第90話 聖なる湖へ
「今のところは、驚くほど順調だな」
森林の道を進む馬車の音と馬の嘶きが耳に届く中、俺たちはフォーペウロの四聖女であるアイラ様、カトレア様、フローラ様、そして、その一人にして王女でもあるレイニース様を聖なる湖に送り届けるための護衛に携わっている。
当然、非常に重要な意味がある。
「みたいね。だけど、始まったばかりだから、気は抜かないようにね」
「分かってるよ」
「どこで奇襲されるか分からないからな」
「魔物はともかく、どこから魔族や魔王軍の幹部が奇襲してくるか分からない状況だしな」
「笑えませんよ。フォーペウロの四聖女の内一名に万が一のことがあれば、いろんな意味で大変なことになりかねませんよ」
今回の任務は四聖女を聖なる湖へと送り届けることだが、俺の中で一つの疑問がずっと燻っていた。
「それにしても、聖なる湖ってそれほどまでに重要な場所なのか?」
「重要な場所って言うか、慣例でやるべきことなのかもしれないけどね」
「それだけでしたら、変にリスクを負ってまでやる必要は無いと思いますよ」
「「え?」」
ここでメリスが話に割って入ってきた。
「いいですか。フォーペウロから離れた場所にある聖なる湖は遥か昔、神話にも登場した伝説の初代聖女が集落を作り上げる過程で発見された記録があるんですよ。その湖の水を浴びた聖女様は元々持っていた神秘的な力をより大きくさせていき、魔王すら容易に手出しできない結界を作り上げることで、フォーペウロを代々守ってきた文献が残っているらしいのです」
「なるほど、魔力を一時的に蓄えて一気に放出するタイプの魔道具の類みたいなモノか?」
「……その例えはどうかと思いますが、概ね正解です。とにかく、彼女たちが力やその過程が無ければ、国の結界は弱まり、魔王軍の侵攻を許すことになる。だからこそ、命懸けの護衛が必要なんです」
見聞きしているだけではあまりピンと来なかったけど、メリスのお陰で理解できたような気もする。
何にしても、四聖女の身を安全第一としつつ、必ず聖なる湖まで送り届けることが今の俺たちの大事な任務だ。
そのためにも……。
「リュウト」
「分かってる。まずは俺がこの先のルートを確認してくる。馬車の轍が埋まらないか、伏兵がいないか。……任せておけ」
「お願いね」
出発してからの昼下がり、俺はルート確認を含めた先行警戒に出向いた。
勇者パーティを含め、今いるメンツの中で斥候役として一番適しているのはこの俺だ。
馬車で進むのが厳しい悪路なのか、魔族や魔物の気配の有無など、安全に進行していけるかを事前に把握することで危険度も下がる。
これはダンジョン攻略においても、地上で行動する時においても重要な要素だ。
本隊から数百メートル先を先行し、<感覚操作>で視覚と聴覚を数倍に引き上げ、さらに<鑑定>スキルで索敵やリサーチもする。
「よし!このまま進めるな。皆のところに戻ろう」
それからは問題なく進めた。
「あそこが野営ポイントだ」
俺は野営をするのに充分な広さがある道端の原っぱまで辿り着いた。
聖なる湖まで二、三日はかかると思うけど、予想以上に順調に進めたと思っておこう。
もちろん、四聖女の安全確保が一番だけどね。
そこからは滞りなく、野営の準備が進んでいく。
「俺も始めていくか」
俺は手際よく火を焚いて大鍋を取り出す。
そこへ保存食の干し肉を戻し、前もって用意した野菜や粉ミルクと香辛料を投入していく。
じっくりと煮込んでいると、嫌でも食欲をそそる香りが漂い始めた。
「よし!できた!」
「「「「オォオオオ~!」」」」
立ち込める良い匂いにシャーロットたちはもちろん、アルフラド団長たち騎士らも早く食べたそうにしている。
「これは旨そうだな」
「食事は美味しいに越したことはないと思っております。それなりに野営が重なることを考えれば、このくらいは……」
「いやいや、十分だ。ありがたい。皆の者。食事の準備ができたぞ」
アルフラド団長は嬉しそうな顔だ。
普段はストイックな印象が強い騎士も、美味しそうな食事を前にすると表情も綻ぶモノだな。
俺は鍋からスープを用意された器に盛っていき、次々と配給していく。
「待ってました!リュウトの料理!」
「これがあるから野営も楽しいのよね!」
「今日はミルクシチュー風味だからパンに付けても旨いぞ」
「うふふ。楽しみです!」
「俺、大盛りで!」
「ジャード、皆の分を配った後に余ったらね!」
シャーロットたちもすっかりお気に入りとなっている。
それから各々が食事を取っていき、全員が舌鼓を打っていた。
こうして喜んでくれると、作った甲斐がある。
騎士団の男たちも、一口食べるごとに「生き返る……」と呻き声を上げていた。
過酷な旅路において、戦う者にとって美味い飯は何よりの特効薬だって勝手ながら思ってる。
四聖女は別の場所で食事を取っているらしいけど、今この場にいる雰囲気は暖かかった。
「ふぅ……。終わったな」
後片付けを終えて夜風に当たっていると、背後から重厚な足音が聞こえた。
「リュウト殿、少し良いか」
アルフラド団長だったけど、彼はいつになく柔らかい表情で俺の隣に立った。
「貴殿の料理、実に見事だった。部下たちも『これならあと三日は不眠不休で戦える』と豪語しているよ」
「はは、お口に合って良かったです。文句を言われるかと思ってヒヤヒヤしてたんですよ」
「まさか。我ら騎士は戦う専門でな、食事はどうしても疎かになりがちだ。君のような生活の質を支えてくれる存在は、戦場では宝よりも価値がある」
アルフラド団長はそう言うと、右手を差し出してきた。
「改めて、今回の護衛、よろしく頼む。実力や才能以外で君が新しく勇者パーティに加わった理由が分かった気がするよ。新たな勇者パーティの一員となった君とこうして仕事ができるのも何かの縁だ。今回の四聖女の護衛、よろしく頼むよ」
「光栄です、団長。こちらこそ、よろしくお願いします」
俺はアルフラド団長から差し伸べられた手を取るのだった。
その夜、俺たちは交代で見張り番を立て、眠りについた。
特設された寝所の中では、四聖女様たちも穏やかな寝息を立てているはずだ。
それから数時間が経過した。
「ん?朝か……」
テントの隙間から差し込む朝日が、俺の瞼を叩いた。
職業病か俺の性分か、一度目が覚めると意識が完全にクリアになる。
二度寝をしてしまいたくないため、俺は静かに身支度を整えて外に出た。
「ふう、空気か旨いな。……出発前の点検でもしておくか」
伸びをしながら歩き出すと、近くに誰かの気配があった。
「あ、リュウト? 起きたの?」
同じく早起きをしていたシャーロットだ。朝日を浴びて輝く金髪をなびかせる彼女の姿を見て、不覚にも「綺麗だな」と思ってしまった。
「ああ。バッチリ寝れたか?」
「ええ、もちろん。リュウトのシチューのおかげね」
二人きりの静かな時間。少しだけ気恥ずかしくなり、言葉が詰まりそうになったその時。
「――シャーロットさん、リュウトさん。おはようございます」
「「ッ……!?」」
鈴を転がすような凛としたしつつも、どこか温かい声が響いた。
「レイニース様!?」
そこに立っていたのは、フォーペウロの王女であり、四聖女の一人であるレイニース様だった。
薄い寝間着の上に羽織ったローブが風に揺れ、朝日に照らされた彼女の姿は一流な芸術家によって描かれた絵画からそのまま飛び出したかのように美しかった。
「既に起床されていたのですね。誠に勤勉で感服いたします」
「い、いえ!そんな!」
「私もたまたまですので!」
俺たちは必死に衝動を抑えながら背筋を伸ばすのに対し、レイニース様は穏やかな微笑みを絶やさない。
「お二方。もしよろしければ……わたくしと少々、お話をする機会をいただけますでしょうか?」
そんなことを言われながら、誘いに応じる俺とシャーロットなのであった。
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