しゃべり続ける神
「今日、我が部隊に新しい任務が下りた。」
ヒナタは三人の新人の前に立ち、腕を組んだまま、いつもの無表情で告げた。
その後ろでは、マキがいつもの穏やかな笑みでお茶を淹れている。
「お前たち三人が訓練している間、任務は全部マキが一人でこなしていた。だから次の任務は、彼女を休ませるためにも、全員で向かう。」
マキは驚いたように目を瞬かせた。
「わ、私は大丈夫ですよ、本当に――」
「休む権利はある。」
ヒナタはきっぱりと言い、再び新人たちへ向き直る。
「よく聞け。天空島から降りてくる脅威にはいくつかの種類がある。神、霊獣、そして伝承に登場する人間型の存在だ。神は上位三部隊のみが担当し、強さによってどの部隊が対応するか決める。」
そこで一度言葉を切る。
「ついさっき、上位の神が天空島と人間界を繋ぐ結界を強引に突破した。」
リンの目が大きく見開かれた。ユウジは背筋を伸ばし、ダイチでさえ真面目な顔になる。
「か……神と戦うんですか?」リンは声が震えた。
「戦うのは 俺 だ。」
ヒナタが訂正する。「お前たちは見るだけだ。では準備しろ。」
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市場は地獄絵図だった。
屋台は倒れ、野菜や果物は石畳に散乱し、魔力の爆ぜる音が空気を裂きながら、一般人は必死に逃げ惑っている。
その中心に、小柄で子供のような姿だが、空気が揺らぐほどの力を放つ存在が立っていた。
スクナヒコナ。
神は緑色の魔力を帯びた球体を連続で放ち、建物を爆発させ、瓦礫が舞った。
「人間ども!」
「我が兄はどこだ?!答えろ!!」
ギンッ。
空中にヒナタが現れ、二つの魔力球を刀で同時に切り裂いた。
魔力は霧のように消え去る。
スクナヒコナが振り返る。「なに――」
言い終える前に、ヒナタがすでに目の前にいた。
一閃。肩から腰へ斜めに走る致命的な斬撃。
血が石畳に飛び散る。
神はよろめき、傷口を押さえたが――
それはゆっくりと、しかし確実に再生し始めた。
「再生能力か。」
ヒナタは地面に着地し、回復速度を観察しながら呟く。
「これを耐えるやつは少ない。」
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市場の端で、リン、ユウジ、ダイチの三人は呆然とその光景を見ていた。
「今……神の魔法を普通の刀で斬った?」リンが震え声で言う。
「いや、あれは普通じゃない。」ユウジは冷静に分析する。「あの一撃、ほとんどの神なら即死だ。でも再生してる。」
「たいした神様だな。」ダイチがぼそり。
ヒナタは再び動き、神は反撃すらできず、斬撃だけが続く。
神の魔法は防がれ、反撃は潰され、再生は追いつかない。
「……魔法すら使ってない。」ユウジが呟く。「純粋な剣術だけで、上位神を圧倒してる。」
「再生を上回る量で、傷を与え続けてるんだ。」リンが気づく。
突然、ヒナタが彼らの横に現れた。三人は飛び上がる。
「正解だ。」
「大半の神ならもう死んでいる。だがこいつは特別だ。再生持ちは珍しい。だが限界はある。十分なダメージを短時間に与え続ければ抑え込める。」
ヒナタは神を振り返る。傷に覆われ、立ち上がろうとし、また崩れる。
「俺には生命力がないから封印はできない。マキは休ませている。お前たちは上級共通魔法がまだ使えん。だから部隊まで引きずっていく。」
彼は言う。
「……手伝え。」
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再生し続ける神を運ぶのは、聞こえるよりもはるかに厄介だった。
スクナヒコナは、怪我だらけでも口だけは止まらない。
「分かってない!!」と、四人がかりで運ばれながら叫ぶ。
ヒナタが片腕、ユウジとダイチがもう片腕、リンが足を持っている。
「奴らが兄を連れ去ったんだ!!」
「はいはい。」ヒナタは無表情で歩く。
「本気だ!!オオクニヌシが……兄が……天空島から消えたんだ!!」
「そうか。」
「助けてくれ!!人間に連れ去られたんだ!!」
三人は困惑し、ダイチは重量にうんざりしていた。
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第一部隊に戻ると、彼らはスクナヒコナを訓練場の中央に放り投げた。
すぐに神が叫び始める。
「聞いてるのか!?兄がいないんだぞ!!神々が消えているんだ!お前たちは――」
「適当な妄言だろ。」ヒナタは歩き出す。
「ヒナタ。」
優しいが強い声が響いた。
マキだった。
いつものお盆もなく、ただ真剣な眼差しで立っている。
「話を聞くべきです。」
ヒナタの足が止まる。「命令は変わらない。」
「変えるべきかもしれません。」
マキは神のそばに膝をつき、優しく言う。「教えてください。何があったのか。」
スクナヒコナは驚いたように目を瞬かせる。
先ほどの荒々しさが崩れ、悲痛な表情が浮かぶ。
「兄……オオクニヌシが……三週間前に姿を消した。」
「誰も見ていない。痕跡もない。でも残された魔力痕と足跡は……神のものじゃなかった。人間のものだった。」
訓練場が静まり返る。
「人間に……?天空島に行けるのか?」ダイチ。
「行ける。」ヒナタ。「天空島へ繋がる門がある。だが開けられるのは隊長以上だ。」
「じゃあ、隊長が犯人?」ユウジが険しい顔で言う。
リンは首を横に振る。「そんな……侍が神を誘拐なんて……守る側なのに……」
スクナヒコナは乾いた笑いを漏らす。
「守る?英雄?笑わせるな。」
声は震え、怒りと悲しみが混じっていた。
「兄だけじゃない。何人もの神が消えている。力を奪われ、死体で見つかった者もいる。何も残らず失踪した神もいる。助けを求めた。調べようとした。でも……誰も動かない。誰も……気にしない。」
拳を握りしめ、震える。
「だから結界を破ってでも来た。助けを求めに。誰か……誰でもいいから……」
沈黙は重く、痛いほど深かった。
マキは涙を浮かべる。
リンは胸が締め付けられるような感覚を覚える。
自分が信じてきた“正義”が崩れる音がした。
「もしそれが本当なら……」
ヒナタの声は低く、今まで聞いたことのない鋭さがあった。
「犯人を必ず見つけ出す。必ず裁く。」
スクナヒコナはヒナタを見つめる。
「本当に……?」
リンが前に出た。拳を握りしめ、震えるが声は揺れない。
「兄さんを見つけます。絶対に。」
神の目が大きく開かれる。
「なぜ……?私は市場を壊し、人を傷つけたのに……」
「関係ありません。」リンは言う。「神をさらい、殺している奴らがいるなら――止める。侍は、そういう時に立ち向かうためにいるんです。」
ユウジもうなずく。「腐敗があるなら放っておけない。」
ダイチも腕を組んで言う。「侍になった理由は、見て見ぬふりしないためだ。」
マキは涙を拭き、微笑む。「封印なんてしません。あなたは助けを求めに来た。なら、助けます。」
ヒナタは三人を見て、わずかに誇らしげな表情を見せた。
「証拠が必要だ。慎重に動く。隊長が関わっているなら、上層部全体の問題だ。一歩間違えれば、我々は反逆者になる。」
彼は真っ直ぐに三人を見る。
「それでも進むか?」
リンは即答した。「はい。」
ユウジとダイチもうなずく。
スクナヒコナは震えながら小さな笑みを浮かべた。
「ありがとう……ありがとう……」
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その夜。
リンは訓練場で一人、夜空を見上げていた。
雲の上に天空島がある。
そこで神々が消え続けている。
球体の測定値・999。
“バグ”と笑われた自分。
でも、今は関係ない。
助けを求める者がいる――それだけだ。
必ず見つける。
兄さんを。真相を。侍全員を敵に回してでも。
後ろで扉が開き、ユウジとダイチが出てくる。
「眠れなかったか?」ユウジ。
リンは頷く。「考えることが多くて。」
「だよな。」ダイチも空を見上げる。
三人は並んで立ち、雲の向こうにある天空島を見つめた。
これから向かうのは、想像を超える巨大な謎と闇。
だが――
三人なら歩いていける。
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