意外な再会 :約3000文字 :コメディー
ある日の昼下がり、彼女は一人でショッピングモールの中を歩いていた。休日ということもあり、館内は家族連れや若いカップルでにぎわい、吹き抜けの通路には穏やかな音楽が流れている。ガラス張りの高い天井からは柔らかな日差しが降り注ぎ、磨き上げられたタイル床を淡く照らしていた。
彼女はふと店先の商品から視線を外し、日差しに思わず目を細めた。そのときだった――。
「あっ」
「ん、あっ」
雑踏の中に一人の男を見かけた瞬間、彼女は思わず声を漏らした。その声に反応して男は振り返り、目を見開いて同じように短く声を漏らした。立ち止まり、見つめ合う二人。やがて彼女のほうからゆっくりと男に歩み寄った。
「久しぶり……だね」
彼女はぎこちない笑みを浮かべ、そう言った。
「あ、ああ……久しぶり」
「え、元気……?」
「あ、ああ。元気だよ……。そっちは?」
「いや、元気だけど……」
彼女は男の顔をまじまじと見つめながら答えた。
「懐かしい、な……」
「そう、だね……別れてからもう三年になるね」
「ああ……もうそんなになるのか。いやあ、ほんと懐かしいな。正直、今でもたまに思い出すよ。付き合ってた頃のこと」
「そう……私も。空を見上げて、向こうで元気にしてるかなーなんて考えたりしてた」
「ははは、なんか嬉しいな」
男は照れたような笑みを浮かべ、指先で眉をぽりぽりと掻いた。
「そう……それで、元気なの?」
「はは、だから元気だって。今は普通に会社員やってるよ」
「いや、そうじゃなくて、え、本当に元気なの?」
「……ああ」
男はすっと笑みを引っ込め、視線を落とした。
「なんで?」
「なんでって、お前、ははは……」
「不治の病だったんでしょ」
「……ああ、まあ、な」
「余命半年だったよね」
「……うん、まあ」
「『ごめん。負担になりたくないから別れてくれ』って言ったよね」
「まあ……な」
「なんでまだ生きて――」
「治った!」
男は勢いよく顔を上げて叫んだ。
「え、治った……?」
「ああ! 最近の医療ってすごいな。うん、すごい。完全に完治! フォオウ!」
男はぐっと両手を握りしめ、満面の笑みを浮かべた。
彼女は眉をひそめ、男の顔をじろじろと眺めたあと、小さく「あー……」と呟いた。
「まあ、そうか……。うん、そうだよね。なんかごめんね」
「いやあ、全然。まあ、驚くよな。ははは」
「うん……てっきり――」
「あ、ここにいたんだ」
と、そこへ一人の女が男のもとへ小走りに駆け寄ってきた。
「探したよ。ん? こちら、どちらさま?」
女は彼女を訝しげに見やり、それから男へ視線を移した。男は彼女と女を交互に見て、しどろもどろになりながら「え、いや、知り合い……」とだけ答えた。
「ふーん、そっか。じゃ、荷物お願いね。ちょっとトイレ行ってくるから」
「おお、わかった……」
女は持っていた買い物袋を男に押しつけると、そのまま足早に離れていった。
「……彼女?」
彼女が静かに訊ねた。
「まあ……」
「そう……。付き合ってどれくらい? ずいぶん仲が良さそうに見えたけど」
「半年……くらいかなあ」
「ふーん……」
「ああ……」
「ちょっと追いかけて聞いてくるね」
「いや、お前、待てって!」
歩き出そうとした彼女の腕を、男は慌てて掴んで引き留めた。
「なに、放してよ」
「いや、お前、馬鹿。女子トイレだぞ。入ったら駄目だろ!」
「……いや、別に入っても問題ないでしょ。付き合って何年か聞いてくるから」
「二年!」
「え?」
「二年……二年だから」
「あ、そう……じゃあ、聞いてくるね」
「三年!」
「三年?」
「ああ、そうだよ……三年だったわ」
「つまり、あたしと別れてすぐに向こうと付き合い始めたってこと?」
「そういう……ことになるな。……いや、寂しかった。寂しかったんだよ。病気で不安だったし、あの頃は本当に一人じゃとても耐えられなかったんだ……」
「ふーん……」
「お前と別れて、本当に馬鹿だったよ……」
「本当に病気だったの?」
「病気! お前、そこを疑うのは駄目だろ。人として最低だぞ」
「すでに嘘つかれてるからね」
「とにかく治ったんだよ! 本当なんだって!」
「そう……」
「おお……」
二人の間に沈黙が落ちた。男は気まずそうに視線を泳がせ、彼女はそんな男をじっと見つめていた。
それからほどなく、先ほどの女が戻ってきた。
「お待たせ。もうちょっと持っててくれる? あっちにいい店あったの。四周年記念に買ってもらおうっと」
女はそう言い残し、弾むような足取りで駆けていった。
「四年……?」
彼女は眉を寄せながら呟いた。
「んー……まあ」
「二股ってこと……?」
「そういう……ことになるのかもしれないな」
「ちょっと話してくる」
「待て、待てって! ゲホッ、ゴホッ、ああああ苦しい、ああああああ!」
「完治したってさっき言ってたでしょ」
「苦しい……ストレスが……」
「ストレス!? あたしがストレスってこと!?」
「い、いや、そういう意味じゃないよ。ははは……」
「つまり、不治の病だって嘘をついてあたしと別れて、そのまま向こうと付き合ってたってわけでしょ」
「いや、違くて、その……怖い……」
「怖い?」
「いや、その、踏み止まろうと思ったんだよ。でも、寂しくて……」
「うちの家族も本当に心配してたんだよ。結局別れたから何もできなかったけど、何か自分たちにできることはないかって話し合ったりもしたの。それなのに全部嘘だったんだ」
「本当に、本当にそれはもう……もう……。でも……寂しかったんだもん」
「さっきからそれ言ってるけど何なの? もう三人で話そうか」
「いや、それはだから……謝るから……謝るから謝るから謝るから! ううううううう!」
「怖っ、急に何。発作?」
「死ねばいいんでしょ! 死ねば! 手すりに登って飛び降りれば死ねるから! 死んだら許してね!」
「いや、みんな見てるってば。大事にしたくないんじゃなかったの?」
「おれは誰からも愛されないんだから……みんなに捨てられるんだ……おれは誰にも愛されなかった……」
「え、病んでる?」
「どうして、どうして、おればかりがこんな不幸な目に……世界中でただ一人……黒き孤独の王……」
「いや、自分に酔ってる?」
「おお、神よおお! 汝はなぜ私にこんな試練をお与えになるのですか! 私はか弱く、病に侵され、それでもなお懸命に愛を追い求めているというのに!」
「役者やってたっけ?」
「なぜ悪魔のお許しになったのですか!」
「それ、あたしのこと!?」
「あああああああああああ!」
男は頭を抱えて叫び、深くうつむいた。
彼女はしばらく黙ってその姿を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「別にもういいよ」
「え……?」
男は小さく顔を上げた。
「よかったね。病気じゃなくて」
「お、お、お、お、おおお……」
「いや、病気ではあるかもしれないけど」
「あ、ありがとう……」
男は安堵したように大きく息を吐いた。
すると彼女は静かに右手を差し出した。男は一瞬戸惑ったものの、照れたような笑みを浮かべ、おずおずとその手に自分の手を伸ばした。
「十万円」
「十万円……?」
男はぴたりと動きを止め、彼女の顔を見つめた。
「せめて治療費の足しにしてって手紙に同封したでしょ。あのお金、返して」
「おー……でも、五万円じゃなかったかな?」
「十万」
「え、いや、今ちょっとそんなに余裕なくて……」
「記念日だかなんだかで買い物するくらいなんだから、お金あるんじゃない? ATMまで一緒に行ってもいいけど。彼女さんも連れて」
「いやー、その……」
男はポケットから財布を取り出すと、震える指で中の紙幣を数え始めた。
「一、二……三万円しかないかなあ」
「本当は?」
「……六、七、八万です。ほんとに」
「じゃあ、それでいいよ」
「おー……」
彼女は金を受け取ると踵を返し、そのまま人混みの中へ颯爽と歩き去っていった。
男はその場に立ち尽くし、ただその背中を見送った。
やがて、先ほどの女が戻ってきた。
「決まったよ。行こー」
「いや、今日はちょっと……」
「え? どうしたの? 具合でも悪いの? 顔青いよ」
「いや、その……」
男は唾を飲み込み、言った。
「古傷が開いて……」




