第93話 神聖な儀式
脳内でイメージしながら見て頂ければと思います!
聖なる湖。
そう呼ばれるその場所は、まるで世界の欠片が地上に零れ落ちたかのような神秘的な静寂に包まれている。
まず目を奪うのは、底まで見通せそうなほどに透き通った深いコバルトブルーの水面だ。
鏡のように凪いだ湖面には周囲を囲む汚れ一つない古木と吸い込まれそうなほど高い空が鮮やかに映り込んでいる。
湖底に沈む魔力結晶が淡い光を放ち、時折、水面へと小さな光の粒子が立ち昇る。
それはまるで、湖自体が穏やかな呼吸を繰り返しながら、懸命に生きているかのようだった。
肌に触れる空気はひんやりと心地よく、吸い込むだけで肺の奥まで浄化されるような清涼感がある。
水辺に歩み寄れば、どこからか鈴の音を転がしたような精霊たちの微かな囁きが聞こえてきそうな心地すら感じそうだ。
そこは俗世の穢れを一切寄せ付けない、神が人間に許した聖域のような空間。
ただそこに立ち尽くしているだけで、心身に溜まった冒険の疲れや迷い、日頃のストレスや悩みを含め、全てが清らかな水と空気に溶けて消えていきそうな感覚だ。
「おぉお……」
月が昇った夜、フォーペウロの四聖女であるレイニース様やアイラ様、カトレア様やフローラ様は儀式に必要な法衣を着込み、湖の奥にある古の女神を模った石像の前に立つと、祈りを捧げ始める。
すると、願いに応えるように湖の水面や聖女たちの身体が淡くも眩い光に包まれていく。
ただ一言で表すならば、幻想的。
そんな神秘的な光景がそこには広がっていた。
それ以外の言葉が見つからないほどに神聖な姿を俺たちは目に焼き付ける。
「素敵ね」
「そうだな」
「言葉にできない光景とはこのことですね」
「まるで女神様が力を与えているようにも見えるわ」
「こうして聖女様たちは加護を受けていくんだな」
俺たちは口々に感想を漏らすのだった。
ずっと見ていたくなりそうなほどに壮麗な光景だったけど、五分が経過した頃には儀式を終えたことを教えるようにレイニース様たちを包んでいた光が徐々に消えていった。
「どうやら終了したみたいだな」
「これでしばらくはフォーペウロが魔族の危機に晒される心配もなくなるわね」
儀式を見届けた俺はシャーロットと共にホッとする。
「それにしても、美しくて素晴らしいモノを見せてもらったわ」
「何だかわたくしたちも聖なる力をいただいたような気もします」
「俺も同感」
ロリエやメリス、ジャードも胸をなでおろしている。
何にしても、俺たちのやるべきことは達成された。
「今日は聖なる湖の近くで野営をして、夜明けと同時に出発するんだよな?」
「アルフラド団長が言っていたけど、その予定ね」
「分かった。出発の準備も進めておこう」
こうして、俺たちは四聖女の儀式を見届けた一夜を過ごすことになった。
◇———
「「……」」
湖の近くにある野営ポイントでテントを張って寝息を立てる俺たち。
一つの為すべきことを為した後なのか、眠る者たちの顔はいつになく穏やかだった。
このまま平穏な夜が過ぎようとしているその時。
『———いれ』
「ッ!?」
俺は突如として目を覚まし、跳ねるように上半身を起こした。
魔族や魔物の気配は感じたからではない。
聴こえたんだ。何者かが俺を呼ぶ声が……。
隣で寝ているジャードを起こしてしまわないように俺はテントから出て行く。
ゆっくりと歩きながら聖なる湖がある方角を見やる。
「やってみるか?」
俺は眼を閉じながら<感覚操作>を発動させ、視覚と味覚を封じるのと引き換えに聴覚と触角を鋭敏にしていきながら、辺りへと意識を集中させる。
それから数秒の時を経た。
『勇者の血筋を持つ者よ。来て参れ』
「ッ!?」
見えない誰かに語り掛けられながら、導かれるままに俺は聖なる湖へと走って行く。
今はただ、耳が凄く良いと思っているだけなんだけど、人の声、いや、脳内に人とは違う何かが語り掛けるような感覚を覚えつつあるため、そんな類ではないと思わすには充分だった。
しばらく走っている時だった。
「え?シャーロット?」
「リュウト?」
「リュウトさん?」
「それにメリスも!」
「突然、目が覚めた時にシャーロットさんが立ち上がったのでしたから、何事かと思って付いて行ったら、この湖まで来てしまいまして……」
聖なる湖の湖畔にはシャーロットやメリスが既にいた。
俺もどのような経緯でここまで来たのかを二人に説明した。
「なるほどね。レイニース様たちの儀式を見届けていた時、私も何となく思っていたんだ。上手く説明できないけど、あの時のリュウトと同じ感覚を抱いていたのよ。私も」
「え?」
シャーロットの言葉を聞いた時、俺は驚きを隠せなかった。
俺と何か共通点があるとすれば、勇者の血筋を受け継いでいることや神武具を持っている者同士くらいしか思い浮かばないけど、それだけで片付けていいのかが分からない。
「ですが、わたくしもエレミーテ王国以外の聖女や聖なる武具のことに関しては完全ではありませんが、この湖に関する話を耳にしたことはあります。『聖なる力を宿し、選ばれた者に命を守る加護を与える』と言う、言い伝えが……」
メリスの言葉を聞いて、何それ?って思いながら、信じるべきか?って思いながら、儀式の時に祀られていた象から放たれた光が俺とシャーロットを包み込んだ。
その光が収まった後に何があったかを互いに確認したものの、やましい影響は無かった。
これを幸運と呼ぶべきか、それとも……。
◇———
夜明けと同時に俺たちはフォーペウロの王都バアゼルホへの帰路に着くこととなった。
往路はグランドドラゴンと遭遇することを含めた魔物との遭遇はあったものの、復路はそれらしいトラブルに見舞わされる憂き目に遭わず、順調に進んだ。
帰るべき場所が見えるにつれ、任務を終えた安心感が俺たちを包んでいく。
「皆!帰ったら魔王領への突入に向けての作戦会議をするわ!」
「おう!」
「だな!」
「当然よ!」
「同じくです!ただ、必要な物資や装備は揃えていきましょう!」
「もちろんよ!」
「ふっ。ふふふふふ」
「「「「ハハハハハハ!」」」」
なんて、先行きを考えながら、気の抜けた会話を交わす俺たちだった。
だけど、この時は思いもしなかったんだ。
鉄壁とも言えるフォーペウロが魔王軍の魔の手に崩壊の危機が迫っていることに……。
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