表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  作者: 月桂樹
4/7

お前を打ち砕く山

「お前たちは、せめて“ほんの少し”でも戦場に影響を与えられる力を身につけるまでは、任務には行かせない。」


ヒナタの言葉は、挑戦状のように朝の空気に響いた。

三人の新人は訓練場に立ち、昨日のボコられた痛みをまだ体に残しながら、次に何が来ても構えようとしていた。


「今日は」ヒナタが続けた。「お前たちは剣をここに置いていく。」

彼は訓練場の端にある武器棚を指さした。

「俺が許可するまで触るな。」


リンがまばたきした。「え、ちょっと待って。俺たち侍だろ? 俺たちの刀は――」


「身体が頭に追いつかないなら、剣など無意味だ。」

ヒナタの表情は変わらない。

「強くするのは剣じゃない。お前自身だ。」


ユウジは不満そうに眉をひそめながらも、黙って刀を棚に置いた。

ダイチは命綱のように大事に握っていた豪華な刀を、しぶしぶそっと置いた。


最後はリンだった。

母からもらった白い刀を見つめ、ゆっくりと他の刀の横に置いた。


「よし。」ヒナタは言った。「今日から模擬戦はしない。その代わり――」

彼は部隊の裏にそびえ立つ巨大な山を指さした。山頂は雲の中に消えている。

「ここからあの山のてっぺんまで走って戻ってこい。」


沈黙。


「それ…少なく見積もっても二十マイルはあるだろ…?」とユウジ。


「二十三だ。」ヒナタが訂正する。

「それと、俺もついていく。できるだけ“すごくすごく”ゆっくり走るつもりだ。」

目がわずかに細くなる。

「お前たちがこの“遅い”俺に勝てるようになるまで続ける。」


「どれくらい遅いんだよ…?」ダイチが疑いの目で聞く。


ヒナタは答えない。ただ前を指さした。


「始めろ。」



---


一日目は地獄だった。


リンは五マイルも走らないうちに脚がゼリーのようになり、肺が燃えるように痛んだ。

ユウジは運動神経の良さで半分近くまで行ったが、それでも倒れた。

ダイチも意外と健闘したが、スタミナの無さが最後に響いた。


そしてヒナタは――


汗一つかかず、まるで散歩のようなペースで三人を追い抜いていった。

遅いように見えるのに、なぜか誰よりも速い。


「これが…遅いのかよ!?」 リンは道端でかがみ込みながら叫んだ。


「そうだ。」

ヒナタは淡々と返す。「動き続けろ。」



---


三日目


ユウジのフォームは明らかに良くなっていた。呼吸も安定し、走り方も無駄がない。

どうやらヒナタの動きを分析して真似しているらしい。


ダイチは意地とプライドだけで食らいついていた。

遅れ始めるたびに「王族は諦めん…!」とつぶやき、また走る。


リンは…苦戦していた。


貧しい村の出で、栄養も訓練もまともに受けたことがない体には、過酷すぎた。

スタミナは他二人とは比べ物にならないほど低かった。


夕方、他二人より何時間も遅れて戻ったとき、ヒナタが待っていた。


「明日もだ。朝五時。」


リンは倒れそうだった。それでも頷いた。



---


十日目


ユウジがヒナタより三歩先にゴールした。


息を切らしながらも笑みを浮かべている。

「やっ…た…」


ヒナタは一度だけ頷いた。「合格だ。」


ユウジは胸を上下させながら後ろを見る。

ダイチが必死に走ってくる。そしてそのはるか後方――


リンは、点のように小さく見えるだけだった。



---


十四日目


ダイチがヒナタの前に滑り込み、雄叫びを上げた。


「ついにいいいいッ!! 勝ったぞおおお!!」


「よくやった。」

ヒナタは淡々。


ダイチは誇らしげな笑みを浮かべる。


二十分後、息も絶え絶えにリンがたどり着くと――


ヒナタは首を横に振った。


「明日もだ。」



---


二十日目


リンは速くなっていなかった。


むしろ遅くなっている気がした。

体は限界、頭も回らない。

毎朝、脚が悲鳴を上げる。

毎晩、布団に倒れ込みながら「なんで俺だけ…?」と思った。


ユウジとダイチは別の訓練に進んでいる。

遠くで楽しそうに武器を振るっている声が聞こえる。


自分だけ、ただ走る。ずっと。失敗し続ける。


「やっぱり…みんなの言う通りだったのか。」

リンはつぶやいた。

「グリッチだっただけで、本当は俺なんかがここにいるべきじゃ…」


足が根っこにつまずき、よろめく。


「…もうやめてもいいんじゃないか。」


その言葉は胸に重く沈んだ。



---


二十二日目


リンは訓練に来なかった。


部屋で天井を見つめ、失敗の記憶を次々と反芻する。

ユウジのあのニヤけた表情。

マキの哀れむような目。

ヒナタの「明日もだ」という冷たい声。


ドアがノックされた。


「リン?」

マキの声。

「大丈夫? ヒナタが待ってるよ。」


「行かない。」リンは小さく言った。


沈黙。


「話す?」


「…いや。」


また沈黙。

そして小さな声で、


「わかった。でも…必要なら、いつでも来て。」


足音が遠ざかる。


リンは目を閉じた。



---


二十三日目


今日も行かなかった。


だが夜、暗闇の中で急に記憶がよみがえる。


母が三つ目の仕事を終えてボロボロなのに、優しい笑顔で白い刀を渡してくれた日のこと。


――「リン、母さんはお前を誇りに思うよ。」


リンはゆっくり起き上がる。


「なんで俺が諦めなきゃいけないんだ。」

「なんで、勝手に終わらせるんだ。」


拳を握りしめる。


「Sランクなんだ。たとえバグだろうが偶然だろうが…ここに来たんだ。証明するまでは帰らない。」


ベッドから立ち上がる。



---


二十四日目


リンは朝四時に来た。


ヒナタは少し驚いたように眉を上げた。


「早いな。」


「ああ。それと今日の山は…一回じゃない。」


「ほう?」


「二回走る。」


ヒナタはしばらくリンをじっと見つめ――

初めて、口元がほんのわずかに動いた。


笑ったように見えた。


「行け。」



---


リンはそこから止まらなかった。


朝は走る。

休憩中は自重トレ。

夜も走る。

腕立て、スクワット、腹筋。

筋肉が燃え、視界が揺れても止まらない。


もうユウジやダイチと比較しない。

見下されても気にしない。


これはもう、誰かに勝つためじゃない。


自分のためだ。



---


二十九日目


リンは最後の丘を駆け上がった。

脚は動く機械のように正確に、心臓は爆発しそうに速く、そして頭の中は澄み渡っていた。


ヒナタは十歩後ろ。


あと少し。あと――


ゴールを踏み越えた。


一歩先に。


リンは立ち止まり、息を荒げながら震えた。

しばらく、何が起きたのかわからなかった。


そして理解した瞬間――


「や…やった…俺…本当に…!」


「やったな。」

ヒナタが少し遅れて到着。


リンはその場に膝をつき、涙が溢れた。

痛みでも疲れでもない。


解放だった。


ヒナタは腕を組み、見下ろす。


「よくやった。この訓練は終わりだ。」


リンは涙の中で笑う。「次は何だ…?」


ヒナタの表情はいつも通りだったが、目の奥に何かがあった。

尊敬か、認めたという色か。


「今日は休め。明日から――」

ヒナタは歩きながら言った。

「徒手格闘に入る。」


リンの笑顔は止まらなかった。


かかってこい。



---


訓練場の隅でユウジはその様子を見ていた。

何も言わなかったが、帰り際にほんの少し口角が上がっていた。


近くで刀を磨いていたダイチは鼻を鳴らす。

「ようやくバグ野郎が恥を晒すのをやめたか。」


だが、その顔にもわずかな驚きと認める色があった。


そしてマキは、湯気の立つ茶を持ちながらほほ笑む。


「おかえり、リン。」



---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ