うっかり、艦橋を制圧してしまった
しばらく、休んでしました。久しぶりの投稿です。
「わ、我はお父様の名代としてここに来ているのだ」
エリカヴィータに言われてクローディアはそう当然のように答えたが、クローディアはクローディアで、エリカヴィータがこのドゥラメンテに乗っていることが気になる。
「お前こそ、どうしてこの船に乗っているのだ?」
そうクローディアは聞いてはみたが、理由は分かっていた。セオドアの命令に違いない。悔しいがエリカヴィータの戦闘力はクローディアにはないものだ。この状況下において、心強い人間であることは分かっている。それでもクローディアの心は振り払えないもやもやで満たされる。
「私はセオドア様の命令でここにいる。貴族のお姫様がそんな恰好をして、宰相である父親の名代って、無理はないか?」
エリカヴィータの質問は少々意地が悪い。貴族のお姫様は男装して、このような危険な場所に来ることはありえない。
(要するにこのお姫様はセオドア様が好きだってことだ。本人は自覚していないようだが……)
エリカヴィータは前々からクローディアは危険な存在だと認知していた。ただ、彼女は公爵令嬢でその身分の高さから、セオドアの伴侶にはならないとは思っている。思ってはいるが、このお姫様は油断がならないと警告音がエリカヴィータの頭の中でけたたましく鳴っているのだ。
しかしながら身分が邪魔をしている点では、エリカヴィータも同じである。彼女は平民。辺境伯とはいえ、名門貴族であるセオドアの伴侶になるのは難しい。
しかし、身分差のある妻を迎えるケースがないわけではない。場合によっては側室という手もある。エリカヴィータは現実的な考えの持ち主だ。セオドアの傍にいられるのならば、2番目でも問題ないとまで思っている
「無理ではない。デュワノマール将軍のご家族は救出した。無事であることを伝える際に、宰相の娘である我の言葉なら将軍も信じる」
この答えには信ぴょう性がある。面識のないセオドアが伝えたところで、家族のことを心配しているデュワノマール将軍を納得させられない可能性は否定できないだろう。エリカヴィータは仕方ないというような口ぶりでこう答えた。
「そういうことにしといてやる」
「しといてやるとは無礼な女だな」
2人はそう言葉を発してにらみ合いになる。セオドアは慌てて仲裁に入る。
「2人とも今は戦闘中だ。そういうことは港に帰ってからにしてください」
セオドアとしては、なぜ2人がこんなよそよそしい会話をするのか理解できない。
「セオドア様、敵兵は大方排除しました。残りは艦橋に立てこもっています。人数は5人以下だと思われます」
エリカヴィータの顔は戦闘モードに切り替わった。確かにこの状況で貴族のお姫様とキャットファイトをしている場合ではない。
不意に耳をつんざく複数の砲声と床から伝わる激しい振動。旗艦ドゥラメンテと2等戦列艦ハピの間に入ったバビットが砲撃されたのだ。左側にいくつも着弾し、炎と煙に包まれる。すぐにバビットも反撃する。
ドゥラメンテはバビットが盾になっているので、ハピからの砲撃から守られている。今のうちに敵兵を排除するべきだ。
「分かった。クロア様はここで待っていてください」
艦橋に突入するのは危険だ。クローディアが付いてきては足手まといである。
しかし、クローディアは首を振る。
「我が行かねば、デュワノマール将軍は説得できない」
「しかし……。敵もまだあきらめていないようです」
「構わぬ。テディなら我を守っても敵は排除できるだろう」
「買い被り過ぎですよ」
セオドアはどうするか迷った。クローディアが言うとおり、彼女の口から話した方がデュワノマール将軍を説得できるであろう。しかし、艦橋は恐らく修羅場である。公爵令嬢がいてよい場所ではない。
そんなセオドアの迷いを打ち払うようにエリカヴィータがこう言った。
「セオドア様、お姫様の好きにさせましょう。付いてくるなと言っても付いてくるでしょう。それならば、近くで見ていた方が返って安全です」
エリカヴィータの意見に深く頷くセオドア。それに頬を膨らませて抗議をしたクローディアであったが、エリカヴィータの言うとおり、時間はあまりない。
ドゥラメンテの盾になり、2等戦列艦ハピからの砲撃をまともに受けたバビットは炎上中。それでも並走を続けて果敢に反撃をしている。
他の艦は状況が分からず、恐らく対応を巡って幹部たちが激論を交わしていると思われた。
セオドアとエリカヴィータは、艦橋へ続く階段へ向かうとそこはバリケードが作られ、簡単には突破できないようになっていた。
(ならば……)
セオドアは艦橋に近い帆柱を見る。帆を張るロープがいくつか見えた。柱に登って、そのロープで振り子のようにして体ごと艦橋に突入することを考えた。
かなり危険な方法であるが、敵もまさかそんな方法で高い位置にある艦橋に飛び込んでくるとは思えないだろう。
「クロア様は待機。自分とエリカで艦橋に飛び込み、制圧するので合図をしたら下の階段から来てください」
そうセオドアはクローディアに言い聞かせた。そうしないとこのお姫様。自分もロープを掴んで艦橋に飛び込みかねない。
「わ、わかったぞ」
クローディアもさすがにそれは危険だと分かったようだ。こくりと頷いて帆柱を見上げた。
「わかればいいです。それではエリカ、行くぞ」
セオドアは慣れた手つきで帆柱に登る。エリカヴィータも後に続く。上まで登るとロープを握った。そして艦橋めがけて飛び出した。ぎゅーんと風切り音を立てて、一直線にセオドアを艦橋まで運ぶ。セオドアはロープを離すと両足で大きなガラス婆度を蹴破った。
まさかガラスを破って人が入って来るとは思っていなかったのだろう。エリカヴィータとセオドアが床に転がり、攻撃態勢をとるまで誰ひとり動けなかった。その隙をセイレーンの魔女が見逃すはずがない。
中にいた敵兵士を瞬く間に制圧する。艦橋で人質となっていた幹部やデュワノマール将軍を解放する。さらに階段を占領していた兵も後ろから攻撃して排除する。全部で7名の兵士の死体が転がった。
「君たちは誰だ?」
解放された副長がセオドアとエリカヴィータに詰問をする。セオドアは戦列艦ハピから派遣されてきた部隊だと答えた。
「援軍、感謝する。艦長、これで敵の目論見は潰えました」
そう副長は艦長のデュワノマール将軍を見たが、その顔は真っ青であった。セオドアは艦長の顔色の理由が分かっていたが、敢えて、このような状況になった理由を聞いた。
副長は突然、武装した一団に船の操縦が乗っ取られ、この艦橋も制圧されたことを説明した。船の乗組員に紛れ込んでいたらしい。
しかし、そのようなことが簡単に起こるはずがない。副長も異例な新乗組員の名簿を見て、艦長に問いただしたのだが、デュワノマール将軍が強引に認可したのである。
ここに至って、艦長がこの反乱劇になんらかの関わりがあることは明白であった。それが今の表情になっていると考えれば合点がいく。
青白い顔の艦長は小さな声で何度かつぶやいたのち、はっきりとした声でこう話した。
「お前たち、何ということをしてくれたのだ……」
そしてこう続けた。
「お前たちのせいで……我が妻と娘が……」
そういって艦長席から崩れ落ちた。
「大丈夫ですよ、デュワノマール将軍。奥様とお嬢様は無事に救い出しました」
セオドアはそう言った。デュワノマール将軍は顔を上げてセオドアを見る。
「そんなことは信用できない。この船を沈めねば殺される。それもむごい方法でな」
「昨日、王国軍が監禁先を突き止めて救出しました。信じてください」
「信じろといっても無理がある。そもそも貴様は誰だ。海軍士官ではないだろう。なぜ、私の妻と娘のことを知っているのだ」
こういわれるとセオドアは困る。自分は海軍士官でもないし、今は軍人でもない。いうなら一介の大学生だ。そんな立場の人間が話したことが信用されるわけがない。
「きゃああああ~」
突然、甲高い悲鳴が聞こえてくる。セオドアはその声のする方を見て驚いた。クローディアが綱に掴まって、こちらへ渡ってこようとしていたのだ。体の重さで振り子のように向かって来るのだが、想像以上にスピードが出てしまったようだ。
「クロア様!」
セオドアは駆け寄った。セオドアとエリカヴィータが破った窓から、飛び込んで来たクローディアを抱きかかえる。
「無茶なことを!」
艦橋は制圧したのだから、下から階段を登ってくればよいのに、その時間を惜しんだらしい。
「あ、あなた様は……」
飛び込んで来たクローディアを見て、デュワノマール将軍は何もかもを悟った。王国の宰相の娘であるクローディア姫がこの場にいるということは、敵を殲滅した2人組が正当な人間であることを物語っていた。
「これは奥様の手紙です」
クローディアはそう言ってデュワノマール将軍に預かっていた手紙を渡した。長年連れ添ってきた妻の筆跡である。デュワノマール将軍の目から涙があふれて来る。
「そうか……妻も娘も……」
「提督、今は反乱軍を鎮圧することです。攻撃をお命じください。」
先ほどの危険な冒険で恐怖で顔が引きつって、少し涙が出てしまったのものの、毅然とした態度に戻ったクローディアがそうデュワノマール将軍に促した。
将軍は頷いた。家族を人質に取られていたとはいえ、この反乱を黙認し、王国の象徴たる戦列艦を沈める手助けをしてしまった。
罪は問われるだろうが、今は第1艦隊を率いる最高責任者としてその職務をはたさなければならない。
「乗組員に告ぐ。砲撃戦の準備にかかれ!」
王国最大の戦列艦デュラメンテがすべての砲を反乱した戦列艦ハピに向けられた。




