うっかり、修羅場になりそうな感じになってしまった
「セオドア少佐。まさか少佐が都で大学生をしているとは夢にも思いませんでした。どういう風の吹き回しですか?」
セオドアはある人物と面会している。その人物は女性。銀髪のストレート。肩できれいに切りそろえられたヘアスタイルであるが、頭には軍帽を被っており、身に付けている服は軍服である。肩の襟章は中尉の階級を示す2本線である。
軍に詳しいものなら、青が基調のエルトラン王国陸軍の軍服とは少し違い、黒基調からして特殊部隊通称『ハーデス連隊』の将校であることを示していた。
「エリカヴィータ・ドーレス中尉、久しぶり。それと僕は軍を辞めたので少佐じゃないよ」
セオドアは少し笑顔を浮かべた。大陸派遣軍で自分の部下であった女性である。今も大陸派遣軍で戦場にいるはずであったが、なぜか目の前にいる。会うのは1年ぶりである。ちなみにセオドアより小柄で幼く見えるが、年齢は21歳。3つも年上である。
しかし21歳とはいえ、陸軍中尉はエリートである。しかし彼女は平民出身である。士官学校を出たわけでもない。一兵卒からのたたき上げで士官となった。貴族出身でもなく、女性の身で陸軍中尉という階級にあるのは、戦場で挙げた手柄の成果だ。
(セイレーンの魔女は相変わらず健在だな)
セオドアは一緒に戦場で戦った戦友の元気そうな顔を見て笑顔になった。セオドアからセイレーンの魔女と呼ばれたエリカヴィータは無表情で全く感情が読み取れず、どちらかというとセオドアに対して怒っているような感じさえもある。
兄と一緒に昔の友というエリカヴィータに会った妹のシャルロッテは、この陸軍士官の女性が何をしに会いに来たのか分からなかった。もしや、兄をまた戦場に誘いに来たのかと警戒する。
「エリカ、まあ、遠くからここまで来たのだ。疲れているだろう。お茶でもどうだ?」
そうセオドアはエリカヴィータのことを愛称で呼び、応接間に通してお茶とお菓子を出すように老齢のメイドに命じたのだ。
セイレーンの魔女とは、敵であるフランドル軍が付けたあだ名である。彼女の率いる第22狙撃小隊は敵国から悪魔の代名詞のように恐れられていた。狙撃小隊の任務は敵指揮官の狙撃による排除。
長距離用のライフルによって指揮官を撃ち抜くということで、戦況を大きく変えることに貢献していたのだ。この効果は絶大でフランドル軍はこの小隊の狙撃によって攻勢に転じた戦線が一挙に崩れ、大敗北を招く事態まで陥ったこともあるのだ。
そしてこの小隊で最も恐れられているのが、隊長のエリカヴィータなのだ。よって彼女は海で美しい歌を歌い、船員を誘惑し殺すセイレーンに例えられて恐れられているのだ。
無論、そんなことは妹のシャルロッテは知らない。美しいが表情のない女軍人に恐怖感を感じているようだ。
「なぜ少佐は軍を辞めたのですか。ご両親が亡くなられたのと何か関係があるのですか?」
出て来たお茶に目もくれず、エリカヴィータはセオドアにそう迫る。セオドアはすぐに答えずにゆっくりとカップを持ち、一口飲んで目を閉じた。
「まあ、そういうことだ。戦争なんかするものではない」
「……納得がいきません。少佐は私に戦い方を教えてくれました。おかげで私は軍に居場所を見つけました。それなのに少佐は軍を辞められるとは……無責任です」
(ありゃりゃ?)
扉越しに中の様子を伺っていたシャルロッテは何だか分かってしまった。あの無表情で怖い雰囲気の陸軍中尉がセオドアに会いに来た理由をだ。
(お兄様ったら、やっぱり無自覚に女性の気持ちを揺さぶっている)
シャルロッテはこの状況を妹としてどう対応しようかと考えた。このまま放っておくと、兄が予期せぬ女性トラブルに巻き込まれてしまう。
「旦那様、シャルロッテ様、お客様がいらっしゃいました」
随分と慌てた様子で、屋敷に通いで来ている老婆がそう言いながら、慌てて玄関からやってきた。部屋から素早く出たシャルロッテは老婆から来客の名前を聞いて驚いた。
シャルロッテが知っている限り、こんな質素な屋敷に来るような人物ではないのだ。慌てて部屋に入って兄に来客を告げようとしたのだが、その来客は案内を待ちきれずに玄関からこちらに向かっているようだ。屋敷といっても少々広めの一軒家に過ぎない借家だ。足音がどんどん近づいてくるのが分かる。
シャルロッテは足音がする方へ向かうしかない。今から何だか修羅場になりそうな兄の代わりに、やって来た客に挨拶をしないといけない。




