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うっかり悪役令嬢を落としてしまいました  作者: 九重七六八
第3章 キャビネット編
50/90

うっかり、ブルーベル砲を喰らってしまった

「メイン記事は上がったか?」

「はい。編集長、この見出しでよろしいでしょうか?」

 

 ブルーベル新聞の発行を取り仕切る編集長のラスカル・アドラーは、鉛筆を耳に挟み、椅子に座って足を組んだまま、今週末に出す新聞のゲラに目を通した。


「ダメだ。こんな見出しでは注目されないぞ」

「はい……。しかし、どうしたら……」

「表現が弱いんだよ。見出しは新聞の顔だ。売れ行きを左右する。クローディア様の熱い夜……まだインパクトが足りない」

「はあ……」


 部員はため息をついた。記事はクローディアが貴族の夜会でチャリティパーティを開いた様子を取材したものだが、内容は全くのデタラメだ。チャリティパーティをしているのは事実だが、そこで男性貴族と談笑している写真を盗み撮りして、男漁りをしていると捏造しているのだ。

 確かに複数の男性参加者と踊ったり、談笑したりしている場面はあったが、それはダンスパーティーだからであり、淑女はダンスを申し込まれれば受けるのがマナーである。

 それを『男漁り』などと書かれれば名誉棄損である。さすがにクローディアは黙っていないだろう。王国宰相の家柄であるバーデン家に喧嘩を売る行為だ。

 だがラスカルは恐れてはいない。彼の頭の中は歴代最高部数を売るということだけに占められていた。それにバーデン家の圧力は怖いがそれ以上の味方もいることが彼の強気の源泉であった。


「ここは『クローディア様、一晩の恋人は3人も……ご乱心の長い夜』だろう」

「いや、編集長、さすがにそれはアウトかと……。クローディア様は3人と貴族とダンスしましたが、一人は兄のクラウス伯爵ですし、あと2人はチャリティで多額の寄付をした老齢の貴族の方ですし……」

「そんなことだから、売れ行きが低迷したのだ。3人とダンスしたことは事実だ。嘘は書いていない。要は売れればよいのだよ」

「しかし、さすがにバーデン公爵家が黙っていないのでは……」

「心配するな。こっちにはもっと強い後ろ盾がある」


 ラスカルはそう言ってニンマリした。部員は最近、ラスカルの景気がよいことを知っている。新聞に載せる広告料の増大で得た資金が流れているという。それで毎晩のように豪勢な私的なパーティーを催しているのだ。今日も文学部の女子学生を大量に集めたダンスパーティーに参加するのだ。


「編集長、クローディア様がいらっしゃいました。編集長に話があるそうです」


 別の部員が走って来た。扉の所で他の部員と押し問答しているようだ。


「本人のご到来か。これはチャンスだ。会うぞ。おい、お前、写真を撮れ。隠し撮りだ。場合によっては記事の差し替えだぞ」


 ラスカルはそう部員に命令すると、クローディアを部屋に通すように命じた。部屋へはいって来た時のクローディアは何かを警戒するように辺りを見回した。隠し撮りを警戒してのことだろう。しかし、隠しカメラは簡単にはばれない位置に仕掛けてある。伝統の歴代編集長の顔写真の中の4代目編集長の目に仕掛けてある。まず分からない。壁の後ろに隠れているカメラマンの学生に密かに合図を送る。


「あなたが編集長のラスカルさんですか」

「はい。第77代のブルーベル新聞編集長、ラスカル・アドラーです」


 ラスカルは右手を差し出したが、クローディアは冷たい目で無視をする。ラスカルはにやにやしながら、しばらく右手を出したままにした。この場面を写真に収めさせる。


(よし、友好を示す握手を拒否……。1ついただだき!)


 ラスカルは手をゆっくりと引っ込めると、次にどう怒らせるか策を巡らせた。


「今日はどんな御用で?」

「抗議に来たのです」


 クローディアは最新号のブルーベル新聞の表面を机に叩きつけた。記事にはクローディア様の豪遊。ポリスの資金を流用か?という見出しが躍っている。


「なぜ、我が学生食堂で食事をしただけでポリスの資金を流用したことになるのだ?」

「クローディア様はこの時、7人の女子学生を招いて食事をされていたと聞いていますが」

「それは女子学生に、この大学の設備面での改善点を聞き取っていたのだ。女子学生を増やすこともこのボニファティウス王立大学の課題だからな」

「その時の支払いはどうなされました?」

「ケーキと紅茶のセット8人前だ。1人前は5ディナール。全部で40ディナールだ。我のポケットマネーで出した」

「キャビネットの交際費ではないのですか?」

「そういうものは廃止した」


 これは事実だ。クローディアはキャビネットの副会長として、予算の透明化と健全化に着手していた。全キャビネットまで慣習で続けていた交際費と称する不透明な支出は会長のリックの同意を得て廃止している。


「ほう……。ご自分で出したと」

「決まっている。接待費は厳正に取り扱わないといけない。公の会議や催し物ならともかく、私的な調査に支出するわけにはいくまい」

「さすが公爵令嬢。発想が金持ちですね」

「なんだと!」

「キャビネットの役員は誰もが裕福ではない。副会長の改革は大金持ちだからこそできる芸当」

「ここでお前とそんなことを議論してきたのではない。我は中傷記事をやめろと抗議に来たのだ」


 クローディアの背後にはハンス、アラン、ボリスの3名が付き従っている。いつものようにクローディアの護衛を務めているのだ。


「それで大人数で、この自由の騎手を務める伝統あるブルーベル新聞を脅しにきたと」

「編集長は議論をそらす術に長けているようだな」


 クローディアは話題がかみ合わないことにイライラしている。これはラスカルの術中にはまったといえる。


「術とは副会長様もひどいことを。我がブルーベル新聞は事実しか伝えません。それは大学創立以来の伝統」

「事実しか伝えていないだと」

「そうです」


 クローディアは思いきり右足で床を鳴らした。ラスカルはその音に体ピクリと反応する。


「我が夜会に出席したのは事実だ。ダンスをしたのも事実だが、それがどうして我が不道徳な行為をしていることになるのだ」

「そうは断言しておりません。あくまでも読者が推測しているだけのこと。それとも副会長は個人の頭の中まで縛ろうと言うのですか?」


 ラスカルの主張はどう考えても常軌を逸している。一部の真実を元に憶測するのは罪ではないが、それを広報するのは個人への中傷というものだ。だが、狂ったマスコミというのは往々にしてそういうことをする。売り上げ至上主義になると真実を伝えるという使命を忘れ、大衆迎合してしまうのだ。


「個人の考えは自由だ。だが、それをあたかも真実のように権威ある報道機関が何も知らない学生に知らせるのが問題だと言っているのだ」


 クローディアはそう反論したがラスカルは報道の自由を盾にして、クローディアの主張を受け入れない。挙句の果てには、もしクローディアが実家の権威を使って圧力をかけてきたのなら、徹底抗戦すると息巻いた。


「もう埒が明かない。こうなれば学校側に申し立てる」

「どうぞ、ご勝手に!」


 交渉決裂である。プンプン怒って編集室を出ていくクローディアの後姿を見ながら、副編集長が心配そうにラスカルに声をかけた。


「心配ない。我らにはあの令嬢よりももっと力のある方が後ろ盾になっている」

「バーデン家よりもですか?」


 副編集長の学生はそれだけで後ろ盾が誰だか分かった。王国宰相のバーデン家令嬢を超える力をもっているのは1人しかいない。


「それよりもだ。このやりとりを報道するのだ。クローディア公爵令嬢が権力でこのブルーベル新聞に圧力をかけたと報道すれば、一大センセーションだ。おい、お前、写真は撮っただろうな?」


 カメラマンの学生はラスカルに言われて頷いた。先ほどの様子はちゃんと撮っている。証拠としては説得力のあるものになるだろう。


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