ようこそ、スクワッド・カオスへ!
第1師団の敷地までの道のりは……気まずかった。
原因は湊ではない。彼は前を歩き、ポケットに手を突っ込み、人生の意味でも昼飯のメニューでも考えているような顔で黙っていた。
気まずさの原因は、凛の横を歩く歩く災害そのものだった。
高道ユウジ。
十歩ごとに、ユウジは凛を横目で見てはニヤッと笑い、また前を向く——まるで見えない勝負に勝ったとでも言いたげだ。腹立たしいにもほどがある。
「なあ」凛が小さくつぶやく。「そんな顔して歩いてたら、マジで固まるぞ」
「何か言った、いとこ?」
ユウジは甘い声で言うが、目は『殺すぞ』と言っていた。
「いや。独り言」
「ふーん。できれば静かに考えてくれ。フロックの独り言なんて聞きたくないから」
凛の目がピクッと動く。「フロック?俺、お前と同じ点数だっただろ!」
「お前が取ったのは“バグ”だ」ユウジは袴の埃を払うふりをしながら言った。「違いが分からんのか」
凛が反論しようとしたその時、湊が突然立ち止まった。
「着いた」
淡々とした声。
凛は顔を上げ——固まった。
第1師団の敷地はとにかく広い。
複数の訓練場、伝統的な道場、完璧に整えられた庭園、そして歴史書に載っていそうな本館。
どこを見ても清潔、豪華、そして金がかかっている。
「ここに住むのか…?」凛は目を見開いた。
「ここに住むのは俺な」ユウジがニヤリと修正する。「お前は客」
「二人とも黙れ」湊が振り返らずに言った。「新入りはお前らだけじゃない。あと一人来る」
「あと一人?」ユウジが眉をひそめる。「誰——」
「道を開けろ!王族のお通りだぁぁ!!」
後ろから怒鳴り声。
図々しい上にやたらと鼻につく声だった。
振り向くと——
同い年くらいの少年が大げさな身振りで歩いてくる。
金の刺繍、龍の紋様、何重にも重なったローブ——もはや小さなテント。
髪は完璧、姿勢は「俺は偉い」と叫び、後ろには荷物を持たされた疲れ果てた従者が二人。
「平民どもよ、よく聞け!」少年は胸を張る。「我こそは第三王子・大地!貴様らより明らかに優れた隊員だ!頭を垂れよ!」
沈黙。
凛とユウジは目を合わせた——人生で初めて意見が一致した瞬間だったかもしれない。
「本気か?」凛が小声で。
「……多分な」ユウジが困惑した顔で返す。
「頭を垂れろと申した!」大地が足を踏み鳴らす。
「いや、無理」凛。
「断る」ユウジ。
大地の顔が真っ赤になる。
「貴様ら、私が誰だか分かっているのか?!私は王族だぞ!父上は国王だ!敬意を——」
「そしてその敬意で何をさせるつもりだ?」
湊の低い声が背後で落ちた。
大地の動きが止まる。
ゆっくりと振り返ると、無表情の湊が立っていた。
「い、いや……その……序列を……確認……?」
「序列なら教えてやる」湊は冷たく言う。「俺が隊長。お前らは全員、実力を見せるまでは同じ“雑魚”だ。王子、お前もな」
大地は口をパクパクさせる。
「だ、だが私は王族——」
「たとえ創造神でも興味ない。俺の隊ではただの新人だ」
湊は踵を返し、本館に向かって歩き出した。「時間を無駄にするな。ついて来い」
大地はその場で口を開けたまま固まる。従者は必死に笑いをこらえていた。
凛はニッと笑った。
「ここ……面白くなりそうだ」
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館内に入ると、ほのかな茶の香りと、凛の脳を一瞬で停止させるほど美しい少女が目に入った。
部屋の中央で、流れるような動きで茶を淹れている。
長い黒髪をすっきりと結び、上品で控えめな稽古着。
彼女が顔を上げて微笑んだ瞬間、凛の思考は終了した。
「ようこそ」彼女は柔らかく言う。「新しい隊員の方々ですね。私は真木リョウです。よろしくお願いします」
凛は口だけ動かし、声が出ない。
珍しくユウジも固まっていた。
大地でさえ、怒り途中でフリーズする。
「……や、やあ?」凛はようやく声を絞り出した。
「こんにちは」ユウジは早くも平静を取り戻し、妙に優雅に前に出た。
「高道ユウジです。あなたのような洗練された方に会えるとは光栄です」
真木は驚いたように瞬きをする。「あっ……ありがとうございます?」
「俺、凛!」凛はユウジを押しのける勢いで出る。「高道凛!こいつとは関係ない!いや、関係あるけど近くない!とにかく、よろしく!」
真木はクスッと笑った。「とても元気ですね」
凛の心は爆発した。
「どけぇぇ平民ども!!」
大地が二人を押しのけ、片膝をついて真木の手を取る。
「麗しき乙女よ!私は第三王子・大地!あなたの美しさに心を奪われた!私と結婚を!」
沈黙。
真木、凛、ユウジ、そして去りかけた湊までが振り返る。
「今、こいつ——」
「言ったな」ユウジが呆然。
真木は微笑んだまま、そっと手を引く。
「大変光栄ですが……お断りします」
「なっ?!だ、だが私は王族で——」
「うるさい」湊が割り込む。「真木、こいつらを部屋に案内してくれ。これ以上喋ったら窓から放り投げる」
「はい、隊長」真木は小さく頭を下げた。
三人の少年たちは、忠犬のようについて行った。
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案内は順調だった。——あいつが現れるまでは。
一瞬前まで誰もいなかった廊下に、突然、男が立っていた。
「うわっ!」凛は飛び退く。「ど、どっから出てきた?!」
男は答えない。
年齢は十八、十九。鋭い目、無表情、冷たく無口。
制服は完璧、刀は整然と腰に。
「失礼」
低く落ち着いた声だけを残し、通り過ぎようとする。
「ひ、日向くん!」真木が真っ赤になりながら叫ぶ。「気づきませんでした!今日の稽古はどうでした?あの……お茶……淹れてあります!えっと、その……!」
日向は一瞬だけ彼女を見る。ほんのわずかな会釈。
「ありがとう、真木。後でいただく」
そして消えた。
真木は胸の前で手を握りしめ、神に祝福されたような顔をしていた。
凛、ユウジ、大地は顔を見合わせた。
「今の……誰?」凛。
「日向宗介さんです」真木はうっとりした声で言った。「彼は……すごいんです」
「どうすごいんだ?」ユウジが聞くが、すでに敵意100%。
「侍団で一番の努力家です。毎日12時間も修行してるんですよ。隊長は“昔の侍を思い出す”って言ってました。才能や刀に封じられた神頼みじゃなく、純粋な技と鍛錬で強くなった人です」
「努力バカじゃん」大地がふんと笑う。
「“努力家”です」真木が睨む。「そして明日から、彼があなたたちの教官です」
「えっ、あの人が?!」凛が目を丸くする。
「年齢は関係ありません。日向さんは第1師団でも指折りの実力者です」
「最悪だ……」ユウジがぼそり。
凛は黙っていたが、心の中では一つの考えが響いていた。
あの人、真木さんに気があるとかじゃないよな……?
「安心してください」真木が何気なく言う。「日向さん、私に興味ないですよ。もう散々アプローチしたので分かります。彼は訓練に人生ささげてます」
「よかった……」凛が素で言ってしまう。
真木が眉を上げる。
「い、いや!悲しいって意味で!あなたのために!」
ユウジが吹き出した。
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その夜、凛は新しい部屋で天井を眺めていた。
すごくいい部屋だ。
清潔な布団、明かり、窓。今までの人生で一番まともな部屋。
なのに頭にあるのは明日のことだけ。
第1師団の天才との訓練。
ユウジですら黙らせる男。
「まあ、死ななきゃ大丈夫だろ……」
目を閉じると、廊下の向こうから大地が糸の数について怒鳴る声が聞こえる。
——うん。馴染めそうだ。
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翌朝
ドアを叩く音で凛は飛び起きた。
「起きて!今すぐ!訓練は10分後よ!」
真木の明るい声。
「10……はあ?!」
凛は飛び上がり、制服を着て、顔を洗い、全力疾走。
外に出ると、ユウジと大地はすでに整列していた。
朝からやたらと余裕の表情。
「来たか、寝坊助」ユウジ。
「寝坊したんだよ!訴えろよ!」
「静まれ!」大地が叫ぶ。「王族の私がいるのだ!すぐに訓練を始めよ!私は正午にマッサージの予約が——」
その瞬間、影から人影が現れた。
日向宗介。
昨日と全く同じ。冷たい、無表情、そして恐ろしく強そう。
「おはようございます」
彼は滑らかに刀を抜いた。朝日を反射して光る。
「今日から訓練を始めます」
「えっと……何するんですか?」凛が手を上げる。
「簡単です」日向は無表情のまま言った。「三対一。私に一撃でも当てられたら合格です」
「まじで?それだけ?」凛。
「それだけです」
「当てられなかったら?」ユウジ。
日向の目がわずかに鋭くなる。
「当てられるまで、毎日これを続けます」
「ふん!三対一など余裕だ!」大地が胸を張る。「一瞬で倒してやる、下々の者よ!」
日向は反応しない。
ただ静かに構えた。
凛はユウジを見る。
ユウジも凛を見る。
二日連続で、二人の意見が一致した。
これは地獄だ。
「始めろ」
日向宗介が言った。
そして地獄が始まった——。




