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意外な再会         :約3000文字 :コメディー

作者: 雉白書屋
掲載日:2026/10/03

 ある日の昼下がり、彼女は一人でショッピングモールの中を歩いていた。休日ということもあり、館内は家族連れや若いカップルでにぎわい、吹き抜けの通路には穏やかな音楽が流れている。ガラス張りの高い天井からは柔らかな日差しが降り注ぎ、磨き上げられたタイル床を淡く照らしていた。

 彼女はふと店先の商品から視線を外し、日差しに思わず目を細めた。そのときだった――。


「あっ」

「ん、あっ」


 雑踏の中に一人の男を見かけた瞬間、彼女は思わず声を漏らした。その声に反応して男は振り返り、目を見開いて同じように短く声を漏らした。立ち止まり、見つめ合う二人。やがて彼女のほうからゆっくりと男に歩み寄った。


「久しぶり……だね」


 彼女はぎこちない笑みを浮かべ、そう言った。


「あ、ああ……久しぶり」

「え、元気……?」


「あ、ああ。元気だよ……。そっちは?」

「いや、元気だけど……」


 彼女は男の顔をまじまじと見つめながら答えた。


「懐かしい、な……」

「そう、だね……別れてからもう三年になるね」


「ああ……もうそんなになるのか。いやあ、ほんと懐かしいな。正直、今でもたまに思い出すよ。付き合ってた頃のこと」

「そう……私も。空を見上げて、向こうで元気にしてるかなーなんて考えたりしてた」


「ははは、なんか嬉しいな」


 男は照れたような笑みを浮かべ、指先で眉をぽりぽりと掻いた。


「そう……それで、元気なの?」

「はは、だから元気だって。今は普通に会社員やってるよ」


「いや、そうじゃなくて、え、本当に元気なの?」

「……ああ」


 男はすっと笑みを引っ込め、視線を落とした。


「なんで?」

「なんでって、お前、ははは……」


「不治の病だったんでしょ」

「……ああ、まあ、な」


「余命半年だったよね」

「……うん、まあ」


「『ごめん。負担になりたくないから別れてくれ』って言ったよね」

「まあ……な」


「なんでまだ生きて――」

「治った!」


 男は勢いよく顔を上げて叫んだ。


「え、治った……?」

「ああ! 最近の医療ってすごいな。うん、すごい。完全に完治! フォオウ!」


 男はぐっと両手を握りしめ、満面の笑みを浮かべた。

 彼女は眉をひそめ、男の顔をじろじろと眺めたあと、小さく「あー……」と呟いた。


「まあ、そうか……。うん、そうだよね。なんかごめんね」

「いやあ、全然。まあ、驚くよな。ははは」


「うん……てっきり――」


「あ、ここにいたんだ」


 と、そこへ一人の女が男のもとへ小走りに駆け寄ってきた。


「探したよ。ん? こちら、どちらさま?」


 女は彼女を訝しげに見やり、それから男へ視線を移した。男は彼女と女を交互に見て、しどろもどろになりながら「え、いや、知り合い……」とだけ答えた。


「ふーん、そっか。じゃ、荷物お願いね。ちょっとトイレ行ってくるから」

「おお、わかった……」


 女は持っていた買い物袋を男に押しつけると、そのまま足早に離れていった。


「……彼女?」


 彼女が静かに訊ねた。


「まあ……」


「そう……。付き合ってどれくらい? ずいぶん仲が良さそうに見えたけど」

「半年……くらいかなあ」


「ふーん……」

「ああ……」


「ちょっと追いかけて聞いてくるね」

「いや、お前、待てって!」


 歩き出そうとした彼女の腕を、男は慌てて掴んで引き留めた。


「なに、放してよ」

「いや、お前、馬鹿。女子トイレだぞ。入ったら駄目だろ!」


「……いや、別に入っても問題ないでしょ。付き合って何年か聞いてくるから」

「二年!」


「え?」

「二年……二年だから」


「あ、そう……じゃあ、聞いてくるね」

「三年!」


「三年?」

「ああ、そうだよ……三年だったわ」


「つまり、あたしと別れてすぐに向こうと付き合い始めたってこと?」

「そういう……ことになるな。……いや、寂しかった。寂しかったんだよ。病気で不安だったし、あの頃は本当に一人じゃとても耐えられなかったんだ……」


「ふーん……」

「お前と別れて、本当に馬鹿だったよ……」


「本当に病気だったの?」

「病気! お前、そこを疑うのは駄目だろ。人として最低だぞ」


「すでに嘘つかれてるからね」

「とにかく治ったんだよ! 本当なんだって!」


「そう……」

「おお……」


 二人の間に沈黙が落ちた。男は気まずそうに視線を泳がせ、彼女はそんな男をじっと見つめていた。

 それからほどなく、先ほどの女が戻ってきた。


「お待たせ。もうちょっと持っててくれる? あっちにいい店あったの。四周年記念に買ってもらおうっと」


 女はそう言い残し、弾むような足取りで駆けていった。


「四年……?」


 彼女は眉を寄せながら呟いた。


「んー……まあ」

「二股ってこと……?」


「そういう……ことになるのかもしれないな」

「ちょっと話してくる」


「待て、待てって! ゲホッ、ゴホッ、ああああ苦しい、ああああああ!」

「完治したってさっき言ってたでしょ」


「苦しい……ストレスが……」

「ストレス!? あたしがストレスってこと!?」


「い、いや、そういう意味じゃないよ。ははは……」

「つまり、不治の病だって嘘をついてあたしと別れて、そのまま向こうと付き合ってたってわけでしょ」


「いや、違くて、その……怖い……」

「怖い?」


「いや、その、踏み止まろうと思ったんだよ。でも、寂しくて……」

「うちの家族も本当に心配してたんだよ。結局別れたから何もできなかったけど、何か自分たちにできることはないかって話し合ったりもしたの。それなのに全部嘘だったんだ」


「本当に、本当にそれはもう……もう……。でも……寂しかったんだもん」

「さっきからそれ言ってるけど何なの? もう三人で話そうか」


「いや、それはだから……謝るから……謝るから謝るから謝るから! ううううううう!」

「怖っ、急に何。発作?」


「死ねばいいんでしょ! 死ねば! 手すりに登って飛び降りれば死ねるから! 死んだら許してね!」

「いや、みんな見てるってば。大事にしたくないんじゃなかったの?」


「おれは誰からも愛されないんだから……みんなに捨てられるんだ……おれは誰にも愛されなかった……」

「え、病んでる?」


「どうして、どうして、おればかりがこんな不幸な目に……世界中でただ一人……黒き孤独の王……」

「いや、自分に酔ってる?」


「おお、神よおお! 汝はなぜ私にこんな試練をお与えになるのですか! 私はか弱く、病に侵され、それでもなお懸命に愛を追い求めているというのに!」

「役者やってたっけ?」


「なぜ悪魔のお許しになったのですか!」

「それ、あたしのこと!?」


「あああああああああああ!」


 男は頭を抱えて叫び、深くうつむいた。

 彼女はしばらく黙ってその姿を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。


「別にもういいよ」

「え……?」


 男は小さく顔を上げた。


「よかったね。病気じゃなくて」

「お、お、お、お、おおお……」


「いや、病気ではあるかもしれないけど」

「あ、ありがとう……」


 男は安堵したように大きく息を吐いた。

 すると彼女は静かに右手を差し出した。男は一瞬戸惑ったものの、照れたような笑みを浮かべ、おずおずとその手に自分の手を伸ばした。


「十万円」

「十万円……?」


 男はぴたりと動きを止め、彼女の顔を見つめた。


「せめて治療費の足しにしてって手紙に同封したでしょ。あのお金、返して」

「おー……でも、五万円じゃなかったかな?」


「十万」

「え、いや、今ちょっとそんなに余裕なくて……」


「記念日だかなんだかで買い物するくらいなんだから、お金あるんじゃない? ATMまで一緒に行ってもいいけど。彼女さんも連れて」

「いやー、その……」


 男はポケットから財布を取り出すと、震える指で中の紙幣を数え始めた。


「一、二……三万円しかないかなあ」

「本当は?」


「……六、七、八万です。ほんとに」

「じゃあ、それでいいよ」


「おー……」


 彼女は金を受け取ると踵を返し、そのまま人混みの中へ颯爽と歩き去っていった。

 男はその場に立ち尽くし、ただその背中を見送った。

 やがて、先ほどの女が戻ってきた。


「決まったよ。行こー」

「いや、今日はちょっと……」


「え? どうしたの? 具合でも悪いの? 顔青いよ」

「いや、その……」


 男は唾を飲み込み、言った。


「古傷が開いて……」

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