「好きって、どう書くの?」
「好きって、どう書くの?」
この物語は、恋と小説、そして青春の葛藤を描いた物語です。
誰かを好きになる気持ちって、実はとても難しい。楽しいだけじゃなくて、苦しいし、迷うし、泣きたくなることもある。
でも、それでも人は恋をしてしまうし、何かを表現したくなる。
主人公・佐倉陽翔の三年間は、きっと誰かの心にも重なると思います。
この物語を読んで、あなた自身の"好き"についても、少しだけ考えてもらえたら嬉しいです。
登場人物
・主人公:佐倉 陽翔
明るくお調子者。高校入学と同時に文芸部に入る。
小説未経験だが、ひょんなことから先輩に誘われて始めることに。
・ヒロイン(先輩):如月 美咲
3年生。学年一の美少女で文芸部部長。クールで高嶺の花。
しかし恋愛小説がどうしても書けず、陽翔に「恋の練習相手」を頼む。
・幼馴染:天野 莉子
陽翔の幼馴染。明るく元気。陽翔のことが好きだが言い出せない。
・同級生ヒロイン:結城 紬
同級生で物静かだが、密かに陽翔に想いを寄せる文学少女。
・親友:相馬 蓮
クールで落ち着いた性格。陽翔の一番の理解者。恋愛には鈍感。
第1章「高校デビュー、失敗」
春の風が、制服の裾をふわりと揺らした。
今日は、高校生活のはじまり。俺——佐倉 陽翔は、朝からテンションが上がりっぱなしだった。
「よーっし、今日から高校生だぁー!」
朝の通学路、住宅街の角を曲がると、見慣れた後ろ姿があった。
ツインテールが揺れる。オレンジ色のリュック。歩き方で誰かなんて一瞬でわかる。
「おーい!莉子ー!」
呼びかけると、天野 莉子は振り返った。
「・・・はると、うるさい。朝から元気すぎ。」
ツンとした顔をしてるけど、口元は少し笑ってる。
小学校からの付き合いだから、そのへんはすぐわかる。
「だって莉子、今日から高校だぞ?青春のはじまりだぞ?髪型もセットばっちりだし!」
「・・・いや、寝ぐせ立ってるけど?」
「え、マジか!?ちょっと直してくれ!」
俺は慌てて髪を撫でたけど、ぴょこんと跳ねたままだった。
莉子は呆れたように溜め息をついて、俺の前に立った。
「もう、しょうがないなぁ。ほら、じっとして。」
莉子は手を伸ばして、俺の寝ぐせをぐしゃぐしゃっと撫でて直してくれた。
小学校のときから、何度こうやって助けてもらったかわからない。
「よし、こんなもんでOK。ちゃんと鏡見てよね、これからは!」
「お、おう・・・ありがとな。」
顔が少し熱くなる。
こういう時、幼馴染って便利だけど、なんかちょっと気恥ずかしい。
「ほら、行くよ。遅刻するよ?」
「うっす!」
俺は胸を張って歩き出した。
この春から、俺の新しい生活が始まるんだ。
◆
駅までの道を歩きながら、俺は胸の中でガッツポーズしていた。
高校デビュー、成功だ!
・・・と、思ってた。
でも現実はそんなに甘くなかった。
入学式は無事終わった。
クラス分けも発表されて、自己紹介もした。
「えーっと、佐倉 陽翔です。趣味は・・・漫画を読むことと、あと、面白そうなことならなんでも挑戦してみたいです!!」
クラスの笑いは取れた。
隣の席のやつともすぐに友達になれたし、俺の高校生活は順調だと思ってた。
だが。
「おい、佐倉。昼飯どうする?」
「え?あ、俺弁当持ってきたけど。」
「おー、じゃあ一緒に食おうぜ!」
新しく友達になった 小林 と教室の隅で弁当を広げる。
「・・・でさ、クラスにめっちゃ可愛い子いるよな?」
「おお、あの前の席の子?」
「そうそう。なんか、中学の時から有名だったらしいぞ。」
「へぇー。」
俺はふーん、って流したけど、内心ドキドキしてた。
実はもうすでに、俺は目をつけている人がいる。
その人を初めて見たのは、入学式の日だった。
講堂の前列に座っていた生徒会や部活代表の先輩たちの中で、ひと際目を引いた、黒髪ロングの美少女。
まるで小説の中から飛び出してきたみたいな・・・そんな人だった。
あとで聞いた名前が 如月 美咲。
学年一の美人、成績優秀、部活動は文芸部の部長。
――いわゆる「高嶺の花」ってやつだ。
俺みたいな普通の男子が近づけるような相手じゃない。
・・・なのに。
「はると?」
「お、おう、なんだ?」
莉子が俺の顔を覗き込んできた。
いつの間にか俺は、昼休みの教室でぼーっとしていたらしい。
「大丈夫? なんか顔赤いよ?」
「い、いや、なんでもねぇ!」
慌てて弁当の唐揚げを口に放り込む。
莉子はじーっと俺のことを見て、でもそれ以上は何も言わなかった。
放課後になった。
俺はなんとなく、図書室に足を運んだ。
高校生になったら、本を読むのがカッコいいかもしれない。
そう思ったのが理由だ。
でも実際は、何を読めばいいか分からなくて、適当に手に取ったのが「小説家入門」とかいうハウツー本だった。
「ふーん、恋愛小説はまず”恋”をしろ、か・・・」
俺は思わず苦笑いした。
「そんな簡単にできたら苦労しねーよなぁ。」
そのときだった。
「その通りね。」
「えっ?」
後ろから、声がした。
振り向くと、そこには――
あの先輩が立っていた。
「・・・え、えっと、如月先輩ですよね?」
「そうよ。二年の如月美咲。文芸部の部長。」
「・・・えっ、えええ!? な、なんで俺に話しかけ・・・?」
「あなた、小説好きなの?」
「い、いや、あの、ちょっと興味があるだけで・・・」
「なら、ちょうどいいわ。」
如月先輩はすっと俺の前の椅子に座った。
近くで見ると、さらに綺麗だった。
黒髪がさらさらで、目は真っ直ぐで、でもどこか遠くを見ているみたいな感じ。
高嶺の花って言われるの、わかる気がする。
「君、文芸部に入りなさい。」
「えっ?」
「今すぐ。」
「え、いや、え、えええ!? 俺、まだ部活とか・・・」
「いいから。」
如月先輩はさらっと言った。
「私、恋愛小説が書けないの。」
「は、はぁ・・・?」
「だから、恋の練習相手になって?」
俺は——
完全に思考が止まった。
◆
その日の帰り道。
俺はずっと、頭の中がぐるぐるしてた。
「恋の練習相手」ってなんだよ!?そんなの漫画の中だけだろ!?
でも、如月先輩は本気だった。
本気の目で、俺にそう頼んできた。
「恋愛小説を書くために、恋がしたい。でも私は、恋愛経験ゼロ。だから、協力して?」
それだけ言われて、断れるわけがなかった。
俺は普通の男子高校生だ。
そんな美少女に頼まれたら、そりゃ断れない。
「はぁ・・・」
俺は溜め息をついた。
隣を歩いてる莉子が、不思議そうに俺を見てくる。
「はると、どうしたの?」
「いや、ちょっと・・・」
「まさか、もう高校デビュー失敗したの?」
「うるさいわ!」
俺は笑いながら頭をかいた。
――こうして、俺の青春は始まった。
普通じゃない、高校生活のスタートだった。
第2章「恋の取材、始めます。」
翌日。
教室に入ると、クラスメイトたちのざわめきが聞こえてきた。
「なあなあ、聞いたか?如月先輩が新入生をスカウトしてるって。」
「マジかよ!?あの如月先輩が?」
「文芸部らしいぜ。しかも、恋愛小説書くためにって・・・」」
その会話を聞いて、俺は思わず机に突っ伏した。
——やっぱり噂になってる!
昨日の図書室の出来事は、俺と如月先輩だけの秘密じゃなかったらしい。
あの場所には、誰かがいたのかもしれない。
あるいは、先輩が自分から言いふらしたか・・・。
(いや、あの人ならありえる・・・)
高嶺の花って言われてるけど、なんかちょっとズレてるというか、マイペースなとこがある。
たぶん、あれは天然だ。
「・・・はると?」
「お、おう莉子。」
幼馴染の莉子が俺の隣の席に座ってきた。
「ねえ、昨日のこと・・・本当?」
「え?」
「如月先輩と、恋の練習するって噂。クラスの女子たち、めっちゃ話してるよ?」
「・・・うっ」
俺は何も言えなかった。
莉子はじっと俺を見つめてくる。
「・・・本当なんだね。」
「ま、まあ、うん・・・」
俺は正直に答えた。嘘つていも、どうせバレる。
「ふーん・・・そっか」
莉子は一瞬だけ寂しそうな顔をしたけど、すぐに笑顔を作った。
「まあ、いいんじゃない?頑張ってよ、はると!」
「・・・あ、ありがとう。」
でも、その笑顔はどこかぎこちなくて、胸がチクッとした。
◆
放課後。
文芸部の部室は、校舎の一番端にあった。
3階の隅っこの、使われていない旧準備室。
扉を開けると、古びた本棚と、机と、窓から差し込む夕陽の光。
「ようこそ、文芸部へ。」
如月先輩が、窓際で本を読んでいた。
その姿は、まるで物語の中のキャラクターみたいだった。
「・・・あ、あの、今日からお世話になります!」
「よろしくね、佐倉くん。」
先輩は本を閉じて、俺の方を向いた。
「じゃあ、さっそく恋の練習、始めましょうか。」
「・・・え、いきなりですか?」
「当たり前でしょ?私、時間がないの。」
「時間・・・?」
「全国高校文芸コンクール。夏の大会の締め切りまで、あと3か月しかないの。」
「へえ・・・」
「恋愛小説で優勝したいの。でも、私には”恋”が書けない。」
先輩は真剣な目で俺を見つめた。
「だから、あなたが協力して。」
「え、でも、俺も恋愛初心者で・・・」
「初心者同士で、いいの。」
先輩はきっぱり言った。
「まずは、デートの取材から始めましょう。」
「・・・デートの取材?」
「恋愛小説を書くには、体験が必要なのよ。資料を読むだけじゃだめ。リアルを知らないと、心に響く言葉は書けない。」
「・・・なるほど。」
「というわけで、今度の土曜日、デートね。」
「えっ・・・!」
「断るつもり?」
先輩は微笑んだ。だけどその笑顔は、どこか怖かった。
「い、いや・・・行きます!喜んで!」
俺は慌てて頭を下げた。
(・・・なんでこうなった!?)
心の中で叫びながらも、
でも、少しだけワクワクしている自分がいた。
◆
帰り道。
俺はスマホを片手に、さっき言われた「デートの取材メニュー」を確認していた。
【デートメニュー】
1.一緒に映画を見る
2.服を選んであげる
3.カフェでお茶
4.夕方の公園を歩く
5.手をつないで帰る(任意)
「・・・これ、取材じゃなくてガチのデートじゃん!」
思わず声に出してしまった。
すると、隣にいた相馬 蓮がふっと笑った。
「お前、如月先輩とデートするって噂、もう学校中に広まってるぞ。」
「ま、マジかよ・・・」
「まあ、いいんじゃね?頑張れよ。」
蓮はクールな顔で言ったけど、その目はどこか楽しそうだった。
「お前、本当に大丈夫か?」
「な、何が?」
「恋って、取材できるもんじゃないぞ?」
「そ、そりゃあ、そうだけど・・・」
「ま、やってみれば?」
蓮はポンと俺の肩を叩いた。
その夜。
俺はベッドの上でゴロゴロしながら、スマホを見ていた。
「デート 初心者 会話」とか検索してる自分が情けない。
(どうしよう・・・マジで緊張する・・・)
しかも、相手は如月 美咲先輩だ。
あんな美人とデートなんて、普通の男子高校生にはハードルが高すぎる。
(・・・でも)
心のどこかで、楽しみだと思っている自分がいた。
◆
そして、土曜日がやってきた。
待ち合わせは駅前の広場。
俺は10分前に到着して、ソワソワしていた。
(やべぇ、服装これで良かったのか・・・?)
一応、カジュアルなシャツとデニムにしたけど、女子ウケとか全然わからない。
「——お待たせ。」
振り向くと、そこには如月先輩がいた。
いつもの制服じゃなくて、白いワンピース。
風になびく黒髪が眩しかった。
「・・・っ!」
俺は言葉を失った。
「なに、変な顔してるの?」
「い、いや・・・その・・・似合ってます。」
「ふふ、ありがと。」
先輩は微笑んだ。
その笑顔に、俺の心臓はドクンと跳ねた。
映画館では、先輩が選んだ恋愛映画を見た。
正直、内容はあまり頭に入らなかった。
隣に先輩がいるだけで、ずっとドキドキしていたから。
映画が終わった後、二人でカフェに入った。
「どうだった?映画。」
「えっと・・・面白かったです。」
「ほんと?」
「はい!・・・」
「どこが?」
「・・・全部。」
「適当すぎ。」
先輩はくすっと笑った。
「まあいいわ。こうやって、デートの取材をして、私は小説を書くの。」
「・・・取材なんですね、これ。」
「そうよ。あくまで取材。」
(・・・なんだろう、この胸のモヤモヤは)
取材、か。
本当に、それだけなんだろうか。
◆
帰り道。
夕方の公園を歩きながら、俺たちは並んで歩いた。
「・・・佐倉くん。」
「はい?」
「手、つないでみる?」
「えっ?」
「恋愛小説のために。どんな気持ちになるか、知りたいの。」
「・・・わ、わかりました。」
俺は手を伸ばした。
先輩の手は、思ったよりも冷たかった。
でも、握った瞬間、心臓がバクバクして止まらなかった。
「・・・これが”恋”なのかしら。」
先輩はぽつりとつぶやいた。
俺は答えられなかった。
だって、自分でもわからなかったから。
でも一つだけ、はっきりしていることがある。
——俺はもう、先輩のことが好きになっている。
第3章「揺れる気持ちと、書けない小説」
月曜日の朝。
教室に入ると、妙な視線を感じた。
(・・・ああ、これ絶対アレだ)
土曜日の「デート取材」が噂になっている。
廊下でも、昼休みでも「如月先輩と1年の男子がデートしてた」って話題になっているらしい。
「なあ、佐倉。お前、如月先輩と本当にデートしたのかよ?」
後ろの席の男子が、半笑いで聞いてきた。
「・・・いや、その、まあ・・・」
「すげーな!何やったんだよ!」
「えっと・・・映画見て、カフェ行って、公園歩いて・・・」
「ガチデートじゃん!スゲー!」
クラスは一気に騒がしくなった。
「いやいや、違うって!それは、恋愛小説の取材で・・・!」
「取材っなんだよ!」
「付き合ってるんじゃねーの?」
「違うってば!」
俺は必死に否定したけど、誰も信じてくれなかった。
(・・・はあ)
騒ぎは大きくなる一方だった。
◆
「・・・陽翔。」
昼休み、莉子が俺の席に来た。
「ちょっと、屋上、行こう。」
「え?あ、うん・・・」
俺は弁当を持って、莉子と一緒に屋上へ向かった。
屋上や春の風が気持ちよかった。
誰もいなくて、静かだった。
「・・・はると。」
莉子はいつになく真剣な顔をしていた。
「昨日、何があったの?」
「・・・別に、何も。映画見て、お茶して、公園歩いただけだよ。」
「・・・手、繋いだの?」
「・・・え?」
「手、繋いだの?」
「・・・繋いだ。」
俺は正直に答えた。
莉子は一瞬だけ顔を伏せた。
「・・・そっか。」
「・・・莉子?」
「・・・なんでもない。」
莉子は笑顔を作ったけど、その目は笑ってなかった。
「まあ、取材なんだよね?恋愛小説のための。」
「・・・うん。」
「・・・そっか。」
莉子はそのまま黙ってしまった。
風だけが、屋上を吹き抜けていった。
◆
放課後。
俺は文芸部の部室にいた。
古びた机に座って、ノートを開いた。
「さあ、書いてみて。」
如月先輩が言った。
「・・・え?」
「恋愛小説。君も書くのよ。」
「え、俺がですが?」
「当然でしょ。恋愛の取材をしたんだから、自分の言葉で書いてみて。」
「ええええ・・・」
俺は頭を抱えた。
(・・・恋愛小説、か)
書いたことなんて、一度もない。
「まずは、昨日の気持ちをそのまま書けばいいわ。」
「気持ち・・・」
「うん。映画を見て、カフェに行って、公園を歩いて、手を繋いだ。その時、どう感じたか。」
「・・・」
俺はノートにペンを走らせた。
けど、全然言葉が出てこなかった。
(やばい・・・何を書けばいいのかわからない・・・」
「書けない?」
「・・・はい。」
「・・・私もよ。」
先輩は、ぽつりと言った。
「私も、書けないの。」
「・・・え?」
「恋愛小説。全然、書けないの。」
如月先輩は窓の外を見つめた。
「私、小説コンクールで全国に行きたいの。けど、どうしても恋愛だけが書けない。」
「・・・どうしてですか?」
「・・・わからない。恋をしたことがないから?」
「・・・」
「佐倉くん。」
「はい?」
「もし、本当に恋をしたら、私は書けるのかな?」
「・・・それは・・・」
俺には、わからなかった。
でも――
(俺は、もう先輩が好きだ)
そう思ってしまった自分が、怖かった。
◆
「・・・佐倉くん、いる?」
その時、部室のドアが開いた。
「・・・え?」
入ってきたのは、同じクラスの結城 紬だった。
紬は図書委員で、物静かな女の子だ。
「これ、図書室の本、返しに来たの。」
「ありがとう。」
如月先輩は受け取った。
「・・・あの。」
紬は俺の方を見た。
「・・・佐倉くん、最近、楽しそうだね。」
「え?」
「如月先輩と、よく一緒にいるでしょ?」
「・・・あ、うん。まあ。」
「・・・なんか、いいなぁって思って。」
紬はそう言って、ふわっと笑った。
「私、小説読むの好きだけど、自分で書くには苦手なんだ。」
「え?そうなの?」
「うん。でも、佐倉くんは書いてるんだね。」
「いや、俺も苦手だよ。」
「ふふ、じゃあ一緒だね。」
紬は優しく笑った。
その笑顔に、俺の胸が少しだけ苦しくなった。
(・・・なんだこれ)
俺は、よくわからない気持ちを抱えていた。
◆
その夜。
俺は家でノートを開いていた。
(・・・書けない)
何度もペンを動かしては、消して。
結局、1ページも進まなかった。
(・・・俺は、本当に恋してるのか?)
先輩のことは、好きだ。
でも、それが「恋」なのか、「憧れ」なのか、わからない。
莉子の顔が浮かんだ。
紬の笑顔も、思い出した。
(・・・俺、どうすればいいんだ?)
胸の中がぐちゃぐちゃだった。
恋愛も、小説も、わからないことだらけだ。
でも――
「・・・俺、書きたい。」
小さく、そう呟いた・
どんなに下手でも、恥ずかしくても、今の気持ちを書いてみたいと思った。
第4章「本音と秘密」
昼休み。
俺は親友の相馬 蓮と、いつもの屋上にいた。
「・・・で、どうなんだよ。お前の気持ちは。」
「は?」
「如月先輩と、デートしたんだろ?」
「で、でもあれは取材だから!」
「取材で手つなぐか?」
「・・・う」
言葉に詰まる。
連の目は、いつも通り冷静だった。
「お前、顔に全部出てるぞ。」
「・・・マジ?」
「うん。お前、わかりやすいから。」
蓮はジュースを飲みながら言った。
「まあ、気持ちはわかるけどな。」
「何が?」
「・・・好きになっちまうだろ、そりゃ。」
「・・・」
図星だった。
「でも、お前には莉子がいる。」
「・・・莉子は、幼馴染だろ?」
「ほんとに、それだけか?」
「・・・」
俺は黙った。
正直、わからなかった。
莉子は大事な存在だ。でも、恋愛感情なのかは自信ない。
「お前、いつも明るくて能天気だけど、こういう時は迷うんだな。」
「・・・うるさいよ。」
「はは。」
蓮は笑った。
「ま、いいんじゃねぇの。青春ってやつだろ。」
「・・・簡単に言うなよ。」
「簡単だよ。俺は面倒ごと嫌いだからな。」
「冷てぇな・・・」
「俺はお前みたいにモテないから、心配無用だ。」
「いや、蓮はモテるだろ。」
「俺はモテても付き合わないから、噂も立たない。」
「それ、ある意味ズルいぞ。」
「ははっ、だろ?」
蓮は笑った。
でも、その目はどこか遠くを見ていた。
(・・・連にも、何かあるのかもな)
俺はそんなことを思った。
◆
放課後。
俺は文芸部の部室に行こうとした。
「・・・はると。」
後ろから莉子の声がした。
「ん?」
「・・・今日、帰り、一緒に帰れない?」
「え?あ、うん。」
俺は素直に頷いた。
二人で歩く帰り道。
「・・・はると。」
「ん?」
「如月先輩のこと、好き?」
「・・・え」
「正直に言って。」
「・・・わからない。」
「・・・そっか。」
莉子は笑った。
「でも、私は好きだよ。はるとのこと。」
「・・・え?」
「小学校の時から、ずっと。」
「・・・」
俺は何も言えなかった。
莉子の顔は、笑っていたけど、目は涙で滲んでいた。
「・・・ばか。」
そう言って、莉子は走っていった。
俺はその背中を、追いかけることができなかった。
◆
その夜。
スマホに如月先輩からメッセージが来た。
【明日、家に来て】
「えっ!?」
俺はスマホを二度見した。
【小説の話、したいから】
(・・・マジか)
俺の心臓はバクバクしていた。
(家・・・って、どういうことだよ・・・)
翌日、放課後。
俺は如月先輩の家に向かった。
「ようこそ。」
玄関を開けると、先輩が私服で立っていた。
白いカーディガンにジーンズ。
昨日のワンピースとは違って、ラフな格好だけど、やっぱり綺麗だった。
「ど、どうも・・・」
「上がって。」
俺はドキドキしながら家に入った。
リビングには本がたくさん並んでいた。
小説だけじゃなくて、映画のDVDもたくさんあった。
「すごいですね・・・」
「全部、資料よ。」
「資料・・・?」
「小説を書くためのね。」
先輩はソファに座って、俺に向かって言った。
「小説って、書くの辛いわよね。」
「・・・はい。」
「でも、やめられない。」
「・・・それ、わかります。」
「私ね、小さい頃から、本ばっかり読んでたの。」
「へえ・・・」
「親がね、あまり家にいなくて。だから、寂しさを紛らわせるために、本を読んでた。」
「・・・」
「小説は、裏切らないから。」
先輩は笑った。
「でも、恋愛だけは、わからなかった。」
「・・・」
「だから、佐倉くんに頼んだの。」
「・・・俺で、良かったんですか?」
「うん。君なら、面白いと思ったから。」
「・・・面白い、ですか。」
「顔がね。」
「えぇ・・・」
俺は苦笑いした。
でも、その言葉が少しだけ嬉しかった。
「・・・私ね。」
先輩は窓の外を見た。
「本当は、恋なんてしなくてもいいと思ったの。」
「・・・」
「だけど、どうしても書けなかった。」
「・・・」
「だから、君と出会えて良かったよ。」
先輩は、そう言って微笑んだ。
俺は、その笑顔に——また、心臓が跳ねた。
帰り道。
俺は一人で歩きながら、考えていた。
(・・・俺は、どうしたらいいんだろう)
莉子のこと。
如月先輩のこと。
紬のこと。
(・・・わからない)
でも、ひとつだけわかっていることがあった。
「俺、小説、書きたい。」
自分の気持ちを、ちゃんと書きたい。
今はそれしかできないけど、それでも書きたい。
恋も、小説も、全部、向き合いたい。
第5章「すれ違いと、はじめての涙」
「はるとー!放課後、部活?」
昼休み、莉子が俺の教室に顔を出した。
「う、うん・・・まあ、そうだな。」
「そっかー。」
いつも通り明るい声だったけど、
莉子の目は、少しだけ寂しそうに見えた。
最近、俺たちはすれ違っている。
今まで、朝も一緒に登校して、放課後も一緒に帰っていたのに。
「・・・あのさ、たまには帰ろうよ。一緒に。」
莉子はお弁当を広げながら、俺に言った。
「う、うん・・・そうだな。」
「明日は文化祭の準備があるけど、その後なら空いているでしょ?」
「・・・ああ。」
「じゃあ、約束ね?」
「うん。」
莉子は嬉しそうに笑った。
でも、その笑顔は、どこかぎこちなかった。
◆
放課後、文芸部の部室。
「文化祭、どうする?」
如月先輩がホワイトボードに「文化祭企画案」と書いていた。
「今年も部誌作る?」それとも朗読会?」
「・・・どっちもやるのは無理ですか?」
俺は言ってみた。
「うーん・・・部員少ないしねぇ。」
如月先輩は腕を組んで考える。
「紬はどう思う?」
「私は・・・朗読会、やりたいです。」
「理由は?」
「・・・みんなの前で読むのは怖いけど、自分の言葉で伝えるって、素敵だと思うから。」
紬は小さな声でそう言った。
「ふむふむ・・・」
如月先輩はにっこり笑った。
「じゃあ、今年は朗読会メインで行こう。」
「はい!」
紬は嬉しそうだった。
俺も少しホッとした
でも、同時に思った。
(・・・朗読会か。人前で読むの、めっちゃ緊張するな・・・)
その日の帰り。
俺は莉子と一緒に帰る約束をしていた。
「はると!」
昇降口で莉子が待っていた。
「お、おう。待たせた?」
「ううん、大丈夫。」
二人で並んで歩き出す。
「・・・文化祭、何やるの?」
「文芸部は、朗読会だってさ。」
「へぇ・・・すごいね。」
「いや、俺、人前で読むのとか苦手だし・・・」
「でも、はるとは頑張るじゃん。昔から・・・」
「・・・そうかな?」
「うん。そうだよ。」
莉子は少し笑った。
でも、その笑顔もやっぱり、どこか寂しそうだった。
途中の公園で、莉子が立ち止まった。
「・・・はると。」
「ん?」
「ちょっとだけ、話していい?」
「・・・うん。」
ベンチに座ると、莉子はうつむいた。
「・・・私ね、小さい頃から、ずっとはるとのこと見てた。」
「・・・うん。」
「はるとが楽しそうにしてると、私も嬉しくて。でも、最近・・・なんか、胸が苦しくなるんだ。」
「・・・」
「如月先輩と一緒にいるはるとを見ると、すごく苦しい。」
「莉子・・・」
「・・・私、わがままだよね。」
「そんなことない。」
「・・・でも、私、はるとが好きだから。」
莉子は、ぽろぽろと涙を流した。
俺はどうしていいかわからなかった。
「・・・ごめん。」
「謝らないでよ。」
「でも・・・」
「はるとは、誰が好きなの?」
「・・・わからない。」
「・・・そっか。」
莉子は涙を拭いた。
「でもね、私は待ってるから。」
「・・・」
「はるとの隣にいるために、頑張るから。」
莉子は、そう言って笑った。
その笑顔は、泣きながら笑っているみたいだった。
◆
夜。
俺はノートを開いて、また小説を書こうとした。
(・・・書けない)
莉子の涙が、頭から離れなかった。
(俺は・・・誰が好きなんだ?)
自分の気持ちが、わからなくなっていた。
でも、それでも。
「・・・書こう。」
俺はペンを握った。
好きって、どう書くのか、俺にはまだわからない。
でも、少しずつでいいから、自分の気持ちを言葉にしてみよう。
それが、俺の今できることだった。
第6章「朗読会と、紬の秘密」
文化祭当日。
校舎は朝からにぎやかだった。
「いらっしゃいませー!焼きそばいかがですかー!」
「メイド喫茶、絶賛営業中でーす!」
廊下にはクラスの出し物の呼び込みが響き渡る。
「・・・すげーな。」
「文化祭、初めてだもんね。」
隣には如月先輩がいた。
「先輩は去年もやったんですよね?」
「うん。でも、私はあんまりこういうの得意じゃないの。」
「・・・意外です。」
「ふふ。人と話すの、実は苦手。」
先輩は照れたように笑った。
(・・・かわいい)
そんなことを思ってしまう自分に、内心焦る。
「じゃあ、朗読会、頑張らないとですね。」
「うん。私も読むし、君も読むのよ。」
「・・・やっぱり俺もですか?」
「当然でしょ。」
先輩はさらっと言った。
「・・・が、頑張ります。」
「うん。一緒に頑張ろうね。」
文芸部の教室は、黒板に「朗読会」と大きく書かれた看板があった。
机と椅子を片付けて、教室の中央にマイクが一本。
その前に、小さな演台が置かれている。
「おお、雰囲気出てるな。」
俺はちょっと緊張していた。
「・・・大丈夫だよ。」
紬が隣で言った。
「私も緊張してる。でも、一緒に頑張ろう。」
「・・・うん。」
紬が、俺を好きになったきっかけは、、たぶん、あの日だ。
放課後、図書室で偶然隣になったとき。
「佐倉くん、本読むの好きなんだね。」
「まあ、最近は小説も頑張ってるけど・・・難しいよ。」
「でも、楽しそうだよね。小説の話してるとき。」
「・・・え?」
「私、そういう顔する人、好き。」
紬はぽつりと言った。
その時の俺は、ただの世間話だと思ってたけど、紬にとっては、きっと大きな一歩だったんだ。
開場時間になると、少しずつ人が集まってきた。
クラスの友達、先生、保護者。
そして――
「はるとー!」
莉子が手を振っていた。
(・・・莉子)
俺は手を振り返した。
(来てくれたんだ)
胸が、ぎゅっとなった。
朗読会が始まった。
「みなさん、こんにちは。文芸部です。」
如月先輩がマイクの前に立つ。
「本日は、私たちの書いた小説を朗読します。短い時間ですが、楽しんでください。」
拍手が起こった。
最初に読んだのは、如月先輩だった。
『恋の取材』
それは、先輩が最近書いた短編小説だった。
内容は、取材のために始めた恋が、本当の恋になってしまう話。
(・・・あれ、これって)
俺は胸がドキドキした。
まるで、俺たちのことをそのまま書いているみたいだった。
次に読んだのは、紬だった。
『君に手紙を書く理由』
紬の声は、静かで、でもしっかりと届く声だった。
物語は、手紙を書き続ける女の子の話。
好きな人に手紙を渡せず、ずっと机の中にしまっている。
「・・・でも、本当は。私は、あなたの隣で笑っていたいだけだった。」
最後の一文で、俺は思わず目を閉じた。
(・・・紬も、俺のことを・・・?)
胸が苦しくなった。
そして、俺の番が来た。
「・・・えっと、僕が読むのは、『好きって、どう書くの?』っていう短編です。」
教室は静かになった。
俺は緊張で手が震えていたけど、深呼吸して読み始めた。
「好き、って気持ちは、簡単じゃない。誰かを好きになると、嬉しいけど、苦しくなる。」
「でも、それでも、僕は書きたいと思った。この気持ちを、言葉にしたいと思った。」
声が震えたけど、最後まで読んだ。
読み終わったとき、教室は拍手に包まれた。
(・・・終わった)
俺はホッとした。
朗読会が終わって、控室に戻ると、紬が近づいてきた。
「・・・佐倉くん。」
「ん?」
「・・・少し、話せる?
「うん。」
校舎の裏庭。
誰もいない静かな場所。
「・・・私ね。」
紬は小さな声で言った。
「私、小説読むの好きだけど、自分で書くのは苦手だった。」
「・・・うん。」
「でも、佐倉くんと一緒に文芸部に入って、書いてみようって思えた。」
「・・・そうなんだ。」
「だから、ありがとう。」
「・・・いや、俺こそ。」
「・・・でも、もう一つだけ。」
紬は、ぎゅっと拳を握った。
「私・・・佐倉くんのことが、好き。」
「・・・え?」
「ずっと、言えなかった。でも、今日、勇気出して言う。」
紬は、泣きそうな顔で笑った。
「・・・ごめん、急にこんなこと言って。」
「いや、そんな・・・」
「答えは、今じゃなくていいよ。」
紬はそう言って、校舎の方へ戻っていった。
俺はその場に立ち尽くした。
莉子も、紬も、俺に気持ちを伝えてくれた。
(・・・俺は、どうすればいいんだ?)
胸の中が、ぐちゃぐちゃだった。
でも、ひとつだけわかったことがある。
(俺は、ちゃんと向き合わなきゃいけない)
恋も、小説も、逃げちゃいけない。
第7章「文化祭の夜と、先輩の涙」
文化祭が終わった夜。
校舎は片付けモードに入っていた。
「はるとー、これ運ぶの手伝って!」
莉子が体育館から呼んでいる。
「お、おう!」
俺は急いで段ボールを運んだ。
文化祭の後って、なんとなく寂しい。
笑い声と喧騒の残り香だけが、夜の校舎に漂っていた。
文芸部の教室も、机と椅子を元に戻して、もう元通りだ。
「ふぅ・・・」
如月先輩は、窓の外を見ていた。
「先輩、お疲れ様です。」
「うん。お疲れ様、佐倉くん。」
「朗読会、成功しましたね。」
「・・・そうね。」
先輩は静かに笑った。
「でも、私、今日・・・ずっと胸が苦しかった。」
「え?」
「みんな、素直に”好き”って言えてて、すごいなって思った。」
「・・・先輩。」
「私ね。」
先輩はゆっくりと話し始めた。
「昔から、小説だけが友達だった。」
「・・・」
「でも、佐倉くんと一緒にいるうちに、少しずつ、変わってきた。」
「・・・俺も、です。」
「今日、あなたの朗読を言いて、思ったの。」
「え?」
「私も、本当は、あなたが好きだって。」
「・・・!」
「でもね、私はずるいから。きっと、恋と小説をごちゃごちゃにしてる。」
先輩は、ぽろりと涙をこぼした。
「どうして”好き”って、こんなに難しいんだろうね。」
「・・・俺も、わかりません。」
「ごめんね、こんな先輩で。」
「謝らないでください。」
俺は、そっと先輩の肩に手を置いた。
「俺も、全部ごちゃごちゃです。」
「・・・ふふ、そうだよね。」
先輩は涙を拭いて、笑った。
「でも、それでいいのかもね。小説も恋も、きっと正解なんてない。」
「・・・ですね。」
夜の校舎をでると、星が綺麗だった。
「佐倉くん。」
「はい?」
「これからも、一緒に書こうね。」
「・・・はい。」
俺は、答えた。
胸の中は、まだ整理がつかない。
莉子、紬、如月先輩。
誰か一人を選ぶことなんて、今はできなかった。
でも、俺は決めた。
「全部、ちゃんと向き合おう。」
恋も、小説も、逃げないで、ちゃんと考えよう。
それが、今の俺にできることだった。
第8章「それぞれの選択」
文化祭が終わって、季節は秋から冬へと変わった。
教室の窓から見える空は、すっかり色を変えていた。
「・・・寒くなったな。」
俺はポケットに手を突っ込みながら、校舎の廊下を歩いていた
もうすぐ冬休みが近い。
(あっという間だったな、1年目・・・)
そんなことを考えていた。
放課後。
文芸部の部室。
「ねえ、佐倉くん。」
如月先輩がふと声をかけてきた。
「はい?」
「高校生活、どう?」
「・・・楽しいです。でも、なんかいろいろ考えちゃいます。」
「そっか。」
先輩は、自分のノートを見つめながら言った。
「私はね、小説で生きていきたいって思ってる。」
「・・・すごいですね。」
「でも、怖いよ。うまくいくかどうかなんてわからないし。」
「・・・俺も、何か書き続けたい気はしてます。」
「ふふ。似てるね、私たち。」
先輩は微笑んだ。
その日の帰り道。
「はるとー!」
莉子が待っていた。
「一緒に帰ろう!」
「お、おう。」
「ねえ、はると。」
「ん?」
「最近、ずっと文芸部で忙しそうだよね。」
「・・・まあ、な。」
「でも、たまには息抜きも大事だよ?」
「・・・そうだな。」
莉子は少し笑った。
「私、ダンス続けたいんだ。」
「へえ。」
「目標っていうか、夢があると楽しいよね。」
「・・・そうだな。」
「はるとは?」
「・・・俺も、なんか、夢みたいなの見つけたいな。」
「ふふ。はるとならきっと見つかるよ。」
そのまま、二人で歩いた。
言葉は少なかったけど、心はちゃんと繋がっている気がした。
翌日。
昼休み。
「佐倉くん。」
紬が話しかけてきた。
「ん?」
「ちょっと、屋上行かない?」
「・・・うん。」
屋上。
冷たい風が吹いていた。
「・・・ねえ、佐倉くん。」
「うん。」
「私ね、将来のこと、少し考えるようになったんだ。」
「・・・そうなんだ。」
「本が好きだから、図書館の司書になりたいなって思ってる。」
「紬らしいね。」
「ふふ、ありがと。」
紬は、手すりに寄りかかりながら言った。
「でも、それだけじゃなくて。」
「え?」
「誰かの”好き”を応援できる人になりたいんだ。」
「・・・紬。」
「だから、佐倉くんのことも、応援してるよ。」
「・・・ありがとう。」
「でも、私のことも、ちゃんと考えてね。」
紬は小さく笑った。
「・・・わかってる。」
俺は、冬の空を見上げた。
恋も、小説も、友情も、これからもっとたくさん悩むんだろう。
「・・・俺は、どうしたらいいんだろう。」
でも、答えはまだ出てなかった。
それでも、少しずつでも進もうと思った。
第9章「最後の冬と、書きかけの結末」
冬休みが近づいてきた。
校庭の木々はすっかり葉を落とし、冷たい風が吹き抜ける。
「・・・さむっ。」
俺は手を擦りながら、部室へ向かっていた。
文芸部の活動は、年末年始も続く。
「今日も部室?」
校門で莉子が声をかけてきた。
「お、おう。」
「・・・最近、忙しそうだね。」
「まあ、文化祭が終わっても、やること多いからさ。」
莉子は少しだけ、寂しそうに笑った。
「そっか。でも、無理しないでね。」
「ありがとう。」
文芸部の部室。
「・・・冬休み前に、もう一度作品を仕上げたいの。」
如月先輩がノートを開きながら言った。
「全国文芸コンクールの応募締め切りが近いの。」
「先輩・・・やっぱり、全国目指してるんですね。」
「うん。諦めたくない。」
先輩は目を伏せた。
「でも・・・怖い。」
「え?」
「今までの私の作品、全部"恋”が抜けてたから。」
「・・・」
「でも今は、書けるかもしれない。」
「・・・どうしてですか?」
「・・・好きな人ができたから。」
先輩は、小さな声で言った。
「佐倉くんのおかげだよ。」
俺は返事ができなかった。
胸が、きゅっとなった。
帰り道。
「はるとー!」
莉子が追いかけてきた。
「今日、帰り一緒に帰ろ?」
「・・・あ、ああ。」
歩きながら、莉子が言った。
「ねえ、はると。冬休み、どこか行こうよ。」
「・・・どこかって?」
「イルミネーションとか、見に行きたいなって。」
「・・・いいよ。」
莉子は嬉しそうに笑った。
「やった!楽しみにしてるね。」
その笑顔を見て、俺の心はまた揺れた。
年末が近づくにつれて、部室にはこたつが持ち込まれた。
「・・・あったかい。」
紬がこたつに潜り込みながら、ノートを膝に乗せていた。
「佐倉くん。」
「ん?」
「私も、冬休みの間に短編を書いてみようと思う。」
「おお、いいじゃん。」
「佐倉くんと一緒に頑張りたい。」
「・・・うん。」
紬は、俺の顔を見て微笑んだ。
「私も、ちゃんと自分の言葉で伝えたいから。」
「・・・紬。」
「好きって、どう書くのか。私もまだわからないけど、でも書いてみるね。」
俺は、何も言えなかった。
年末。
部室には誰もいない。
俺は一人、ノートを開いていた。
(・・・どう書けばいいんだろう)
好きって気持ち。
友達への想い。
恋と友情と、全部がぐちゃぐちゃだ。
「・・・でも、書こう。」
たとえ、答えが見つからなくても。
俺は、今の気持ちを、ちゃんと書こうと思った。
第10章「好きって、どう書くの?」
卒業式の日が近づいてきた。
校舎の廊下には、進級や卒業を控えた生徒たちの笑い声が響いている。
俺は、文芸部の部室にいた。
ノートの最終ページに、今日こそ結末を書こうと決めていた。
(好きって、どう書けばいいんだろう)
その問いの答えは、まだ見つかっていなかった。
でも、三年間の全部を、ここに書きたいと思った。
卒業式当日。
体育館は、静かな空気に包まれていた。
先輩たちが壇上で名前を呼ばれ、卒業証書を受け取る。
如月先輩の名前が呼ばれたとき、胸がぎゅっとなった。
(先輩、卒業しちゃうんだな)
先輩は壇上から俺の方を見て、少しだけ笑った。
式が終わった後、校舎裏で先輩に呼び出された。
「佐倉くん。」
「はい。」
「最後に、言いたいことがあるの。」
「・・・なんですか?」
「私、やっぱり君のことが好きだった。」
「・・・」
「でも、私の”好き”は、きっと物語の中で生きていく。」
「・・・先輩。」
「だから、君は自分の答えを見つけてね。」
先輩は、それだけ言って微笑んだ。
「また、会おうね。」
「・・・はい。」
先輩は、背を向けて歩き出した。
その背中が小さくなっていった。
放課後。
校庭の桜が、少しだけ咲き始めていた。
「はると!」
莉子が駆け寄ってきた。
「これ、渡したいものあるの。」
「・・・なに?」
「手紙。」
莉子は照れくさそうに、封筒を差し出した。
「・・・好きだよ。はるとのこと。」
「・・・」
「返事は、いつでもいいから。」
俺は封筒を受け取った。
胸が、じんわりと熱くなった。
その後、紬にも呼ばれた。
「佐倉くん。」
「うん。」
「私も、伝えたいことがあるの。」
「・・・なに?」
「やっぱり、好きだよ。佐倉くんのこと。」
「・・・」
「でも、それだけじゃなくて。」
「え?」
「佐倉くんが書く小説も、好き。頑張ってほしい。」
紬は、優しく笑った。
「私も、ずっと応援してるから。」
「・・・ありがとう。」
夜。
俺は机に向かって、ノートを開いた。
ペンを持つ手が震える。
(好きって、どう書けばいいんだろう)
でも、少しだけわかった気がした。
「好きって、難しい。だから、書くんだ。」
俺は、ノートの最後のページに、ゆっくりと文字を書き始めた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
「好きって、どう書くの?」は、高校生活三年間を通して、恋と友情と夢を描くことを目指した物語でした。
登場人物たちは、それぞれの想いを抱えて、時に迷い、時に笑いながら成長していきました。
物語の中で、陽翔は最後まで"好き"の答えを出しきれなかったかもしれません。
でも、それでも前に進もうとする姿は、きっと誰かの背中を押せると信じています。
読んでくださったあなたの中にも、きっと"好き"があるはずです。
その"好き"を大事にしてください。
また次の作品でお会いできる日を楽しみにしています。
ありがとうございました。