うっかり、白兵戦に参加してしまった
「何だって、ドゥラメンテで反乱が起きているだと!」
セオドアの進言に1等戦列艦バビットのルイス艦長は驚きの声を上げた。セオドアの指摘は、ドゥラメンテの様子を見れば正しいことが分かる。ルイス艦長としては、急ぎ、ドゥラメンテへ接舷して反乱兵を制圧することが求められている。
「このまま、バビットを接近させ、ドゥラメンテへ兵を送り込む。このバビットが続けば、2等戦列艦のハピとモーリスも続くであろう」
そう言ってルイス艦長は命令を下そうとした。それをセオドアは止める。
「艦長、敵はドゥラメンテ内だけではありません」
「ど、どういうことだ?」
ルイスはセオドアの言葉を解釈できない。
「敵の主力はドゥラメンテ左舷の2等戦列艦ハピです。あの船は既に敵に乗っ取られています。あの距離から砲撃されれば、いくら浮沈艦として名をとどろかせるドゥラメンテもひとたまりもありません」
「ハピだと……そんな馬鹿な」
ルイス艦長はそう言ったが、前方の艦列を見ていた士官が驚くべきことを報告した。
「艦長、ハピが徐々にドゥラメンテと距離を開けています」
確かにドゥラメンテの左を並行して進んでいた2等戦列艦ハピが、徐々にその距離を広げていくのが見えた。ドゥラメンテの右隣に位置する2等戦列艦ドルチェモアは変わらぬ距離を保っているので、この行動はおかしい。
「この艦をドゥラメンテの左隣に前進させ、ハピの攻撃からの盾とします。同時に砲撃してハピを撃沈します」
セオドアはそう進言した。バビットを割り込ませてドゥラメンテを守ると同時に、接近してドゥラメンテに乗り込み、船の治安を回復する。ドゥラメンテに乗り込んだロイッシュ兵を掃討し、乗っ取られたハピを砲撃して沈めれば、被害は2等戦列艦の損失のみとなる。
「友軍の船を沈めろというのか?」
まだ判断を決めかねるという口調の艦長に、セオドアは淡々と答える。
「あの動きを見るともはや友軍ではないですよ。早く行動に移さないと我が国の象徴でもあるドゥラメンテを沈められますよ」
「艦長、早く命令すべきだ」
ここでセオドアの後ろに立っていたクローディアが口を開いた。水兵の格好はしているが、明らかに華奢な姿なので女性であることはバレバレである。緊迫した状況で、当たり前のようにセオドアと一緒に来たので、艦長を始め、艦橋にいた士官や兵士は、クローディアのことを気に留めていなかった。
しかし、この発言で強烈な違和感を覚える。ルイス艦長は、自分に対して上から目線のこの発言に一瞬戸惑い、そして不愉快な思いがふつふつと湧き、そして声を発した人物の顔を見て青ざめた。
(この令嬢どこかで……見たことが……)
横柄な言葉を発したものの、よく見れば気品は隠せない。そう見てもやんごとのない家の令嬢だ。そしてルイス艦長はこの高慢ちきだが、恐ろしく美形の令嬢を見たことがあった。
あれは第1艦隊の艦長、佐官レベルの将校を集めたパーティーの出来事だ。宰相であるバーデン公爵家の令嬢の顔をそっくりだ。
「あ、あなた様はまさか、バーデン公爵家の……」
「我はクローディア・バーデンだ。艦長殿には一度会ったことがある」
「な、なぜ、この船に?」
ルイス艦長はこの状況が理解できない。宰相の令嬢を艦に招いたことはないし、許可した覚えもない。クローディアが水兵の格好をしているところを見ると、無許可で乗船したことは間違いがない。
「艦長殿、早く、命令を。テディのいうとおり、事は一刻を争う」
そう言ってクローディアは指を差す。2等戦列艦ハピはドゥラメンテとの距離を徐々に開けている。理由は明白だ。砲撃を行うためだ。あまり近すぎると爆発に巻き込まれることを警戒しての行動だ。
「分かった。総員、全力前進。帆を上げろ、速度を上げる。ハピとドゥラメンテの間に入り込む。同時に白兵戦の用意を。ドゥラメンテに接岸し、敵兵を殲滅する」
ルイス艦長はそう命令した。命令は即時実行された。バビットは速度をみるみる上げて、前方を進むドゥラメンテとハピの間へその船体を突っ込ませた。
*
一方、ドゥラメンテの甲板で戦い続けるエリカヴィータは、信号を送ってから数分後に送った先の戦列艦が速度を上げるのを見て安堵した。
(さすがは少佐だ。私の合図が理解できた。ああ、なんと頼もしい男だろうか)
戦いが進行中の中、狙い撃たれないようにするためには、不完全な手旗信号を送るしかなかった。普通なら全く気が付かない。気が付いたとしても何の意味か理解できないだろう。
(それなのにセオドア様は正確に私の信号を理解した。まるで一心同体。ああ……。やはり、セオドア様は私の運命の人だ)
銃弾が飛び交う中、幸せな気持ちに溢れるエリカヴィータ。先ほどからロイッシュ兵と思われる敵兵を3人狙撃で倒し、接近戦を挑んできた大男の首をナイフで掻き切って倒したところだ。返り血を浴びて凄惨な姿であるのにだ。
「中尉、敵の主力は艦橋に立てこもった模様です」
エリカヴィータと顔見知りの甲板長がそう報告した。階級は軍曹なのでエリカヴィータの方が上である。船の推進力である帆を壊そうとした敵兵は大方殲滅したが、残った敵は船の司令塔である艦橋を占拠したようだ。
(そう来るか……)
エリカヴィータは、この状況から敵の狙いがこの船を撃沈することだと確信した。彼女の今の任務はドゥラメンテに潜んでいたロイッシュ兵の殲滅。彼らの目的はドゥラメンテの撃沈。そのために船の推進力を奪おうと動力源である帆を壊そうとした。それが防がれた今、彼らがやるのは舵を壊すか、火災を起こすかである。それが叶わない場合は、船の指揮系統を麻痺させること。
艦長以下、この戦列艦の頭脳を抑えてしまえば、反撃することはできないであろう。
(妥当な作戦だ。しかし、奴らは分かっていないぞ)
エリカヴィータはスピードを上げて近づいてくる戦列艦バビットを視界に収た。それは彼らの企みがすぐに潰えることを意味していた。そして、この作戦でこの船に乗ったロイッシュ兵の運命を気の毒に思った。
(この作戦が成功しようが、失敗しようが、彼らは生きて大地を踏むことはできない)
成功すれば、ハピからの砲撃で船とともに沈み、失敗すればエルトラン兵に殺されるのだ。
「中尉、バビットが接舷します」
甲板長が指を差す。大きな木製の橋が落ちて来る。これは船の横に取り付けられた他の船に乗り込むために設けられた装備だ。この橋を渡して友軍の船に乗り込んだり、敵船への白兵戦に用いたりもする。
バビットから陸戦兵が乗り込んでくる。その中にエリカヴィータの待ち望んでいた人物を見つける。
セオドアである。後ろには小柄な水兵が付いてきている。
「セオドア様、待っていました」
「エリカ、状況はどうなっている?」
「敵兵は少数でしたので大方は撃退しました。今は少数が艦橋を占領して、船の首脳部を人質に取っている模様」
そうエリカヴィータは報告し、セオドアの後ろに控えている水兵を見て驚いた。明らかに場違いな人物がそこに立っている。
「あ、あんた何やっているんだ?」
エリカヴィータにとっては最も警戒しないといけない女である。




