第99話 水面下で動く者たち
それぞれ徐々に動きが見え始めます。
「他に必要な物は?」
「体力や魔力を回復させるポーションの類は一通り揃ってる。だが、気持ち多めに積んでおいた方がいいかもしれねえな。魔族領に入れば、戦闘続きになる可能性も高そうだからな」
「怪我の心配なら、わたくしが全て治して差し上げますよ」
「あなたの回復魔法ばかりを当てにするわけにはいかないわ。ジャードの言う通り、魔力回復用のポーションももう少し買い足しておきましょう。強敵との連戦でガス欠になるのだけは絶対に避けたいもの」
「確かに魔力回復ポーションはもう少し欲しいな。魔族や魔物との連戦になったせいで魔力が底を尽くのだけは避けたいからね」
「ここを発ってから魔王城へ至るまでの最短ルートももう一度叩き込んでおきたいな」
俺たちはフォーペウロの王都バアゼルホの宿の一室で旅の準備を進めている。
ここから北に進んでいくと、人類にとって忌むべき相手である魔族が跋扈しているだろう、魔族領がある。
その地を一歩踏み出せば、過酷な戦いが絶え間なく続くかもしれない。
だけど、心の底から怖じ気づいているわけではないのもまた事実。
けれど、不思議と足が震えることはなかった。
「それにしても驚いたわね。レイニース様があそこまで便宜を図ってくれるなんて」
ふと、シャーロットが感慨深げに呟いた。
先日、フォーペウロの第一王女であるレイニース様から魔王討伐のためなら援助を惜しまないと約束してくれた。
初めてシャーロットたちが来た時は「以前はあそこまでの支援表明をしてくれなかったし、ちょっと助けてくれたくらい」って言っていたことから、その本気度が伺える。
おまけに、現在の旅の進み具合についても手紙をしたためる形でエレミーテに送付してくれたらしく、王族や騎士団も状況の把握がしやすくなるのはイメージできる。
「リュウト。さっきから随分と上機嫌だね?」
「そりゃな~」
シャーロットに尋ねられた俺は数十本の“破魔光の矢”を見せる。
魔族はもちろん、魔王軍の幹部クラスにさえ致命傷を与えうる聖属性が込められた特製の矢であり、これで幾度も窮地を切り抜けてきた。
フォーペウロにはレイニース様を含めた四人の聖女がおり、それだけに提供された聖水や聖属性を持ったアイテムやスクロールなど、豊富に揃えられている。
聖女を四人も抱えるフォーペウロの国力は伊達じゃない。
「確かにこうして見ると壮観だよな」
「ずっと見ていたくなりそうですね」
「リュウトが上機嫌になるのも分かるわ」
ジャードたちも口々に言うのだった。
他にも所持している“爆撃の矢”や“轟雷の矢”、“氷結の矢”にミスリル製の弓矢など、それぞれ独自の色味を持っているため、それらも並べると七色の虹を連想したくなる。
「リュウトとしてはストックはこれで十分?」
「量としては十分だな。それに、今の俺にはこれがある」
俺は傍らに立てかけておいた神武具セレスティアロを見せる。
「そうね。神武具持ちが二人もいるパーティだからこそ、レイニース様たちも賭けてくれたのかもしれないわね。それを考えたら、リュウトが勇者パーティの一員になってくれて良かったって、改めて思うわ」
シャーロットの真っ直ぐな瞳に見つめられ、俺は鼻の頭を掻いた。
「よせよ、柄じゃない」
「あら、本音よ?あなたがいなければ、危ない場面がいくつかあったもの」
シャーロットにそう言われると、くすぐったい気持ちになりそうだ。
でも、それが自信に繋がると思えば、悪い気はしない。
「……さて。大方の準備は済んだな。いつ発つ?」
俺がそう尋ねると、シャーロットが表情を引き締め、全員を見渡した。
「レイニース様に手配してもらった追加の魔道具とポーションは、今日中に届く予定よ。今日と明日で最終確認。明後日の早朝には女王陛下に拝謁して、そのまま出発するわ」
「了解だ」
「それじゃあさ、その間にちょっとだけ観光しない?気になるお菓子のお店があるんだ」
「わたくしはもう一度だけ大聖堂に寄って、お祈りを捧げておきたいです」
「お前らなぁ……これから魔王を倒しに行こうって時に。でも、悪くないか」
気が抜けているのかと思いたくなるものの、魔族領に入ってしまえば、バアゼルホのような綺麗な街や健全な場所を巡る機会も簡単には見つからないだろう。
今から気を張り詰めっぱなしでいるのも、むしろ身体に毒かもしれないからな。
戦いの前の束の間の休息。ロリエの提案通り、必要な物資の最終確認をしながら、限られた自由時間を満喫することにする俺たちなのであった。
◇———
王都の喧騒が届かないフォーペウロ王城の奥深く、宰相ゲータスの執務室は静寂と古い紙の匂いに包まれている。
「宰相、失礼いたします。例の件、報告に上がりました」
入室してきたのは彼の付き人であるジョシュナだ。
急な辞任に追い込まれた前任の穴を埋めるべく雇われた女性だが、その仕事ぶりは完璧の一言に尽きた。仕事ぶりそのものは丁寧で迅速だった。
隙を感じさせない立ち振る舞いと美麗な顔立ちは憧れや好色を一切抱かない異性を探すのも難しいほどの独特な魅力を醸し出している。
ジョシュナは淡々と依頼されていた雑務の完了を報告する。
「……うむ。見事な手際だ。助かるよ。それではつ———」
「宰相」
「むっ?」
ゲータスが次の指示を出そうとしたその時、ジョシュナが吸い寄せられるように距離を詰めた。
吐息が触れそうなほどの至近距離に立たれたゲータスの視界にはジョシュナの長い睫毛と潤んだ瞳で塗り潰される。
「私のお願いも聞いてくださりますね?」
「お、おう……」
ジョシュナの全身から目には見えない濃厚な色香が溢れ出し、執務室の空気を蜜のように甘く変えていく。
ゲータスの焦点が次第にぼやけ、権力者としての威厳が快楽と恍惚の渦に溶けて消えていく。
「お前の望む、通りに……」
「ありがとうございます。それから……」
さらに声を低め、色気を直接流し込むように耳元へ囁く。
抗う術を持たないゲータスは、ただ操り人形のように頷くことしかできなかった。
「分かった、分かった……。何もかも、お前の言う通りにしよう。私の可愛いジョシュナ……」
「ありがとうございます。では……」
満足げに微笑んだジョシュナは余韻を振りまくようにして部屋を後にした。
誰もいない静寂さが漂う廊下を歩く。
「ふふ……ふふふ。もうすぐ、機は熟するわ」
ジョシュナは顔の半分を陶酔するように手で覆い、指の隙間から冷たく、昏い悦びに満ちた瞳を覗かせる。
彼女の口元には獲物を罠に嵌めた狩人のような、美しくも怪しい笑みが張り付いていた。
さきほどまでの献身的な従者の顔は……。既に消え失せていた。
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