがないのだ。私は困惑した。こういう場合、私はどうしたらよいのだろう。気になって眠気も吹っ飛んでしまった。

 眠れなくなったのを機会だと思い、私はあまり気が進まないが瞼を開けた。目に映ったのは、二人の人物だった。

 ベッドを挟んで左右にいるそいつらは、私のことを観察しているようだった。

 右側にいるのは、頭からすっぽりと黒い布をかぶり表情はよく分からない。ただ、黒い鋭いまなざしが私を射た。手と思われる部分も布に隠れており、手らしきものが大きな刃渡り一メートルはあろうかという鎌を持っていた。俗に言う『死神』らしい格好をしたやつだった。

 反対に左側にいるのは、白い羽が生えていた。こいつも同じように白い布を頭からすっぽりとかぶっていて、表情は分からない。布からは金の髪がこぼれ出ていて、緑の慈愛に満ちたまなざしで私を見ていた。よくよく見れば、頭には宗教画にあるような金に輝く輪がついていた。こいつも俗に言う『天使』というやつだろう。想像と違うのは、こいつが大人ぐらいの背丈だということと、頭から布をかぶっていることだ。天使と言ったら、金髪で素っ裸の赤ん坊だと思っていた。

 と、天使らしきやつの慈愛に満ちたまなざしが、歪んだ。

「あー、やめやめ。あんな眼、長時間してられっか」

 天使にあるまじき言葉遣いでそう言うと、天使は頭から布を引っ剥がした。金の髪に新緑色の瞳の男。昔のギリシャ人のような服装に、彫刻のように完璧な容姿。容姿端麗、竜章鳳姿とはまさにこのことだ。

「確かに疲れますよね」

 そう言うと、死神も頭から布を外した。漆黒という言葉がぴったり合う長い黒髪に、白い肌が映える。エキゾチックだがそんなに主張しない顔立ちは整っていて、むしろ可憐な印象だった。飾り気のない黒いワンピースも、よく似合う。だけど。このちぐはぐな二人組は一体……?

「黙れ死にかけ。オレらにはお前が思ってること筒抜けなんだよ」

「要するに、しばらく心静かに休めていてくださいということです」

 言葉だけを聞けば、死神と天使、といったかんじだが、実際は天使と死神の順である。本当に一体なんなんだこいつら。

「自己紹介しろってことか? うっせーやつだな。オレ、天使」

「死にかけている方に、一々悪態つくものじゃないですよ。私は死神です。お見知りおきを」

 天使に死神。私はやっぱり死ぬらしい。

「そーそ、おまえはあと一時間後に死ぬ予定な訳。だからご丁寧にオレらが迎えにきてやったんだよ」

「それでですね、生きてきた中で良いことと悪いことの精算を今からして、天国か地獄に行くか決めるんです」

 精算。……精算?

「そ、精算。……ってことでぇ、死神、準備はよろしーかい?」

「いいですよ」

 互いに合意して、ポンという軽快な音とともにそれぞれの手に分厚い本が現れる。天使の手には白いカバーに金糸で描かれた十字架。聖書のように見える。一方死神の手には黒のカバーに銀糸で描かれた逆十字架。

「それでは、精算を始めます」

 死神の言葉で精算とやらは始まった。

 中身を聞いてみると、私の一生にあったこと全てだった。

 例えばいいことは、幼稚園の頃に巣から落ちたツバメを助けたことや、席を譲ったこととかだった。それに対して悪いことは、蚊を殺したこと、友達とふざけてて怪我をさせたことなどだった。

 呆れた。一体誰が記録してるんだと思った。それらを言い続けること五十分少々。

「……で、現在に至る、と」

 終わったようだ。

「えー、結論からいきますと、±〇(プラスマイナスゼロ)ですね」

 ……はぁ、±〇(プラマイゼロ)なんだ。っておいおい、ちょっと待て。±〇ってことは、どっちつかずじゃないか。

「あぁ、ホントーにそーだなっ」

「またですか。……しかたないですね、今回は見送り、ということで」

 え、見送り? ちょっと一体どういうことなんだ。私はあと数分で死ぬ予定なんじゃないのか。

「そーなんだけどなぁ、お前の行いのおかげで死ぬ予定がパーなんだよっ」

 はぁ。

「それでは、次の予定が押していますので。また死にかけたら、お目にかかりましょう」

 天使と死神はそれぞれ布をかぶり、そして忽然と消えた。まるで最初からそこにいなかったかのように。

 二人が消えてから、私は呼吸が楽になったことに気付いた。体に力を入れてみたら意外とすんなり動き、今まで動けなかったのが嘘のように上半身が起こせるようになった。

 驚いた。

「……なんだったんだ、あれは」

 そして、喋れるようにもなっていた。久しぶりに聞いた自分の声に、また驚いた。



 天使に、死神。あの性格が正反対な二人。性格的に絶対逆だろうという役割をする二人。ありえないけど、私はその二人に逢った。

 その時、ふとある考えが私の頭をよぎった。

 奇跡というのは、こういう微妙な人生を送ってきた人間に起きるのだろうか。

 そして、もうひとつ。

「こんなことばっかりあるから、地球の人口は減らないんじゃ……?」

 きっと、あのぶっきらぼうな天使は、同意してくれるだろう。



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