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うっかり悪役令嬢を落としてしまいました  作者: 九重七六八
第3章 キャビネット編
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うっかり、床を踏みつけて脅してしまった

「次は商学部……」


 商学部はリックに投票した。これでリックの票は780票とバティスの票に追いつく。

 商学部もクローディアが口説き落とした。商学部は平民の学生が占める割合が多く、元々リックの強い学部であるが、クローディアの話を聞いてバティスがまさかの敗北をするというシナリオを信じていたのだ。

 その確信は工学部の裏切り。まさかの工学部の裏切りは商学部のリック陣営への加担を後押しした。

 哲学と神学はバティスに投票した。この2つはガチガチの貴族票である。これは計算に入っていない。


「これで980票だ……。工学部と商学部が裏切ったので焦ったが、どうやら勝利は決まったようだ」


 バティスはそう言って胸を撫でおろした。後は国際関係学部と文学部。いずれもバティスの牙城だ。

 だが、国際関係学部はリックに投票した。唖然とするバティス。国際関係学部もクローディアに説得されていたのだ。


「ちくしょう……。しかし文学部は鉄板だ。ここは裏切らない」


 文学部はもっとも学生票が多い。全部で320票。現在、バティスは980票。リックは780票。文学部の投票先で当選が決まるという大接戦となった。

 文学部の代表が上がる。バティスは勝利を信じている。文学部の一部は1回目の投票でリックへ投票したが、ここの幹部学生は貴族出身者で占めている。投票する代表はゴリゴリの貴族である。エルトリンゲン王太子が自分に付いた以上、裏切るわけがないと思っている。

 文学部の代表がゆっくりと階段を上がる。バティスはその代表の学生の顔色が真っ青であることに気が付いた。


(ど、どういうことだ……。あれは迷っている顔だ)


 文学部代表のルーベンス・タイトロー。子爵家の次男である。家督が継げない子爵家次男の立場なので、必死に勉強をしてこのボニファティウス王立大学に入った。将来は官僚になり生きていくことを決めている。

 そんな安定志向のルーベンスは人生の岐路に立たされていた。


(ど、どっちに投票すればいいのだ……)


 最初はバティスに投票すると決めていた。実際に彼自身は1回目の投票はバティスに投票している。しかし、文学部の学生はバティスとリックで支持が分かれた。

 そしてルーベンス自身、クローディアに直接説得されている。バーデン家を敵に回すのは、ルーベンスとしては将来に関わる。

 しかし、バティス陣営にはエルトリンゲン王太子がいる。将来の国王である。国王の不興を買っては官僚になる夢が断たれるかもしれない。


(しかし、クローディア様を裏切れば同じこと……)


 要するにルーベンスは両方からの圧力にどうしてよいか分からないのだ。文学部の幹部会議では、リックを推すことに決まっている。

 いつの間にか文学部の幹部たちがクローディアに調略されてしまっていた。7人いる班長のうち、5名はリックを推しているのだ。


(だけど……王太子殿下に悪い印象を与えたら……)


 ルーベンスは混乱している。要するに自分の将来を考えた時に、国王になるエルトリンゲンか、王妃になるクローディアのどちらにつくかである。


(どっちが将来、力をもつか……とうことか)


 ルーベンスは壇上から投票の行方を見ている学生たちを見下ろす。バティスとリックが自分を見つめている。両方の期待の気持ちがぶつかる。

 会場にエルトリンゲン王太子の姿はないようだ。バティスを支持したけれども、王太子は学生の選挙には関心がないようだ。

 そしてリック候補から少し離れたところにいるクローディア姫が視界に入った。


(うっ!)ルーベンスは矢で射られてしまったかのように、体が硬直し、息をするのも忘れてしまった。心臓の鼓動すら止まる勢いだ。

 クローディアの真紅の瞳がルーベンスを殺すかのような鋭い光を放っていたのだ。そしてルーベンスが自分を見ていることを知ってか、右足を1回鳴らした。

 学生の歓声で音は聞こえないはずだが、ルーベンスの耳にははっきりと乾いた音が(タン!)と響いたように聞こえた。


(お、怒っている……。クローディア様が怒っている……)


 そして2回目の音が鳴る。心臓が掴まれた気分だ。


(ボ、ボクが躊躇しているから怒っているのだ。このままではボクの将来が)


 クローディアの赤い瞳はルーベンスに語っているようだ。それこそ、(裏切ったら許さない。あなたをとことん追い詰めてあげる……)そう言っている目である。


(王太子殿下は政治に関心がない。ここで王太子殿下についても報われないだろう。みんなの言う通りだ。ここはクローディア様についた方が得だ)


 ルーベンスは投票をした。青い札である。

 バティスは立ち尽くし、リックを応援する学生の喜びの声を聞くことになる。


「クローディア様、文学部まで説得していたのですか?」

「もちろん。文学部は320票をもつ大票田。当然のことだ」


 事も無げにクローディアは話したが、そう簡単なものではない。文学部にはエルトリンゲン王太子の恋人であるナターシャが在籍しており、その影響が大きいのだ。また貴族出身者も多く、代表者は貴族である。

 リックも文学部は切り崩せないと思っていた。これはバティスもだろう。

 しかし、クローディアはここに手を付けた。これもセオドアの助言のおかげ。


「クロア様、王太子殿下がバティス先輩についてくれたおかげで、文学部はこちらに投票しますよ」

「……テディの言っている意味が我にはわからない。文学部はガチガチの貴族が牛耳っているのではないか?」


 クローディアはそう反論した。自分は貴族からは嫌われていると思っているクローディアは、最初から文学部を切り崩そうという発想がない。


「まさか、バーデン家の権力でおどすのか?」

(何を言ってるんだよ!)


 心の中で突っ込むセオドア。本当にやりかねない。


「違いますよ。元々、クローディア様は文学部からは好意的に見られています」

「そんなわけがないだろう。我は悪役令嬢という虚偽の噂をたてられている。そして文学部に籍を置くナターシャの恋敵だ」

「そのナターシャさんが文学部では総すかんなんです」


 セオドアは説明した。ナターシャはエルトリンゲン王太子が彼女に箔を付けるために強引に王家の力を使って合格させた。これは誰もが知っている周知の事実である。

 そして入学してきたナターシャの態度がさらに文学部学生たちの逆鱗に触れた。元々、文学部はボニファティウス王立大学の中でも比較的入りやすい学部であったため、学生は他学部の学生に対して引け目を感じていた。

 そんな中に明らかにボニファティウス王立大学の学生の学力をもっていないナターシャが裏口入学で入って来たのだ。ナターシャが大人しく目立たなく、そして学生たちを敬う姿勢があったのならまだよかったのだが、そうではなかった。

 ナターシャは勉強する素振りもなく、大学へは遊びに来ていると公言。学生たちを見下し、エルトリンゲン王太子と人目もはばかることなくいちゃつく。

 彼女の振る舞いは文学部の学生にとっては、自分たちの価値を落とす行為であった。

 そのナターシャを愛人としているエルトリンゲン王太子への反感も大きくなった。この選挙でバティスが勝てば、王太子は副会長になるという。そうなれば馬鹿なナターシャはますます増長するだろう。


(ならば、対立候補のリックに投票するべきだ。それにリック陣営にはクローディア姫がいる。彼女はナターシャとは対立関係にある)


 そう考えた文学部の幹部たちの投票先は決まっていたのだ。


「それにしてもクロア様」

「なんだ?」

「クロア様は右足で3回ほど床を鳴らしましたよね」


 セオドアは文学部のルーベンスが投票を決めた時のことを訪ねた。


「テディは耳がいいな」

「ものすごい形相でルーベンス先輩をにらんでいました」

「奴はリックさんに投票するはずだったのに、直前で迷ったようだったのでな。少し判断の手助けをしただけだ」

「脅したということですか?」

「ああいう小役人気質の男は脅すに限る」

(おい~っ!)


 ルーベンスは先輩である。その先輩に向かって小役人とは失礼極まりない発言だ。


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