第89話 本格始動の予兆
魔族側にも動きありです!
魔族領にある永遠に続くかのような暗黒に沈む荘厳な古城。
その長く冷たい石造りの廊下に、二つの足音が響いていた。
一つは重厚な鉄靴が床を叩く威圧的な音、もう一つはどこか軽やかな足音だ。
「……まさか、あのテーゲムまでが、やられちまうとはな。しっかし、幹部の人数も大分減っちまったよな。下手すりゃ俺たちにしわが寄ってきそうで億劫だぜ」
忌々しげに吐き捨てたのは、魔王軍幹部の一人ザルヴァ。
黒檀のような褐色肌に鮮血の混じったような灰色の瞳、額から突き出した悍ましい角と肩まで流れる白髪が特徴的な偉丈夫だ。
漆黒の装束からは丸太のごとき腕が覗き、背中には禍々しい紋様を刻んだバスタードソードを背負っている。
「あいつなら神武具を持つ勇者相手にって思ったんだけど、とんだ期待外れだわ」
気怠そうな声と退廃的な雰囲気を帯びているのは同じく幹部の一人であるメルミネは退屈そうに髪を指先で弄んだ。
小麦色の肌に羊のように捻じれた角、艶やかながらもくすんだ桃色の長髪を揺らし、場にそぐわない甘い香りを漂わせているが、その瞳は暗い赤紫色に濁っている。
着崩したような黒の装束の上からでも分かる豊満な身体つきも相まって、街を歩いていたら思わず振り返ってしまうような美少女に見えるが、纏う空気は異質そのものだ。
「直接戦闘が専門じゃないにしても、死に際に爪痕一つ残せないなんて。あーあ、ざまあないわね」
「フン、全くだぜ。お陰で俺たちの仕事が増えちまう」
メルミネは呆れ返り、ザルヴァは苛立ちを隠さず鼻を鳴らした。
実力主義の魔族にとって、同僚の死は悲しみではなく、単なる戦力低下と手間の増大でしかないからだ。
「でも、今日の召集は無視できないわよ。あの方たちを怒らせたら、テーゲムみたいに殺されるより酷い目に遭わされちゃうもの」
「そこは同感だな」
メルミネの言葉に対し、ザルヴァの背筋に微かな戦慄が走った。
二人は会合が開かれる扉を押し開けた。
部屋に踏み込んだ瞬間、肌を刺すような濃密な魔力が二人を襲った。
天井の高い開放的な広間には、すでに二人の影が鎮座していた。
「……お待たせしました」
「少し遅いわよ、二人とも」
鋭い声が飛ばし、上座に近い位置で優雅に座っているのはメーディル。
幹部陣のまとめ役であり、一見するとどんな男をも虜にしてしまいそうな美貌であるものの、まざまざと放たれるプレッシャーは好色さえ消し飛ばしかねないほどに強大であり、その気になれば、この場の空気そのものを凍り付かせることなど容易だろう。
「申し訳ございません」
「ごめんなさ~い、メーディル様」
さっきまで不遜に振舞っていたザルヴァやメルミネですら、彼女の前では毒気を抜かれたように席に着く。
沈黙が部屋を支配し始めたその時、奥の扉が嫌な音を立てながら開いた。
「待たせたな、者共よ」
静謐だが、空間そのものを支配する絶対的な声。
二人の人物が入って来るなり、一人は長の席であることを示す椅子へと腰を掛け、もう一人はすぐ斜め前の席に座った。
闇のように黒いザンバラ髪を揺らす男の名前はバリオルグは漆黒の甲冑を纏い、鮮血のごとき赤い瞳を光らせる彼は幹部陣のリーダー格として魔王のすぐ傍らに立つ存在だ。
そして、圧倒的な威厳を纏った女性。
「定刻です。始めましょう、魔王様」
「うむ……」
現代の魔族のトップである魔王、リザエラだった。
彼女が玉座に深く腰を下ろすと、会議室の温度が数度下がったかのような、重力が倍になったような錯覚に陥る。
それから魔王軍の幹部のみが集まる会合が始まる。
「さて。まずはよくぞ集まってくれた。……と言いたいところだが」
リザエラの紅蓮の瞳が並んだ幹部たちを冷淡に射抜いた。
「この数年で、随分と空席が目立つようになったものだな」
「……はい。特にこの数ヶ月、勇者パーティの攻勢は激化しております。ギルダスに続き、テーゲムまでもが敗北。戦力の補填と前線の統制が急務かと」
バリオルグの淡々とした報告に、リザエラは「ふむ」と短く応じた。
魔族が産み出した合成生物キメラの軍勢は数こそ揃いつつあるが、それらを含めて統率する幹部の欠員は末端まで仕切る統制が取れなくなる危惧も孕んでいる。
「魔族であろうと、死ぬ時は死ぬ。それは摂理だ。……だが、無駄死には許さん。メーディル、例の件はどうなっている?」
「はっ。滞りなく進んでおります。全て想定通りの数値を叩き出しております」
「ならば良い」
リザエラの唇が不敵な弧を描いた。
焦りなど微塵もないばかりか、むしろ、この窮地すらも楽しんでいるかのような不敵な笑みさえ浮かべる底知れぬ余裕。
「お前たちに、新たな同胞を紹介しよう。今日、この時をもって幹部に格上げとなった者だ」
「改造には少々手間取りましたが……ようやく完成しました」
「おっ、新人か?」
「どんな子かしら。あたしより可愛い子だったら、ちょっと嫉妬しちゃうかも」
「案ずるな、今から紹介してやろう。……入れ」
バリオルグがどこか満足げに頷き、扉の向こうへ合図を送る。
ザルヴァとメルミネが、興味津々に視線を向けた
リザエラの許しを得て、その人物は静かに姿を現した。
「失礼します」
漆黒のローブに身を包んでいるが、その下にある肢体は驚くほど肉感的で均整が取れている。
腰まで伸びた鮮やかながら、それでいてどこか毒々しいすみれ色の長髪。
現れたのは人形のように美しくも、どこか生気を欠いた瞳を持つ美女だった。
「新たな幹部、シェリーだ」
「……」
シェリー・ベルローズ。
バリオルグの手により、真の意味で魔族の力を手にした人間と魔族のハーフだ
その首元から覗かせたのは禍々しい術式の痕跡だった。
「ふっふっふっ……ははははは!」
リザエラが突如として高らかに笑い声を上げ、その笑みには狂気と確信に満ちた野望が混じり合っている。
「我々の真の力を振るうのはこれからよ!そのために勇者パーティを何としても滅ぼせ。そして、世界を闇に染め直すのだ!」
リザエラは声高々に自らの大願を口にするのだった。
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