ミス・オペレーション
バッドエンドです。
「オペを始めます」
「「「「「よろしくお願いします」」」」」
午前十時。
そのオペは始まった。
執刀医は、院内でもトップクラスの実力を持つ前島。
オペの難易度と執刀医のレベルを鑑みて、失敗の可能性はゼロに近かった。
「メス」
「はい」
決まりきった文句とともに、手術が始まる。
術は何の滞りもなく進んだ。
異常出血もなく、ミスもなく、たんたんと。
そして。今。
前島は問題となっている患部を前にして、前日までのイメージ通りに、その部分に術具を当てた。
「あっ――…」
原因は、安心しきっていた前島の気の緩みか。
あるいは、前日までのイメージ自体が間違っていたのか。
それとも、術具に不備があったのか。
しかし、患部から大量に出血が始まった、目の前の現実と結果はリアルだった。
患者の前に立つ前島の、その周りをかこむ助手たちの、さらに周りを囲む手術装置が、けたたましくその電子音を鳴らし始めた。
それまで落ち着きと秩序に包まれていた手術室が、一瞬にして騒音と混沌に襲われた。
あわただしく動く助手たち。
前島のこめかみを流れ落ちる汗。
そして装置の電子音。
装置の液晶に表示されている数字が少しずつに小さくなっていき、また同じく表示されている波が、その高さを失っていった。
手術室の中の雰囲気全体が、死という望まれないゴールに向かってその影を黒くしていった。
しかし。
前島の経験が、実力が、実績が、プライドが、彼に失敗を許さなかった。
「針」
「は、はい」
助手に出血を止めさせながら、輸血も続け、前島は必死に手を動かす。
出血に手袋の先は真っ赤に染まっている。
その血で指先が滑るが、経験豊富な前島にとって、そんなイレギュラーは致命的な要素ではなかった。
数分後。手術室に、音のない歓声が広がり、落ち着きと秩序が舞い戻った。
残るは簡単でシンプルな処置と最後の縫合だけ。
前島は安心して、その処置を進め、最後の縫合を終えた。
手術室を出たところで駆けよってくる患者の家族に笑顔で答え、一礼してその場を去る。
患者自身からの、あるいはその家族からの、感謝。それが前島がこの仕事を進めている上での最高の喜びだった。
満足感に包まれ、休憩室で一服の煙草を吸った。
数時間後、患者の容体が急変した。
緊急に再手術。しかし手遅れで、患者の命は助からなかった。
血まみれの患部を開いた前島が目にしたのは、難所を乗り越えた前島がそこに残した安心と油断。
患部に突き刺さる、一本のメスだった。
バッドエンドというものを書いたことがなく、書いてみようと思って書きました。
医療という、ほとんど知識のないことに関して、何も調べずにどこまで書けるかを試す意味でもある習作です。
前書きを上手く使えたら、という思惑のテストでもあります。最初にバッドエンドをネタバレすることの意味。
まず、医療関係の単語、現場、状況ですが、医療モノのドラマを見てのにわか知識でしかないので、間違いなどなどがあると思います。
バッドエンドを書こうと思いましたが、よくあるバッドエンドを書くことはできませんでした。なんとなく、後味の悪い感じだけは出せたと思います。