第101話 出発前のひと時
「最後にもう一度だけ確認だけど、。バアゼルホでやっておきたいこと、未練や忘れ物。ほんっとうに、もう無いんだね?」
勇者パーティのリーダー、シャーロットが、腰に手を当てて一同を見渡した。
「無いよ。装備の修繕も済ませた」
「問題ありません」
「いつでも動ける」
「準備万端。あとは行くだけさ」
夕日が落ちようとする頃、フォーペウロの王都バアゼルホを発つことを翌日に控える俺たち。
勇者パーティのリーダー格であるシャーロットの仕切りで魔王討伐に向けての準備を進めていたが、ほとんど終えることが叶った。
ここを出たら、最短ルートで魔王城に向けて進んでいく算段だ。
「よしっ!明日の朝、まずは女王陛下に魔族領へ向かう報告とこれまでの支援への感謝を伝えに王城へ行こう。その足で私たちは出発するよ!」
シャーロットの快活な声が響く。
フォーペウロの四聖女が行った聖なる湖での儀式を含め、この王都で過ごした日々は名残惜しいと思うものの、一時帰還の意味でまた拠点とする機会はあるかもしれないけど、甘えるように居座り続けるわけにはいかないのもまた事実。
必要以上に居座り続けたために、魔王討伐のモチベーションを無意識に下げてしまいたくない。
「じゃあさ、今夜はパーッと飲もうか! 景気付けの決起集会だよ!」
「賛成!」
「それも悪くないな」
「うふふ。明日に響かない程度に、ですけれどね」
「俺も賛成だ」
そう決めた俺たちはバアゼルホにある酒場で楽しく飲み明かすのだった。
◇———
「予想以上に楽しかったのかな?」
日を跨ごうとする夜、俺は一人、宿屋のすぐ近くにある公園のベンチに座っていた。
空には澄み切った満月が昇っており、その光が静まり返った街並みを青白く照らしている。
俺は大丈夫だったものの、シャーロットたちは宿泊する部屋で酔い潰れるように各室で眠りこけている。
本当の意味で魔族領に踏み込んだら、あんな風に飲む機会は恵まれなくなりそうだからな。
「勇者パーティなんて呼ばれてても、やっぱり人間なんだよな」
ぽつりとこぼした独り言が夜の静寂に吸い込まれている時だった。
「リュウトさん。こんなところで、どうされたのですか?」
「ん?」
ふとして横に振り替えると、飲み水を簡素なボトルに詰めた物を差し出すメリスが横に立っていた。
「メリスか。……いや、少し夜風に当たりたくてな」
「これ、お水です。よろしければ」
「悪いな。手間をかけさせた」
水を一口飲むと、アルコールで少し火照っていた身体と脳が冷まされていく感覚があった。
メリスは柔らかな微笑みを浮かべたまま、慎ましい所作と共に俺の隣に座っている
シャーロットのような皆を引っ張るリーダーシップとも、ロリエのような確かなまでの自信とも違う。
メリスが隣にいると、不思議と心が凪いでいくような包容感がある。
「明日にはここを発つからな。魔族領に突入したら、今日みたいにはしゃぐことさえできなくなる可能性が大いにあるからな」
「そうかもしれませんね」
俺が問いかけると、メリスは月を見上げた。
その横顔はどこか儚く、それでいて気高く見えた。
「メリスは平気そうだな。実はお酒、かなり強かったりするのか?」
「積極的に飲む方ではありませんけれど、私はきっと、強い方なのだと言い聞かせているんです。でないと、皆さんに置いていかれてしまいそうですから」
「ポジティブだな、それは」
「ふふふ。リュウトさんに言われると、その気になりそうです」
俺の言葉に彼女はフッと小さな笑い声を漏らした
興味本位で一つの質問を投げかけてみた。
「メリス……一つ聞いていいか?」
「何でしょう?」
「辛いとは思わないのか?」
「……え?」
メリスが不思議そうにこちらを見た。
「いや、あのさ。メリスはエレミーテ王国じゃ侯爵家の令嬢だろ? 聖女っていう役目があるにしても、本来ならこんな泥臭い旅をするような身分じゃないはずだ。野営は続くこともあるし、魔族との命のやり取りだってある。正直……本心ではどう思ってるんだ?」
メリスは侯爵家の爵位を叙されている貴族令嬢であり、言葉を選ばずに表すならば、温室育ちのお嬢様だ。
こうして旅に出ていると、雨風を防げる宿屋で一夜を過ごせるなんて甘い状況ばかりが続くはずもなく、野営生活が何日も続くことの方が多い。
サバイバルに慣れた俺はともかく、普段は聖女として気丈に振る舞っているメリスは他の皆よりもメンタルの摩耗が激しいのではないか?
それは俺の密かな懸念だった。
「……」
メリスはしばらく黙り込み、それから口を開いた。
「……厳しいとは思っています。ですが、辛いと思ったことは一度もありません」
「どういうことだ?」
「全く怖くないと言えば嘘になります。確かに魔王軍との戦いに身を投じることそのものは大きなプレッシャーを感じますし、今でもそうです。それでも、こうしてやってこれているのはシャーロットさんやロリエさんにジャードさん。そして、リュウトさんがいるからでもあるのです」
彼女の声は夜風に混じってまっすぐに俺の胸に届いた。
「ただ強いだけの方々でしたら、精神的にずっと追い込まれていたかもしれませんけど、このパーティの皆さんは誰もが温かく、好ましい人柄をされています。……そんな皆さんの力になりたい。その想いがあるから、わたくしは自分の役割を全うできますし、辛いとは思いません。私にとってこの旅は誇りなんですよ」
一点の曇りもない言葉だった。
ああ、本当に良くできた人だ。
余計な気を抱いていたのは俺の方みたいだな。
「それに……」
「それに?」
メリスは悪戯っぽく微笑むと、少しだけ声を弾ませた。
「野営の時にリュウトさんが作ってくださるお料理。あれ、本当に美味しいんですよ。 私はそれを旅の細やかな楽しみにしているんですから」
「え……? あり合わせの材料で作った飯がか?」
「はい。実家の専属シェフにも負けないくらい、心が温まるお味です。ですから、明日からも期待していますね」
「……そうか。良かったよ。お嬢様の口に合うかどうか、実は気が気じゃなかったんだ」
「ふふっ。考えすぎですよ、リュウトさんは」
明日からの旅は間違いなく過酷な苦闘が待っているだろう。
けれど、俺たちはきっと進んでいける。
俺とメリスはしばらくの間、満月の光を浴びながら、穏やかに流れる時間を共有し続けた。
◇———
「通してくれたはいいけど、何か騒がしくないか?」
「うん」
フォーペウロの女王陛下であるエリザナ様に挨拶を済ませてからバアゼルホを発とうとする中、城内がやけに慌しかった。
案内してくれる騎士に促される形で俺たちは廊下を早足で歩いている。
実際、せわしない気持ちを抱いている。
その理由はすぐに分かった。
フォーペウロから北の方面に魔族や魔物に大きな動きが確認された……と。
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