第118話 【Sideジャード&ロリエ】回顧と反省
ジャードとロリエ視点のお話です。
激戦の余韻が冷めやらぬ夜、フォーペウロ王宮の一室は静寂に包まれていた。
窓の外には静かな月夜が広がっているが、室内を照らすランプの明かりはどこか物悲しく机の上の一点を照らしている。
「うーむ。どうしたものか……」
ひとりごちる俺は深く椅子に身体を預けた。
視線の先にあるのは愛用してきた盾であるが、 表面を覆っていた美しい意匠は削れ、中央には巨大なひび割れが走り、縁はまるで猛獣に噛み砕かれたかのように無残にひしゃげている。
もはや防具としての体をなしてくれなくなっているほどにボロボロだった。
この盾は俺がエレミーテ王国騎士団の本隊に所属していた頃、ある困難な任務を達成した褒美として賜ったものだ。
ミスリルを配合した堅牢な造りであり、何年も俺とあり続けた。
暇さえあればメンテナンスを怠らず、戦友の顔を磨くようにして手入れを欠かしたことはない。
数えきれないほどの死線を共に超え、数多の剣閃と魔法の火花をその身で受け止めてくれた。
「修復できればと思ったが……流石にな」
指先でその無残な傷跡に触れてみる。
金属の冷たさの中に、激戦の熱がまだ残っているような気がした。
仮に熟練の腕前を持つ鍛冶師に何とかしてもらおうとしたところで、芯まで歪み、原型を成していないだろう様相を見れば、匙を投げられるのが落ちだろう。
新品に買い替えるのが合理的であることは俺が一番分かっているつもりだ。
だが、胸の奥に溜まった喪失感までは忘れることができない。
「むしろ、ここまでよく持ち堪えてくれた、と言うべきか」
ふと、脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。
———ジャード。剣や盾といった武具はどんなに手入れをしようと、大切にしようと、いつか必ず壊れる。だがな、それが砕け散る瞬間こそが、本当の意味でその武具に思い出と価値が宿る瞬間なのだと俺は思う。
俺が所属しているエレミーテ王国騎士団のトップにして、本隊の上司であるシュナイゼル団長の言葉だ。
今ならその意味が良く分かる。
「これも思い出の一つか……」
俺たちはバアゼルホを襲おうとした魔族や魔王の連合との戦いに身を投じたが、本当に過酷だった。
魔王軍の幹部メルミネはシャーロットが討伐し、リュウトとメリスは混乱する事態の収拾に奔走した。
俺は広域殲滅魔法を詠唱するロリエを守るための壁となった。
雪崩のような数と狂化した魔族や魔物たちの波を俺はこの盾と握る剣で受け止めたのだ。
ロリエがその強烈な魔法を解き放ち、戦場に静寂が訪れたその瞬間、役目を終えたかのように盾の芯が軋む音が聞こえた。
「仲間を護るために、これだけボロボロになったんだ。……文句を言ったら罰が当たるな」
精神的な支柱を失ったような寂しさはあり、戦力的にも、これほど馴染んだ盾を失うのは痛手だ。
だが、この盾がなければ、俺は今ここにいなかっただろう。
ロリエも、後に続く騎士たちも、無傷では済まなかっただろう。
盾としての寿命を全うし、その身を懸けて大切な人たちを守り抜いた。
それは、武具にとって最も名誉ある最期ではないか。
「……何にしても、お疲れさんだったな。ゆっくり休め」
俺は既に熱を失った冷たい金属にそっと労いの言葉をかけた。
明日には新しい盾を探さなきゃならない。
だが、このボロボロの相棒が教えてくれた守るべきものの重みだけは、俺の腕に確かに残っている。
窓から差し込む月光が盾のひび割れを銀色に縁取った。
それはまるで、長年連れ添った相棒が静かに微笑んで引退を受け入れたかのような……穏やかな光だった。
◇———
「ふぅ……。終わった、終わったぁ……」
魔王軍との戦いを乗り切った夜、あたしたちはフォーペウロの王宮にある一室で宿泊することになった。
上質なリネンが敷かれたベッドにあたしはぐったりと横になっている。
身軽な格好に着替えたものの、身体の芯にはまだ、あの激戦の残響がしつこくこびりついている。
窓の外には静謐な夜の帳が降りている。
つい数時間前まで、この王都が陥落の淵に立たされていたなんて、縁起の悪い冗談のようだった。
「リュウトやメリスから聞いたけど、まさか大聖堂にまで幹部が潜り込んでいたなんてね……。一歩間違えてたら、今ごろどうなっていたことか」
今回の戦いはまさに大きな駆け引きや決断を迫られた。
あたしはシャーロットやジャードと共に北方の荒野へ向かい、魔族と魔物の軍勢を相手取るフォーペウロの騎士たちと合流し、加勢した。
だがその裏でバアゼルホにももう一人の魔王軍の幹部の一人であるシェリーと言う女が潜伏していたことも後で聞かされた。
荒野に現れたメルミネはシャーロットが討ち、王都の窮地はリュウトやメリスたちが救った。
結果だけを見れば大勝利だけど、話を聞くたびに背筋が寒くなる。
「やっぱり、神武具に選ばれた人たちは次元が違うかもね……」
シャーロットは言わずもがなだけど、最近のリュウトの頼もしさはどうだろう。
二面展開という最悪の盤面で戦力を分散させるというリスクを受け入れても、実行するだけの力を彼が持っていたからこそ、あたしたちは迷わずそれぞれの戦場へ向かうことができた。
リュウトがいてくれて本当に良かったと、心の底から思う。
「……それに比べて、あたしはと言えば」
重い溜息をつくと、天井の装飾がわずかに歪んで見えた。
メルミネの魔鞭による狂乱状態で押し寄せる魔族や魔物の群れは文字通りの濁流だった。
それを一気に押し戻すために、あたしは自分が使える魔法の中で特に広い攻撃範囲を誇るルナティック・バーストを発動させた。
炎と氷、風と雷が荒れ狂う、あたしの持ちうる最強クラスの殲滅魔法。
あれ一発で敵の戦列をボロボロに崩すことはできたけど、その代償は安くない。
正直に言って、あれを使うとあたしの魔力はもちろん、体力や気力も相当持っていかれる。
そして何より――。
「……ジャードにあんな顔させちゃったしな」
私の脳裏にはジャードが掲げていたボロボロの盾が浮かぶ。
ルナティック・バーストに限った話ではないけど、威力や射程距離が強力であればあるほど、使うには長めの詠唱が必要であり、その間、無防備な私を守り抜くために大量の軍勢を食い止めるために騎士たち、特にジャードが奮戦してくれた。
彼が長年愛用していた盾も、あたしの魔法が完成する頃には修復不可能なほどにひしゃげていた。
その時は「盾の役目を果たしただけだ」と笑って取り繕っていたけれど、壊れた相棒を見つめる寂しげな横顔をあたしは見逃さなかった。
責任を感じるなと言う方が無理だ。
あたしの火力が足りないから、あるいは発動を早められないから、彼にそれだけの負担を強いてしまったのだから。
「……もっと、強くならなきゃ」
自分にだけ聞こえる声で呟く。
神武具を持たないあたしがシャーロットたちの横に立ち続けるためには、後に控えるだろう魔王軍の幹部たちを相手にするには今のままじゃ全然足りない。
術式形成の効率化、詠唱の短縮、あるいは新しい魔法の開発まで、やるべきことは山積みだ。
前衛の仲間がいなければ何もできない魔術師なんて、絶対に言わせたくないし、思わせたくないから。
「……足を引っ張るのだけは……絶対に嫌だな……」
改めて決心するあたしなのであった。
今はただ、襲って来る睡魔に身を委ねるように眠るとしよう。
これから私たちが歩む旅路はきっと今日よりも過酷なものになる。
しっかり休んで、これからに備えるのが今のあたしのやるべきこと。
反省も、後悔も、そして新しい修行の計画も……全部、明日目が覚めてから考えればいい。
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