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うっかり悪役令嬢を落としてしまいました  作者: 九重七六八
第7章 パンデミック 編
89/90

うっかり、風俗業のことを教えてしまった

(仕方がない。お姫様には刺激が強いが……) 


 セオドアはクローディアに説明した。クローディアは、最初は顔を赤らめ、口を覆うようにして驚いた態度であったが、最後はだんだん目に涙を浮かべてこう言った。


「女性がそのような職につかねばならぬとは。我は知らなかった。同じ女性として恥ずかしい。自分の意志ではなく、そのような仕事をしないといけないとは……」

「昔からある仕事ですが、好き好んでつく女性はそう多くはいないでしょう。特にわずかなお金しか得られないような女性や男に虐げられてそうなってしまっている女性は悲惨です」

「むむむ……。これを機会になんとかせねば。それも未来の王妃たる我の務めだろう」


 そういうとクローディアはさっそく支援計画を立て始めた。まずは資金集めである。貴族の資金集めはパーティーがよくつかわれる手であるが、今は伝染病の流行でパーティーは自粛されている。


「金を集めるという発想は捨てて、物資を集めて配布するというのはどうだ?」


 しばらく考えていたクローディアはこんなアイデアを話した。国の食糧倉庫に穀物が蓄えてある。これは飢饉に備えてであるが、それが古いまま保管され、5年経つと廃棄されていた。


「なるほど。廃棄しないでそれを民衆の食料に回すのですね」

「我ながらよいアイデアだろう」

「……目の付け所はよいですが、残念です」


 セオドアはクローディアの案の欠点を指摘した。


「そもそも備蓄倉庫にある穀物は古小麦とジャガイモ、あとは豆です。放出すればみなさん喜ぶでしょうが、そもそも病気の人は調理もできません。それよりも、それらの食料を使って炊き出しをしてはどうでしょうか」


 セオドアはそう提案した。食料だと食べる分以上に確保する輩が現れ、やがてそれらを密売するようなことが起こる。

 それならいっそのこと、すぐに食べられるように食事を作って提供した方が広く行きわたるというものだ。


「なるほど。では備蓄倉庫にある材料でどんなものが作れるのだ」

「そうですね。基本はスープものでしょうね。小麦粉は水で溶いてすいとん風にすれば、お腹も膨れます」

「すいとん?」

(ああ……。大貴族のお姫様はそんな料理は知らないか)


 セオドアは簡単に説明する。スープに水で練った小麦粉を入れると少し弾力せいのあるかたまりになる。それを『すいとん』と呼んでいた。大陸派遣軍で誤って小麦粉に多くの水を入れてしまった兵士が、それを捨てるのがもったいないとスープに入れたところから始まる。軍の中で始まったメニューなのだ。


「論より証拠。作ってみましょう」

 そう言うとセオドアは台所へクローディアを案内する。台所には当然ながら、エリカヴィータがいる。エリカヴィータは元上官であったセオドアの事が好きだから、クローディアの事をライバルだと思っている。よって、クローディアへの態度は少々とげとげしい。


「エリカ、クロア様に(すいとん)の作り方を説明する。手伝ってくれ」

「はい、セオドア様。毎日一緒に作っていたすいとんですね。なつかしい」


 そういうとエリカヴィータはそっと視線をクローディアへ向ける。自分とセオドアは長く戦場で共に過ごしたただならぬ関係であることをアピールする。これは牽制である。

 エリカヴィータの態度にクローディアはむっとした表情をした。エリカヴィータの挑発は成功したようだ。


「まずはスープを作ります。鳥の骨を水で煮込みます」

「骨か……」

「骨なら市場で安く手に入ります。破棄されるものを利用するのです」


 セオドアはそう説明する。鶏肉を扱っている問屋ならば、まだ肉が付いた骨は毎日大量に排出される。


「よく煮たら、そこに野菜を入れます。これも市場で売れ残る形の悪いものでかまいません。栄養価を高めるために豆も入れて煮ましょう」

「豆も直接入れるのか?」

「いえ。豆は堅いので別に煮て柔らかくしておきます」

「なるほど……」


 セオドアに作り方を教えてもらいながら、クローディアはこれを大量に作る方法を考えている。大量に作るには大きな鍋が必要だ。


「スープができたら、ここへ水で練った小麦粉をちぎって入れます。火が通りやすいように真ん中をへこませるとよいでしょう」


 セオドアは指でちぎって丸めるとそれを潰して、さらに真ん中をへこませて、次々とスープ鍋へ放り込む。


「うむ。よい臭いがしてきたな」

「これだけではうまみが足りないので、東方で使われている醤油という調味料を入れます」

「醤油……聞いたことがない調味料だな」

「はい。東方から交易で伝わり、最近大陸で売られ始めたものです。実はエルトラン王国でも最近、輸入されています」


 そう言うとセオドアは醤油が入った壺を取り出した。黒い液体がクローディアの目に飛び込んだ。


「黒いな……。原料はなんだ?」

「豆です。豆を発酵させて作るのだそうです」

「そのような珍しい調味料なら手に入りにくいのではないか?」


 クローディアは当然の質問をした。いくらおいしくても量が確保できなかったり、値段が高かかったりしては民衆への炊き出しには使えない。


「ご心配なく。実はこの醤油、ある商会が独自技術で生産したものです。ただ、珍しいだけにどうやって売ろうか困っていたのです」


 セオドアは醤油を探している時に、この商会の経営者から情報を得たのだ。珍しい調味料なので、取り扱う問屋がいなく、まずは知名度を上げることが先決だとセオドアがアドバイスをしていたのだ。


「なるほど。もし、その紹介がこの炊き出しにその醤油とやらを無償提供してくれれば、知名度は一挙に上がるな」


 賢いクローディアは一瞬で理解した。その商会は無償提供で利益は得られないが、圧倒的な宣伝になることは間違いがない。知名度さえ上がれば、注文は殺到する。そうすれば無償提供した分以上に利益は出る。なにしろ、醤油は輸入するか、この商会が作ったものしかないのだ。国産で作ったものの方がコストも安い。どう考えても商会の利益は約束されたようなものだ。


「うむ。鳥の骨だけだといまいち、味にパンチがないが、この醤油とやらを入れると香りもコクも違う。そしてこの小麦粉団子が熱くて食べ応えがある」


 セオドアとエリカヴィータが作ったすいとんを食べたクローディアは、この炊き出しメニューのポテンシャルに驚いた。


「問題はこれをどうやって作るかだ。小さな鍋じゃ、何百人の腹は満たせないぞ」


 クローディアの問いはセオドアも考えていたこと。しかし、よいアイデアはない。スープ状の食べ物であるから、水が漏れない構造でさらに熱伝導がよくないといけない。

 さらに感染を防ぐという観点で考えると炊き出しは、人が密集する恐れがある。これも問題である。


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