第16話 夜勤帰りと教会
夜勤って大変な分、メリットもあったりする!
「ただいま戻りました。王都の住宅街、異常なしです」
「そうか。お疲れさん。では、日報を書いたら俺に提出してくれ。それが終わったら、上がっていいぞ」
「はい!」
王都の巡回を終えた俺は所属している第六班の班長であるゾルダーさんにその旨を報告した。
自分の机に戻った俺は勤務日で何かあったのかを日報にしてまとめ、それを提出して自分の隊舎へと帰って行った。
後は寝るだけだ。
と言うのも、夜勤明けだからである。
エレミーテ王国騎士団は国の秩序と治安、国民の命と安全を守る組織であり、その一環として王都エメラフィールやその周囲の街を見回る巡回業務がある。
巡回業務は基本的に二人一組で行い、今回はトロンと一緒にその仕事を担った。
一見すれば平和と思われるエメラフィールでも、大なり小なりの犯罪やトラブルも珍しくないため、その現場に居合わせる、もしくは近くで騒ぎを聞きつけたら速やかに対応するため、日々の巡回業務は欠かせないのだ。
それは太陽が昇っている明るい時に限らず、日が落ちて夜が更ける時もそれは例外ではない。
「安全面を考えたら欠かせない仕事なんだよな~」
俺が入隊したての頃は無かったが、一週間が経ってからは定期的に夜から朝方にかけての巡回業務を任されるようになった。
昼と比べれば夜は酒を飲んでどんちゃん騒ぎする人も当然おり、酔っ払いの対処や喧嘩の仲裁なども珍しい話ではない。
一方、中には王都で強盗や人攫いなど、犯罪を起こすならば夜の方が動きやすいと考える輩による事件もたまにあるため、迅速な解決が求められるパターンもある。
それらを考えれば、夜の巡回業務は騎士団において基本であり、欠かせない仕事なのだ。
まあ、俺の場合は冒険者時代に何度もやった夜営の見張りが夜勤の巡回業務に差し替えたような形になっただけだから、そこまで生活リズムに影響は出ないんだけどね。
それに、夜勤を引き受けると深夜手当がもらえたり、その翌日が丸ごと休みになったりと、メリットもそれなりにある。
「冒険者時代の夜営の見張りに報酬は無いけど、騎士団では夜勤をするとお金がもらえるって考えれば……。悪い気もしないか」
自分の部屋とは言え、リアルな生き方をしている本音をちょっとだけ漏らす俺なのであった。
◇—————
「次の出勤日まで時間はあるけど、どうするかな?」
俺がエレミーテ王国騎士団遊軍調査部隊の一員になってから一ヶ月が過ぎようとする。
先日、俺が入隊して初めての給金を頂いた。
王国の騎士団と言う組織に属しているからなのか、冒険者時代であったような一攫千金のようなロマンは無いに等しいけど、働いてお金をもらうことの意味をハッキリと認識できた。
まあ、仕事と言ったら冒険者以外の職業の経験が無かっただけにね。
俺は手にした給金を持って王都の城下町まで足を運んだ。
冒険者時代の蓄えも少しではあるが残っているため、屋台で売っている肉の串焼きを味わいながら、何を買おうか散策した。
「あれ?ここって?」
ふらりと散策している道中、俺は王都の教会の前に来ていた。
白を基調にした壁に窓の要所要所にはステンドグラスが飾られており、大聖堂を模したかのように立派な外観であり、てっぺんには縦に長く横に短い十字架がドンと据えられている。
騎士団がある建物から遠すぎない距離であるため、巡回で近くを通り過ぎることはあっても、休みの日に来るのは初めてだ。
「冒険者としてのスタートを切るきっかけになったのも……。教会だったな」
十二歳になると、教会や神殿で司祭や神官によってその人のジョブの適性を見極めるための儀式を受けることができる。
俺の場合は最寄りの集落にある教会でその儀式を受け、適正ジョブがレンジャーだと分かった。
冒険者の資格を得られる年齢は十五歳からであるため、その間に自分ができる鍛錬や研鑽を怠らないようにと教会の司祭に教えられたな。
ふとした瞬間、最近の仕事の忙しさ故に頭の片隅に置いてあった思案が俺の頭を巡った。
「そう言えば、リリナ……もとい、ガルドスたちは今頃うまくやれているんだろうか?」
そう、俺がかつて所属していたAランクパーティ『戦鬼の大剣』の面々の顔と少しの心配だった。
方向性や方針の違いで俺はパーティを抜け、エレミーテ王国騎士団の遊軍調査部隊の隊員に転職したものの、良い思い出が無いわけでもない。
パーティリーダーであるガルドスは結成当初から「俺たちはSランク冒険者になって、成り上がるぜ!」っていつも言っていた。
別離することになったけど、夢を応援していないわけではない。
俺は俺、ガルドスたちはガルドスたちだ。
「ん?今の感覚?」
眼を閉じながらそよ風に当てられていた時、俺は特殊な魔力の残滓を教会の中から感じ取った。
少なくとも、嫌な感じは全くしない、むしろ清らかで温かく優しい感覚だった。
俺が思わず教会に引き寄せられそうになったところで……。
「そこの男性の方?」
「ッ!?」
そこへ教会の人らしき女性に声を掛けられた。
紺色のショートヘアにして、メイド服に身を包んだ凛とした雰囲気を感じさせる女性だった。
左手に茶色の紙袋を持っている様子から、買い物帰りのように見える。
次の瞬間。
「曲者か!?」
「え?」
その女性は身構え、刃物のような目つきで俺を睨みつけてきた。
もしかして、不審者扱いされてる?
「ま、待ってください!今のはこの教会から漏れ出された特殊だけど暖かな魔力の残滓を感じて引き込まれそうになって思わずこんな風に……。それに俺はエレミーテ王国騎士団の遊軍調査部隊に所属している者です!」
「な?本当か?」
「本当です!ほら、これ!」
女性は臨戦態勢に入っているが、俺はエレミーテ王国騎士団に所属していることを証明する身分証を提示した。
ちなみにこの身分証は俺が入隊した直後に発行してくれた物であり、例え非番やオフの日だとしても持ち歩くようにとソフィア副隊長から言い聞かされている。
同時に、決して無くさないようにとも言い聞かされている。
それからやましいアクションを起こす気がないことを前提に弁明していると……。
「……。まぁ、我が国の騎士団の遊軍調査部隊の一員であるのは分かったが、先ほどまでの教会に入り込むような姿勢がいかんせん、いかがわしく見えてしまいました」
「本当にやましいことはございません。傍から見て誤解を与えるような動きを見せたのは謝ります!本当に申し訳ございませんでした!」
「まぁ、この近辺にも王都の騎士団が巡回していることも珍しくはございませんからね。身分証で確認が取れましたけど、遊軍調査部隊に所属されているのですね?」
「はい。お騒がせして申し訳ございませんでした!」
「いえ、こちらこそ、ご無礼を……」
どうにか分かってもらえたようで何よりだ。
ホッとした俺はその場を足早に去っていく。
「何か俺……ちょっとおかしかったかな?」
こうして、俺の休日はちょっとした一波乱で幕を閉じたのだった。
◇—————
「失礼します。少々遅くなってしまいましたが、指示された素材をご用意いたしました」
「ありがとうございます。構いませんよ」
とある一室に俺とかち合ったメイドが部屋に入り、そこには他に一人の女性がいる。
女性は一冊の書類の束を読み終えたように丁寧な仕草で執務机に置いた。
「誤差の範囲とは言え、あなたが遅れるとは意外ですね。何かあったのでしょうか?」
「いえ、申し訳ございません」
「謝るのは良いのですが、時間管理に厳しいあなたが買い物で遅くなるとは、何かありましたね?」
「はい……。実を申し上げますと……」
メイドは仕えているだろう女性に俺と何があったのかを包み隠さず話した。
「そうですか。あの教会でわたくしが聖水を作る時に行う作業で漏れ出る魔力を感じ取る者がいて、その対応に苦心していたと……」
(苦心と言うほどの苦しい状況ではなかったんだけど……)
「はい。ただ、あの部屋は———」
「わたくしはおろか、熟練の魔術師が魔法を使っても外部に魔力が漏れることを遮断できる特殊な素材で覆われた壁です。それを勘のような類だとしても、気づいて思わず戦闘に入らんばかりのリアクションを取ったと言う意味ですね?」
「はい。仰る通り……」
「なるほど」
その女性は納得したような表情を見せた。
「それから、その人物がエレミーテ王国騎士団の遊軍調査部隊に所属しているのは間違いないのですね?」
「はい。私が問うた時にエレミーテ王国騎士団の遊軍調査部隊であることを証明する身分証を自ら見せていただいたので、間違いございません。確か名前は……。リュウト・ドルキオスでございました」
「リュウト・ドルキオス……」
俺の名前を聞いた女性は無表情を努めながら、驚きも少しばかり交えているように見えた。
「そうですか」
「何か?」
「いえ、何でもございません。お疲れ様です。下がって構いませんよ」
「はい」
女性の一声を聞いたメイドは恭しい振る舞いをしながら部屋から出て行くのだった。
「厳重管理の意味で魔力を遮断していたはずのあの作業部屋から僅かであっても、感知してしまうとは……。それも一介の騎士団の一員がか……。どのような人物なのか、多少の興味を持ちますね……」
丁寧にケアされたピンク色とラベンダー色を混ぜたような髪色のセミロングヘアと宝石のように輝く紺碧色の瞳をした絵画から飛び出したような美しい女性がそう呟いた。
「ですが、今はわたくしのするべきことに集中しなければなりませんね。国の威信や未来が懸かっているのですから……」
エレミーテ王国において代々伝わる聖女の家計の長女にして、侯爵の爵位を叙されたフォルティーネ家のご令嬢。
エレミーテ王国が誇る聖女の一人。セアラ・フォルティーネ、そのお方だ。
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