第107話 聖弓 VS 魔弓
バアゼルホの大聖堂はいまや、硝煙と殺意が渦巻く、血生臭い戦場へと変貌を遂げていた。
立ち込める硝煙と肌を焼くような濃密な殺意。
散乱したステンドグラスの破片は瓦礫の隙間で色とりどりの逆行を反射し、まるで怪しく輝く不気味なイルミネーションのように瞬いている。
「……さて、そろそろ私も引き出しを開けていこうかしら?」
「むっ?」
目の前に立つ魔王軍幹部の一角であるシェリーの唇が艶やかに吊り上がった。
その声は先ほどよりもワントーン低く、それでいて耳にこびりつくような甘美な響きを帯びている。
俺は奥歯を噛み締めながら聖弓セレスティアロを握り直し、否応なしに警戒心を高めていきながら構える。
「フゥウン!」
「むおっ……!」
シェリーの左腕に固定された漆黒のクロスボウがドロリとした不吉な闇色に脈打った。
直後、魔力によって生成された小柄な黒矢が雨のごとき物量で空間を埋め尽くした。
「ハァアアッ!」
俺は《感覚操作》で研ぎ澄ませた感覚をフル稼働させ、視界を流れる全ての矢の軌道を咄嗟に見切り、最小限の動きで剣を振るっていなし、どうしても避けきれない一撃だけを強い力で叩き落とす。
「あら、あれを全部捌くなんて。本当に嫌な男ね」
シェリーは感心したように呟くが、その勢いは止まらない。
彼女の魔弓には一般的なクロスボウに不可欠な弦を引き、矢を番えるという工程が存在しなかった。
威力や射程を魔力で補い、圧倒的な連射性能と取り回しの良さで敵を圧倒していく。
それは射撃武器の利点を極限まで煮詰め、欠点を魔法で塗り潰した、まさに兵器のごとき恐ろしさだった。
「これなら、避けられるかしら?」
「うおっ!?」
不意に飛来する矢の性質が変わった。
正確無比に急所を狙う一撃の合間に、あえて軌道を逸らしたような矢が混ざる。
だが、回避した先を刈り取るように、空中で静止していた矢が時間差で加速する。
(速度の緩急……!?弾速だけじゃなく、矢の軌道まで弄ってやがるのか!)
シェリーが指先をわずかに動かすたび、矢が意思を持っているかのように蛇行や加速、あるいは獲物を誘い出すように減速する。
その狡猾なまでの時間差攻撃が、俺の距離感をじわじわと狂わせていく。
冷たい汗が顎を伝い、髪の毛先も削がれかけるほどまでにだ。
対するシェリーの顔に浮かんでいるのは、獲物を袋小路へと追い詰める捕食者が抱くだろう愉悦の目だ。
「あまり生き長らえない方が身のためよ、リュウト。死ぬ瞬間の苦しみは、短ければ短いほど慈悲になるのよ」
「そんな慈悲、頼んだ覚えはねえよ!」
足元の床が爆ぜ、砕けた石の礫が俺の頬を裂く。
魔族の力を得ている事実を考慮すべきとしても、シェリーの恐ろしさは特殊なクロスボウの性能だけじゃない。
その超高性能な兵器を自分の手足のように使いこなす驚異的な練度とセンスにあった。
並の射手なら十回は死んでいるはずの攻撃を、俺は《感覚操作》による研ぎ澄まされた感性や直感だけで凌ぎ切っていた。
(まだだ。まだ、決定的な隙は見えない。だが、こいつの魔力だって無限じゃないはずだ……。そこを突くように“破魔光の矢”をシェリーの急所に叩き込む!)
そう自分を鼓舞した瞬間、シェリーは妖しい微笑みを浮かべた。
「やっぱりやるわね、リュウト。……だけど」
「んっ、何だ……?」
「一対一なら、まだ抗えたかもしれないわね?」
シェリーが何気ないダンスのステップでも踏むかのような軽やかさで、空いた右腕を天へとかざした。
その直後。
「きゃぁああああッ!?」
大聖堂に響き渡る鋭い悲鳴。
俺の心臓が嫌な予感と共にドクリと大きく跳ねた。
「なっ……!?」
反射的に視線を向けた先には……。
「うぅ……くっ……!」
「メリス!?」
「メリスさん!」
石畳に膝をつき、肩を押さえて顔を歪ませるメリスの姿だった。
彼女が展開していたホーリーシールドは相手の攻撃を防ぐ魔法だ。
並の魔法はおろか、シェリーの不可視の矢であっても防げる光の壁のはず。
「言ったでしょ?引き出しを開けていくって。一つ一つ、丁寧にね」
「貴様……何をした!」
関係ない相手まで攻撃してくる怒りで視界が赤く染まりかける。
だが、シェリーの次なる行動がその怒りすらも否応なしに潜めさせた。
彼女が右腕を俺の方へ突き出した時、そこに映るのは……?
「それは……?」
スーッと虚空から染み出すように現れたのは彼女の左腕に装備されている物と寸分違わぬ、漆黒のクロスボウ。
「ふふふ。あなたのような男を相手にするには、一つじゃどうにも埒が明かないからね。だから、隠していたもう一つの二梃目を解禁させてもらうわよ」
不敵な笑みを浮かべ、シェリーは両手首のクロスボウを胸の前で十字に交差させた。
一挺でもあれだけの威力を誇っていた武器が二つ。
戦闘の経験や心得が浅い者でも、その脅威は数倍にも跳ね上がるのは理解に容易い。
「聖弓と魔弓。白黒を付けるのはもちろんだけどね……。さて、どのように料理してあげようかな?リュウト?」
「くっ!」
二つのクロスボウを悠然と構え、シェリーは勝利を確信したような笑みを浮かべる。
それでも、退いてしまうわけにはいかない。
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