うっかり、悪魔姫を誕生させてしまった
「裏切り者がどうなるか、ここははっきりさせねばならない」
クローディアは副会長としてリックから委任を受け、論功行賞のうち、反対勢力だったものたちへの処遇を考えている。
「姉さん、特に医学部は許せませんよね!」
取り巻きのハンスが煽る。続けてアランとボリスが続く。
「裏切り者には死を!」
「姉さんを窮地に陥れたことは、将来の王妃陛下に対する裏切りと同じ!」
この3人はクローディアの胸中をうまく嗅ぎ取り、それを代弁する能力に長けている。この点に関してセオドアは3人の能力を評価する。そして3人の言動を聞けば、誰でもクローディアの考えがおおよそ理解できる。
「そうだ。協定を破るのは許せない。死刑になっても仕方がない」
クローディアはきっぱりと言う。
(おいおい、たかが選挙で死刑はないだろ!)
「将来の王妃であるこの我との約束を破ったということだからな。これは国家反逆罪だ」
どんどん言動がエスカレートする。
(そんなことねえ~。学生の役員選挙だよ~)
「医学部自体を廃部にすることも検討するか。それに追従した工学部以外の学部も罰を与えないとな」
(それやったら、あんた間違いなく悪役令嬢ですよ。流血の魔女とか、虐殺の女王とか言われますよ~)
「特にカールは許せない。あいつは我と同盟の握手をしておきながら、バティスさんともつるんでいたのだ」
(まあ、そうですけど。カール先輩も医学部のことを思って行動しただけで)
「あのクロア様」
ここでセオドアは口をはさんだ。このままではどんどんエスカレートして、医学部の執行部の学生は、学内引き回しの上、中央広場で土下座。医学部の予算全面凍結とかやりかねない。
「なんだ、テディ」
「ここは寛大な処分をしてはどうでしょうか?」
「はあ?」
「寛大な処分です」
「なぜだ。それをしたらリックさんを支援した者たちの怒りが収まらない。裏切り者がどうなるかは歴史が証明している」
「だからこそです。寛大な処分をすることで、クロア様の懐の大きさを知らしめるのです。裏切ったものは今頃、戦々恐々としていることでしょう。それを許されたらクロア様に感謝するはずです」
セオドアはそう助言した。これは一種の賭けである。助けられた者たちが感謝するかどうかは、その人間次第である。助けてやったからといって、恩替えするとは限らないとセオドアは思っている。
だが、許すと言う行為は未来への布石だ。助けなければ敵になるだけだ。助けても敵のままであることもあるが、その敵の思いは複雑になり、それが判断を誤らせることにもつながる。
「……なるほど。お前の考えも分かる。しかし、予算は限られている。裏切った学部を冷遇するのは仕方がない」
「そこですよ。その予算を拡大するのがクロア様の能力次第ではないですか。そうすれば、味方した学部にはさらに手厚く。敵に回った学部もそれなりに遇することで感謝される。未来の王妃陛下の手腕を示せるというものです」
ポンとクローディアは手を叩いた。セオドアの意見がストンと落ちたのであろう。大きく頷いた。
「そうだな。お前の言う通りだ。カールさんの学内引き回しの上、磔獄門は止めておこう」
(おい~っ。そんなことを考えていたのかよ~)
もちろん、本当に命を取ることはしないが、裏切りの代償にそれくらいの辱めはしたかもしれない。
「た、大変です!」
クローディアが相談していた部屋に一人の学生が駆けこんで来た。
「カール先輩がクローディア様に面会したいと……」
そこまで言って学生は言葉を止めた。その続きを報告するのがはばかられたのである。
「どうした、続きを言ってみよ」
「それが……カール先輩が頭を剃って、裏切り者の看板を首にかけて学内を回っていたのです」
「え、えええええ~っ!」
驚きの声を上げたクローディア。セオドアはカールの胸中を察した。
(おい~っ。クロアが怖いからって自らやるなよ!)
「クローディア様、お許しください!」
ドアを開けて入って来たのはカールとその選挙を支えたスタッフ。人数は10人ほど。みんな頭を丸めている。
「申し訳ありませんでした~っ!」
10人がきれいに土下座した。
この医学部の思い切った……というより過剰演出の謝罪は、クローディアにとっては大きなマイナスになってしまった。
そんなことをしなくても寛大な処分をすることにしていたのに、丸坊主+土下座で許したということになってしまったのだ。
学内ではクローディアのことを『悪魔姫』とまで噂が飛び交った。結果的にはクローディアに逆らったらいけないという恐怖心とやはり悪役令嬢だという格付けになってしまった。
クローディアの悪評のおかげで、寛大な処分についてはリック陣営からは批判の声は一切挙がらなかった。むしろ、(あそこまで求めていなかったのに……)という思いすら抱いていた。
そんな状況になってしまったクローディアはむくれている。副会長の仕事を順調に進めながらも、周りがみんな気を遣ったような対応しかしないのだ。
「テディ、我は面白くないぞ。本来なら寛大な処分で聖女様と称えられるはずであったのに、聖女どころか悪魔姫という噂だ」
「クロア様。噂は噂に過ぎません。副会長として学生の教育環境を改善すれば、そのような噂は消えると思います」
セオドアはそう答えるしかない。広まっている噂を打ち消すことは容易ではない。黙ってほとぼりを冷ますか、事実でもって徐々に否定するしかない。本人が否定しても炎上するだけである。
「うむ。そうだな……それしかないな」
クローディアはセオドアの言葉に頷くしかない。




