第104話 【Sideレイニース】襲う絶望感
レイニース視点のお話です!
緊急事態に陥っているフォーペウロ。
その対処のため、わたくしは王都バアゼルホにある大聖堂に赴いていますけど、置かれている状況は芳しいと表現するには程遠いのが実情です。
「貴女は一体誰なのですか?」
わたくしの問いに対し、目の前に立つ女性、宰相の付き人として傍らにいるはずのジョシュナは悠然とした仕草で佇んでいる。
だが、その存在から放たれるのは肌を粟立たせ、内臓をせり上がらせるような濃厚な死の気配だった。
「姫様! 我々の後ろへ!」
騎士団の団長であるアルフラドが切羽詰まったような気合と共に私の前に躍り出た。
数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者である彼の鋼のような背中がわずかにだけど、確実に震えているのをわたくしは見逃さなかった。
彼女が纏う空気は先ほどまでの控えめな官吏のそれではない。
肺に受け入れがたい異物を流し込まれたような重圧が大聖堂を支配していく。
「うふふ……。隠し通すのもそろそろ億劫になってきたところだし……。正体がバレるのも時間の問題なら、もういいかな?」
鈴を転がすような美声だが、そこに暖かさや穏やかさなど微塵も含まれていない。
ジョシュナと呼ばれていたその女性はまるで重すぎるコートを脱ぎ捨てるかのように、退屈そうに首を傾げた。
「……」
「そ、そんな……。まさか……?」
私の呟きが合図となったかのように、彼女の足元から粘りつくような漆黒の粒子が溢れ出す。
それは彼女の身体を慈しむように、それでいて蝕んでいくように這い上がり、まるで存在そのものを書き換えていくかのように変貌していく。
「やっぱり、この姿が一番落ち着くわね」
渦が霧散した直後。静かに開かれた瞼の奥には鮮血を煮詰め、闇で薄めたような禍々しくも美しい赤黒い瞳が宿っていた。
フォーペウロの国章が刻まれた燕尾服は消え失せ、代わりに彼女の肢体を包んでいたのは夜の闇を織り上げたような漆黒のドレス。
豊満な曲線を露骨に強調するその装いはあまりに扇情的でありながら、同時に恐ろしい毒を孕んでいるようにも見える。
彼女は戦慄し硬直する私たちの反応を楽しむかのように、深紅のルージュで彩られた唇を猟奇的に、艶やかにペロリと舐めとった。
「これが私の本当の姿よ。本名はシェリー・ベルローズ。魔王軍の幹部を務めているわ。以後、お見知りおきを。王女様」
「なっ?魔王軍の……幹部……!?」
懃懃無礼な一礼と共に、偽りの皮を剥いだシェリーが残酷な笑みを深く刻む。
驚愕で思考が白く染まりそうになるのを私は必死に堪えた。
だが、拭い去れない疑問がわたくしの脳裏を駆け巡る。
「どうして魔族が……魔王軍の幹部ともあろう者が、この王都まで潜入できたの!? このバアゼルホには四聖女の結界が……!」
王都バアゼルホはわたくしを含めたこの国の守護の要である四聖女が展開する多重結界によって守護されている。
その結界は単なる物理的な壁ではなく、魔物や魔族特有の波長を敏感に察知し、如何なる擬態や変装であっても強制的に弾き出す、鉄壁の防衛システムであるはず。
ましてや、幹部クラスの強力な個体が検知にもかからず、国の宰相の近い存在という座にまで入り込むなど、到底不可能なはずだった。
「ふふ、不思議そうな顔ね。簡単な話よ。私は擬態のスペシャリストなの。ある偉大な御方のおかげで、擬態中は魔族の気配を完全かつ自在に消せるようになったの。それで、こうして国の内部や中枢に入り込むことが叶ったってわけ。別に嘆かなくてもいいのよ。それでもって……」
シェリーは貼り付けたような笑みを浮かべながら、左腕を静かに突き出した瞬間だった。
「姫様!ぐぅうッ!」
「アルフラド!」
見えない衝撃がアルフラドを襲った。
彼は握る剣を差し込んだことで致命傷は避けたものの、甲冑の左肩には確かな傷が刻まれている。
「総員!姫様を守れ!」
「「「ハッ!」」」
騎士たちが盾を構えて殺到する。
だが、シェリーはただ薄笑いを浮かべるだけだった。
「愚かね」
「ガハッ!?」
盾を構えていた騎士の喉元に、いつの間にか矢が突き立っていた。
断末魔すらなく、その場で崩れ落ちる。
(おかしい。矢を取り出し、弦を引く動作が一切ない。何より、矢そのものが視認できない……!)
「不思議そうな顔ね。冥途の土産に教えてあげる」
妖しく微笑みながら、シェリーの左手首に漆黒の武具が姿を現した。
手甲と小型のクロスボウを不気味に融合させたような外見でありながら、そこから放たれるのは光を拒絶するような禍々しい魔力だ。
「これは私が幹部として取り立てられた際、あの方から賜った特別な兵装なの。そうね、魔弓とでも言えば分かるかしら?」
「魔弓?」
分かる。あの武具は通常の武器屋で扱われるはずのない類の代物だ。
「さて、メルミネも軍勢を引き連れてこちらへ向かっているし、他の手駒たちも上手くやっているようね」
「どういう……ことですか?」
妖しくも薄汚い笑みを見せるシェリーに対し、わたくしは問い掛ける。
言われてみれば、さっきから結界の揺らぎを感じる。
「もう一つの冥途の土産を教えてあげる。貴女以外の聖女様も必死に結界を維持しようと配置についているでしょうけど……。それ、全部無駄よ」
「え?」
わたくしの背中に冷たい汗と悪寒が伝い、頭の中に得も知れぬ不安が駆け巡る。
「従者や護衛の騎士のうち数人を前もって私の力や魔道具で洗脳しておいたの。聖女の魔力リンクを強制切断する契約破断のスクロールを使うようにね。加えて、抵抗できないように魔法を使えなくする魔封じの腕輪も付けるように指示しておいた。だからこの王都が陥落し、結界が内側から崩れるのは時間の問題なのよ」
最悪のシナリオだった。
信じたくないと思ったけど、大聖堂に流れる結界の魔力が先ほどから激しく、不規則に揺らいでいるのが何よりの証拠だった。
外では軍勢の奇襲、内側では聖女たちの無力化。
「あっ……あぁ……」
「姫様!」
膝の力が抜け、床に崩れ落ちそうになるわたくしを騎士の一人が必死に支えてくれた。
けれど、塗りつぶされるような絶望感から逃れることはできない。
「ギャァアッ!」
「ガハッ!」
「ハッ!?」
嘆く暇さえ、今のわたくしに与えてくれない。
取り囲んでいた騎士たちが次々とシェリーの放つ弓矢によって倒れていく。
「それから――」
シェリーが私へとクロスボウを向けた瞬間、それが一瞬だけ黒く光り、その一射がわたくしに吸い込まれるように飛来する。
「姫様ぁああッ!」
アルフラドがわたくしの前に立ち塞がった。
剣で受けたものの、それはただの矢ではなかった。
着弾と同時に爆発したように魔力が弾け、大聖堂の空気を引き裂く。
「アルフラド!」
「ぐぅう……うぅ……」
(今のは一体?)
硬い甲冑のおかげで即死こそ免れたものの、彼は力なく跪いた。
「シェリー!」
「ふふっ。流石はフォーペウロの第一王女。まだそんな眼差しを向けてくれるなんてね。……けれど、無理をしない方がいいわ。だって、貴女……震えているじゃない?」
どんなに気丈に振る舞っても、唇を噛んでも、身体の震えが止まらない。
それを見透かすようにシェリーは愉悦の表情を浮かべ、黒いクロスボウの狙いを定めた。
その銃口がわたくしの頭部を捉える。
「さようなら、可哀想なお姫様。魔王軍の力の前に沈みなさい」
身体が動いてくれない。
自分の無力さが嘆かわしくて、しょうがなくて、涙が出そうになる。
わたくしは、ただ固く目を閉じながら、心の中で懺悔するしかなかった。
———お母様、ごめんなさい。
「むっ?」
シェリーの怪訝な声に、私は恐る恐る目を開けた。
そこには今まさに引き金を引こうとしていたシェリーが背後に大きく跳び退いている姿があった。
彼女の左頬には薄く一筋の切り傷が刻まれ、そこから紅黒い雫が滴っている。
「あら。とんだ邪魔が入ってしまったようね?」
シェリーが睨みつけた先の大聖堂の入り口に差す逆光の中に二つの人影が立っていた。
「レイニース様はやらせねえぞ!」
わたくしは息を呑む。
そこにいたのは、エレミーテ王国の勇者パーティの一員であり、国境へと向かったはずのリュウトさんとメリスさんの姿だった。
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