うっかり、マスコミ支配の旨味を教えてしまった
一方セオドアは元部下に対して弁明中である。戦争は収束に向かっており、部下たちが戦闘することがない状況で軍を辞めたので、けっして責任放棄をしたわけではないのだ。
「無責任……まあ、部下を置いて本国に帰ったのは悪いと思っている。だが引継ぎはオイゲン中佐にお願いした。最低限だが責任は果たしたと思うけど。それに僕が帰国してから、休戦条約も結ばれて戦闘は行われていないはずだけど」
「いいえ、そういうことではありません。少佐は私に対する責任を取ってください!」
「え、え、え……エリカ、君に対する責任って?」
セオドアは慌ててエリカヴィータを見る。無表情なので何を考えているのか分からない。それにエリカヴィータ中尉に対して人に言えないようなことをした記憶は一切ない。
「……どうやら少佐は分かっていらっしゃらないようです」
エリカヴィータはそう言うと咳ばらいをした。そして深呼吸をする。
「わ、わたしは少佐と……」
ドンと突然ドアが開いた。妹のシャルロッテが息を切らしている。
「シャ、シャル、どうしたお客様の前だぞ」
「お、お兄様、それが、バーデン公爵令嬢様が突然いらっしゃって」
「え?」
セオドアは驚いた。今日は客が来るので学校は休むと言ってあったはずだが、わざわざクローディアがやって来るとは、よほどの緊急事態に違いない。
そして突然やって来た傍若無人な令嬢はずかずかとセオドアの慎ましい屋敷のリビングに足音を高らかにやって来た。
「テディ、一大事だ。ブルーベル新聞について意見が聞きたい!」
第一声はそれである。セオドアしか視界に入っていない。けれども、セオドアが自分の方を見てから視線を変えたのを見て、クローディアはここでセオドアが誰かと話していたことに気付いた。
エルトラン王国陸軍の士官の制服を着た無表情の女だ。年齢は同じくらいな感じだが、階級章を見ると年上だろうと推測できた。ちなみにクローディアには階級章からエリカヴィータが中尉であることは分からない。
「テディ、誰だ、この女は?」
(いきなりかよ!)
いくら何でもかなり失礼な聞き方だ。自分の身分がエリカヴィータよりもかなり上と知っての物言いだろう。こういうところが悪役令嬢と言われてしまう理由だ。
エリカ
ヴィータの方は相変わらず表情を変えない。しかし、その心はきっとこう思っているだろう。
(なんだ、この失礼な小娘は!)
セオドアは慌ててこの状況を打開しようとお互いを紹介する。
「クロア様、こちらは昔の友人のエリカヴィータ・ドーレス中尉」
こう紹介してからセオドアは困ったことになったと思った。セオドアが元軍人で大陸派遣軍に従軍していたことはクローディアには話していなかったからだ。
(まあ、このお姫様はきっとそれくらいは事前に調べているだろうけど)
王国宰相を務める名門のバーデン公爵家の令嬢である。周りに従える人間の素性はある程度は調べているだろう。セオドアのことは極秘な部分もあるので、バーデン家でもすべてを知ることは容易ではないが、セオドアが過去に軍にいたことはお見通しのはずだ。そしてそれより詳しい話を、目の前のエリカヴィータは最もよく知っている人物なのだ。
彼女の口からクローディアにセオドアの過去を話されると面倒臭いことになる。(これは2人を近づけるわけにはいかない)それがセオドアの結論だ。身分も違うし、生きる世界も違うからここでうまく離せねば、今後接触することはないであろう。
「……こちらはクローディア・バーデン公爵令嬢。今通っているボニファティウス王立大学の同級生だ」
そうセオドアはクローディアを紹介した。差しさわりの無い紹介だけしておけば、クローディアが軽く流して終わりだろう。エリカヴィータも高貴な身分のお姫様には興味はない。ところが、クローディアは言わんでもよいことを付け足す。
「テディは同級生兼我の忠実なる下僕だ」
(おいおい……)
セオドアは余分なことを言うなと内心凍り付く。しかし、エリカヴィータは表情を変えず、敬礼をする。
「バーデン公爵宰相閣下のお嬢様、小官はこれで失礼します。それでは少佐、また来ます」
そういうと45度の礼をかちっと決めて回れ右をすると部屋から退出していったのだ。セオドアはため息をつく。
エリカヴィータ中尉が訪問した理由が分からないのだ。そしてここでクローディアとの偶然の鉢合わせ。なんだか嫌な気がするが、それは目の前のクローディアに対してもそうだ。
「テディ、昔の友達が軍人……しかも女とはな」
「しかもあの女、無表情だがなぜか我には分かるぞ。我を敵視するような目じゃった」
(そんなわけないだろう)
セオドアはそう思ったがクローディアの想像は斜め上方向へ伸びていく。
「まさかお前の元カノじゃないだろなあ?」
「元カノって、公爵令嬢にしては下世話な言葉を知っているようですね」
「大学で学んだのだ。まあよい。それより、我の用件だ」
(よかった~)とセオドアは思った。どうやら最初の目論見通り、クローディアは女軍人のことなどスルーするようだ。それにエリカヴィータはセオドアのことを少佐と呼んだが、そのことはスルーしたようだ。
「用件とは?」
「ブルーベル新聞のことだ」
セオドアはクローディアからブルーベル新聞のフェイク記事について話を聞く。直接、編集部へ乗り込んで直談判したことも聞いた。
元々、セオドアはこの問題を危惧していた。またもや面倒なことに巻き込まれると警戒していたのだ。
(やっぱりね……)
セオドアの想定範囲内である。そして既に対抗策も考えていた。
「クロア様。ブルーベル新聞が嘘記事を書く低レベルの新聞になったことを残念に思っている人間がいると思いますよ」
「……ブルーベル新聞部の中にか?」
「そりゃそうでしょう。あの新聞は伝統ある部です。編集部の中には今のブルーベル新聞上層部の方針を苦々しく思っている人間がいるはずです。そういう人物を支援して別の新聞部を立ち上げてはどうでしょう?」
クローディアはセオドアの提案をじっくりと考えた。そういう発想はなかった。確かに今のブルーベル新聞のやり方を批判する人間は、部内にいそうだ。
「なるほど。独立させて我を称えるお抱え新聞にするということだな」
(違う~っ!)
セオドアは心の中で否定した。
(権力者が自分を称える新聞を作るなんてどんな独裁者発想だよ!)
(このお姫様、内心は腹黒か!)
「クロア様。それでは発想が今のブルーベル新聞の編集長と同じですよ。マスコミはあくまでも公平で公正でないといけません。時にはクロア様を批判するくらいでないと人々は信用しませんよ」
「なるほど……。だとしたら、我がスポンサーになったら良くないと思うのだが」
セオドアはこういうところがクローディアの賢いところであると感心する。ただの頭の悪いお姫様ではない。いくらブルーベル新聞に不満があっても、クローディアに資金を出してもらって離反するのは違うはずだ。
「資金面については、クローディア様が表にでないようにします。まずは不満を持っている部員に声をかけることです」
「なるほど。そういうことなら既にお前は心あたりがあるということだな」
クローディアはにやにやしている。先ほどの怒りがどこかに行ってしまったようだ。
「あります。実はブルーベル新聞部員に伝手があるのです」
セオドアはそう言って自分がその人物に接触して事を進めることを提案した。新部活に対する資金とキャビネットによる認可はクローディアの仕事である。
「分かった。任せる」
クローディアはそう答えた。




