うっかり、民衆を煽ってしまった
「王党派のみなさん。立ち上がるのは今、この時ではないですか!」
フランドル共和国の南部にある町ナーツ。ここは王党派住民が多く住む土地である。大地主や大商人が多く、豊富な資金を政治家に献金して地位を保ってきた。革命後も政府にうまく入り込んだ貴族出身議員のスポンサーでもあった。
この地の集会所でそう王党派の重鎮であるフランツ議員に問いかけたのは、エリカヴィータである。いつもの軍服姿ではなく、妖艶なドレスを着用した亡命貴族令嬢を装っている。エリカヴィータはセオドアに命じられて、フランドルの革命政府に反対する王党派に近づいていたのだ。
「エルトン伯爵夫人。我々に資金提供していただくのはありがたい。だが、あなたの素性は信用がおけない。あなたはエルトランの回し者ではないのか?」
そうフランツ・ヨーゼフ市民会議議員は支援者たちの前でエリカヴィータに尋ねる。当然ながら、エルトン伯爵夫人というのは偽名である。実際にエルトラン王国に亡命した元フランドル王国の貴族の名前を借りている。
エリカヴィータはフランツ議員のよく禿げあがった頭から汗が噴き出てくるのを見た。今は冬の寒い季節。部屋には暖房がない。それでも集会所に詰めかけた人の熱気とこれから起こるであろう動乱を想像することで、体から熱いものがこみ上げて来ているのであろう。
そしてこのような問いを待っていた。この問いを逆手にとって、ここにいる王党派の民衆を扇動し、日頃の恨みや将来の不安から反乱を起こさせるのだ。
「フランツ議員。私の家はエルトラン王国へ亡命してしましたが、それは命欲しさではありません。残酷で無知、無教養で国を損なう革命政府の害虫どもを倒すために亡命したのです。確かにエルトランより資金を引き出しています。彼の国も王を戴く王国。我がフランドルと同じです。いわば兄弟。彼らの力を利用してフランドルを昔の栄光を取り戻すのです」
ここの民衆は革命政府中枢の政治家たちを軽蔑していた。みんな貴族憎しで武力闘争して成り上がった者たちである。政治や経済の知識や教養など持ち合わせているはずがなく、無能ぶりを十二分に発揮している。
経済政策はめちゃくちゃ。政府内では派閥に分かれて、殺し合いをする始末。作る法律はでたらめで出しては無効にする朝令暮改。そして無謀にも外国に戦争を仕掛けて完膚なきまでに敗北する始末だ。
エリカヴィータは興奮を煽るような口調で話し終えると、数秒だけ沈黙した。そしてあたりを見回す。そして群衆の中に仕込んだ部下に合図を送った。見回した視線が静止する。それが合図である。数人の部下が絶妙なタイミングで叫ぶ。
「そうだ、そのとおりだ!」
「革命政府のアホどもを引きずり下ろさないと国が滅ぶ!」
「ロペスの野郎を第一執政官から追放しろ」
ロペスとは革命政府の主導者。フランドル共和国の支配者であるロペス・ヴィリヤーノのことである。弁護士出身のロペスは政権を握ると自分に反対する人間を次々と粛正。この王党派が多い南部では、豊かな商工業者が犠牲になった。ロペスの政治は「平等」が原則。豊かな者たちから富を奪い、貧しい者に分け与えることをしたことで、最初は人気を得たがそれも行き詰まった。
平等は人民から勤労意欲を奪い、そして資本家の流出を招いた。能力がない人間が上に立ち、あらゆる産業で混乱が起きた。それは軍隊でも顕著で、素人の市民が士官となり、馬鹿な命令で戦争を敗北に導いてしまった。
「このナーツの町が立ち上がれば、南部の他の町も行動を共にするでしょう」
エリカヴィータは同じように扇動している町でも同じ空気感を共有している。ナーツで反乱が起きれば他の町も続くはずだ。
「よし、武器を取れ。まずは革命政府の出張所だ。駐留部隊の本部も襲え」
フランツ議員はそう命令した。人々は密かに用意していた剣や槍を取って出張所を襲う。不穏な空気を感じて革命政府の役人はとっくに逃げ出していたが、駐留軍はわずか20名の小隊であったから、町の住人の数に驚き、すぐに降伏したのであった。
ナーツの町同様に7つの町が革命政府に対して反乱を起こした。これは唯一残っていたフランドル革命軍の2個師団の行動に影響を与えることになる。反乱の鎮圧に使われることになったのだ。
これによって首都を目の前にして停止したエルトラン大陸派遣軍への攻撃はなくなり、フランドル革命軍は首都包囲の危機に見舞われた。
これはリビングストンで行われている休戦協定に大きな影響を与える。国内で反乱が勃発によって、フランドル全権大使のハリスは、強気な戦術を取れなくなったのだ。




