うっかり、宰相閣下に話してしまった
「それは本当か?」
クローディアはセオドアの相談に目を丸くした。そんな大きな陰謀話がセオドアの口からもたらされたのは意外であったが、彼の正体から考えればありえないことではない。
「恐らく、艦隊司令官デュワノマール将軍のご家族に何かあったのだと思います。彼は評判の愛妻家であり、一人娘を溺愛しているとのことですから」
「なるほど。我はお前の策略が読めたぞ。我に相談したということは、バーデン家の力を借りたいということだな」
セオドアはクローディアの頭の回転の良さに感心する。この女はただの悪役令嬢ではない。人にはその役割にあった器というものが存在するが、この女はやはり国を動かす王妃たる器である。セオドアは素直に頷いた。
「自分ごときが王国警備隊に話しても取り上げてはくれないでしょう。仮に取り上げたところで事が大きくなります。そうなれば敵にも察知されてしまうでしょう。ここは極秘に動くべきかと……」
緊急事態である。こういうときは非正規の力の方が、圧倒的に早く、そして秘密裏に対応できる。
「お主も悪よのう」
クローディアが眉毛を寄せて悪人顔でそう顔を近づけた。この場合の「悪」とは、法の裁きを避けてことを動かすことを指す。クローディアは、セオドアの考えを一瞬で見抜いた。
「バーデン家の私兵部隊は極秘任務に長けていると思いますので」
「その判断は良しだ」
(良しかよ!)
「我がバーデン家の私兵集団は、暗殺、誘拐、殲滅、恐喝に悪評を広めるまで自由自在だからな」
(怖いよ……その集団)
セオドアは王国宰相バーデン家の裏の顔も知っている。政治力に長けた好人物を輩出する家ではあるが、裏では政敵を陥れる工作をしている強かな一族なのである。
「まずはデュワノマール将軍の家族の救出です。どこに監禁されているのかはある程度予想ができます」
「……なるほど。我も分かったぞ。あの蜘蛛狩り事件の本当の目的が」
「さすがクロア様です」
セオドアはそうクローディアを褒めたが、当のクローディアはあまりうれしそうではない。以前から、蜘蛛狩り事件には何か裏があると思っていたし、それを見越してセオドアが密かに動いていたことを察知していた。監禁場所がおおよそ見当がついたのも、セオドアがそう仕向けたように感じたのだ。
「なんだか、お前の策略に我は利用されているようだが……」
「そんなことはありませんよ。それにこの事件は王国にとっては一大事。これを解決できるのはクロア様しかいませんよ。自分ではできないことです」
「……ふむ。そういうことにしておこう。それで第1艦隊の出航は明日だったな」
「はい。時間はほとんどありません」
「うむ。、任せておけ」
そう言うとクローディアはすぐに王宮に向かい、父であるウィリアム・バーデン公爵に秘密裏に面会を申し込んだ。セオドアにも同行するように命令したのは、自分の父親にセオドアを見せておこうと思ったのだろう。
激務に追われる宰相が愛娘の要望とはいえ、時間を割いて会ったのはわけがあった。彼女がセオドアという青年を伴っていると聞いたからだ。すぐに秘書に時間を調整するよう伝え、30分という面会人と会うのにはかなり長い時間を確保した。
「なるほど、第1艦隊の司令官の家族が拉致された可能性が高いと」
「そうです、お父様。これは我が国の一大事です」
「……なるほどね」
クローディアはセオドアの推測を父親に話す。人払いをした宰相室のソファにテーブルをはさんで父娘は話している。セオドアは発言することなく、座っているクローディアの背後に立っている。
「お父様、赤影とその部隊をお貸しください」
「それを使ってお前はどうするのだ?」
「お父様、ふざけないでください。時間がないのです。拉致されたデュワノマール将軍の家族を救出するのです」
(くくく……)と宰相は笑った。同じ金髪で悪人顔をイメージさせる目つき。クローディアは父親似の容姿を色濃く受け継いでいる。この悪人顔の宰相であるが、その政策は常に正しく、国益にかなっていた。長い大陸での戦争を経ても、エルトラン王国の屋台骨はゆらぎもしない。
「艦隊の出航は明後日だ。そんなに早く救出などできるものか。第一、誘拐されたという家族の行方も分からないと言うのに……」
「いえ、わかっています」
クローディアの自信ありげな返答にウィリアム・バーデン公爵は、その視線を娘の背後に控えるセオドアに向けた。
「ほう……それはどこだ?」
「それは……」
クローディアは自分の推測した場所を答えようとした。それはセオドアの考えと同じである。しかし老練な宰相は右手でそれを制し、セオドアに答えるよう促した。
「わたしですか?」
セオドアはやはり気づいたかと思った。王国の実力者を欺くことなどできないことは分かっていた。
「そうだ。娘をたきつけたのは君だろう?」
「お父様、セオドアは我の下僕です。彼がこの提案をしたのは事実ですが、この問題を解決する決断をしたのは我です」
クローディアはそう抗議をした。しかし、父親は取り合わない。
やれやれといった感じでセオドアは答える。後でクローディアにこっぴどく叱られるだろうことは覚悟した。
「ボニファティウス王立大学です」
「え!」
セオドアの答えにクローディアは驚いた。拉致された家族の居所など、セオドアは一言も教えてくれなかった。
「蜘蛛狩り事件は目くらまし。本当の狙いは第1艦隊への作戦実行。あの騒ぎの最中にキャンパスの中に拉致した家族を移動させたと見るべきでしょう。大学内は基本自治権があり、警備隊は立ち入り禁止。これ以上ない監禁場所でしょう」
広い大学の敷地内には学生や職員の寮、あまり使われない倉庫等がある。あのテロ事件の最中であれば怪しまれないし、現在も捜査中という理由で学生が立ち入れないエリアもあるのだ。
セオドアはそう言って宰相を見る。ウィリアム・バーデン公爵は、両手を上げて参ったという仕草をした。
「くくく……これは降参するしかないな。やはり、君は娘の傍にはふさわしくない。可愛い私の娘が暴走するではないか」
「お父様、それはどういうことですか……」
頭の良いクローディアは頭では理解していたが、自分が騙されていたことを受け入れられないでいた。
「クロア様、宰相閣下は既にこの事態を予想して動いていたということですよ」
「まあ、否定はしない。まさか大学内とはな。これまで王都とその周辺を洗っていたが、灯台下暗しとはよく言ったものだ」
「ならばお父様。救出作戦と並行して、このことをすぐにデュワノマール将軍に伝え、艦隊に仕掛けられた罠を取り除くべきでは?」
クローディアの意見は最もではあったが、既に敵はデュワノマール将軍周辺にいて監視をしているだろうし、どうやって第1艦隊を乗っ取ろうとしているのかが分からない。
「いずれにしてもだ。すぐに救出部隊を大学に向かわせる。監禁場所が特定されしだい救出を行う。お前がこのような陰謀に関わる必要はない」
「お父様……」
ウィリアム・バーデン公爵は服のポケットから、時計を取り出すと時間を確認した。そしてクローディアとセオドアに退出を命ずる。このことは責任をもって解決すると娘に約束したのであった。




