第106話 恐るべき者たち
「ありゃ~。結構やられたっぽいねぇ。まあ、そりゃそうか。勇者パーティにもさっき確認した派手な魔法を使う魔術師さんがいるんだもん。そうなるか~」
戦場には場違いなほどに緊張感の欠片もない声だった。
漆黒のローブをだらしなく着崩し、手入れは行き届いているが、どこかくすんだ色味をした桃色の長髪を指先で退屈そうに弄っている一人の女だ。
もしここが血生臭い最前線でなければ、誰もが足を止めて見惚れたであろう可憐な美少女でありながら、腐敗した魔族や魔物の死臭、そして焼けた鉄錆の匂いが混ざり合うこの戦場において、彼女だけが朝露に濡れた花のような瑞々しさを保っていた。
だが、その可憐さに反比例するかのように、彼女が纏う空気は異質を極めていた。
周りにいる者たちの鼻を突くのは思わず恍惚感を覚えたくなりそうな甘ったるくいながら、それでいて肺の奥を直接刺すような芳香。
「……っ、これって?」
シャーロットたちの背中を冷たい汗が伝う。
女の表情には親しみさえ覚える愛嬌がありながら、その背後に渦巻く魔力は対峙する者の精神を直接削り取り、内臓を素手で掴まれているような重苦しい圧迫感をもたらしていた。
「勇者パーティまで加わると、そう簡単には落ちてくれないかぁ。でも……」
「ねえ、あいつ……まさか」
「ええ。間違いないわ。あの特徴と魔力……」
シャーロットは確信する。
目の前に立つのは単なる魔族の兵卒ではない。
魔王軍の中でも数えるほどしか存在しない、その場の気まぐれ一つで不利な戦場の盤面さえも覆しかねない強者の波動。
「ふふ、ちょっと面白くなるかもね~」
無邪気に薄く微笑んだその女の名は魔王軍幹部が一人、メルミネ。
彼女が唇を吊り上げた瞬間、周囲の温度が物理的に数度下がったかのように錯覚する。
難攻不落を誇っていただろう国を陥落させるための最後の一押しのような牙が戦場で剥かれた。
◇———
「女王陛下!結界に揺らぎが——」
「分かっています!」
悲鳴に近い報告が謁見の間に響き渡った。
フォーペウロの象徴である王城内は慌しいという言葉では生ぬるいほどの混乱が起きている。
王都に響いた轟音は王城にも少なからず届いており、残っていた騎士や従者たちにも少なくないダメージを負っていた。
「全騎士へ伝達!王都の被害確認および救助に回る班と結界を維持する聖女たちの護衛に回る班。二手に分かれ、ただちに編成を完了させて動きなさい。一刻を争います!」
「「ハッ!」」
エリザナ様は突然の出来事が連続で起きるこの状況で焦燥感に駆られそうになりつつ、女王陛下である自分の感情を表に出してしまうことなく冷静に指揮を執る。
その大木のような芯の強い声を受けた恐慌状態に陥りかけていた騎士や従者たちが我を取り戻し、一斉に駆け出していく。
「女王陛下、勇者パーティへの伝令はどうなさいますか!?」
「合流を最優先に。急いで!」
「ハッ!」
指示を受けた従者が脱兎のごとく走り去っていく。
エリザナ様は取り乱してこそいなくても、表情は深刻そのものだった。
彼女は重い足取りで王都を一望できるテラスへと歩みを進める。
眼下に広がる街並みからは、異常事態であることがすぐに分かるような混乱を確認できた。
「レイニース……」
エリザナ様は胸元に添えた拳を爪が食い込むほどに強く握りしめた。
今この瞬間も王都を、国の一大事を脱するために動いているフォーペウロの第一王女であり、民の希望たる聖女。そして、最愛の娘。
(どうか、無事で……)
女王としての使命と母としての祈り。してやれることはそれだけだった。
◇———
「ほら!ほら!」
「シィイッ!」
バアゼルホの大聖堂にて、俺は魔王軍の幹部の一人であるシェリーと戦闘を勃発させている。
魔弓と言われるクロスボウから放たれる見えない一射は苦戦を強いられざるを得なかった。
それでも俺は<感覚操作>を発動させることで視力を底上げしながら、相手の腕や目線の動かし方、呼吸や身体捌きを含めて、先読みできる要素を認識しながら躱し、時には片手剣で捌いていく。
「全部見えてるぞ、シェリー!」
「あら、やるわねリュウト。流石と言ったところかしら?」
シェリーは口角を吊り上げているが、その瞳の奥には少しの焦燥が滲んでいた。
鍛えられた騎士を容易く穿つ一矢が捌かれ続けているのだから、面白いはずがない。
「フンッ!」
「ハァアアッ!」
俺が牽制として放った一射を彼女はひらひらと舞う落ち葉のような身軽さで回避する。
魔族の力を得て、魔弓を使っているとは言え、実力はかなり高い。
「じゃあ……これならどうかしら?」
シェリーが不意に左腕をかざすと、クロスボウが一瞬だけドロリとした黒い輝きを放ち、圧縮された魔力が攻城矢のように形成されて飛来した。
それに対し、俺は即座にセレスティアロに持ち替えて“爆撃の矢”で迎撃し、中間地点でぶつかって爆発する。
大聖堂のステンドグラスが衝撃波で一斉に砕け散り、色鮮やかなガラスの雨が降り注ぐ。
(スキルを加味したとしても、私の射出する弓矢が決定打に至らないなんて。やはりこの男は厄介だわ)
煙の向こうでシェリーが眉根を寄せ、思考を巡らせているのが分かった。
この数分で分かってきたのは特殊矢以外のシンプルな弓矢は視認が困難であり、魔力を込めた一矢は強力だが予備動作が大きい。
癖を読みつつあっても、まだまだ油断できない
「それって例の神武具かしら?」
「だったら何だ?」
俺はそう返しながらミスリル製の弓矢を放つ。
「なるほどね……」
(チッ、メルミネたちの合流が遅すぎるわ。勇者パーティの連中に足止めされているの? このままじゃ埒が明かない。万が一もあり得るわね……)
俺の放った一矢が彼女の頬をかすめ、背後の柱に深く突き刺さった。
身のこなしといい、立ち回りといい、シェリーはレンジャーとしての完成度が相当高い。
魔族特有の力を加味すべきだけど、戦闘能力の高さに感嘆を覚えそうになる俺だった。
「勇者パーティに神武具持ちが二人もいるなんて……。これ以上放置すれば、手に負えない存在になるわね」
シェリーの声から先ほどまでの愉悦が交じった色が消え、残ったのは冷徹なまでの殺意と憎悪。
「……もっと警戒すべき相手になってしまうくらいなら。リュウト、ここでお前だけでも葬っておくべきね」
そう言い切る彼女の顔には妖艶でいつつ、猛毒を孕んだような歪な笑みが浮かんだ。
明らかに変わった空気。戦いが激しくなろうとしているのは俺どころか、その場で見守る者たちにも分かるほどだった。
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