うっかり、寝返りするよう誘ってしまった
「クロア様、理系学部の説得について留意して欲しいことがあります」
クローディアがカール・クラウス陣営との協議に出かける前、セオドアはクローディアに耳打ちをした。理系学部の説得について助言したのだ。
助言を受けたクローディアはセオドアの考えが理解できない。
(カール先輩は絶対に裏切るだろう)というのだ。
「どうしてお前はそう思うのだ?」
「彼は医学部代表ですが、彼の専攻は医学部でも法医学です。この学部は元々も法学部と縁が深い。理系棟の改修工事はバティス先輩も水面下で約束するでしょうから、彼はバティス先輩と通じているはずです」
「しかし、彼の実家の病院は我のバーデン家の出資を受けている。我を裏切ることなどできはせぬ」
「……裏切ってもクロア様が恨みに思って、彼の病院に何かするとは彼は考えません。エルトリンゲン王太子がバティス陣営についたのです。クロア様が何かしたくても王太子殿下に泣きつけば何とかなると思うでしょう。それにクロア様も実家の圧力で恨みを晴らすような姑息なことはしないでしょう?」
「むむむ……その通りだ」
セオドアは知っている。クローディアが世間一般的に思われている悪役令嬢ではないことを。選挙の恨みで実家の圧力を使うような性格ではない。
ただカールはそういうクローディアの性格を読み切ってと言うわけではない。クローディアが陰険な嫌がらせをしてもどうにでもなるという算段があるのだ。
「では決選投票になっても、理系票はこちらに流れてこないではないか」
「医学部票はダメでしょう。決選投票は学部代表学生が代わりに投票します。医学部票はカール先輩が投票します。彼が学部代表ですから。しかし、他の学部は違います」
セオドアはここで言葉を止めた。頭のよいクローディアはセオドアが言わんとことを理解した。
「わかった。他の理系学部代表にも会って来る」
「そうするとよいでしょう。ですが当然、他の学部もカール先輩によって調略されるでしょう。しかし、調略されない学部もあります」
「……理系学部は一枚岩ではないのか?」
「工学部だけ事情が違います」
元々、ボニファティウス王立大学の理系学部は、医学部系が牛耳っており、教室や教材教具の整備についても有利になっていた。
理系学部は文系学部に対して不公平感をもっていたが、理系の中では工学部はもっと不公平感があったのだ。
セオドアの助言を受けて、クローディアは工学部の代表にこう持ち掛けたのだ。
「決選投票でリックさんに投票すれば、工学部に対して予算を手厚く遇することを約束します」
そう切り出した。もちろん、そんなクローディアの甘言に易々とだまされたわけではない。しかし、クローディアはバティス陣営が理系学部を調略すること。そして結果的には医学部だけが利益を得るだろうことを説明した。ここでも工学部は虐げられることをはっきりと示したのだ。
「しかし……裏切って負けてしまえば仕打ちが……」
「あら。勝ってもあなたたちは何も得られませんよ。利用されるだけということは説明したとおりです。あなた方、工学部の学生さんたちがよりよい学習環境を整えるには……反旗を翻すしかありませんよ。そしてあなたたちの選択は勝ち馬に乗ることになる」
クローディアはカールが2位3位連合を組むと見せかけて、決選投票で裏切ることを予見した。それは医学部だけが利益を得るための条件なのだ。
工学部の学生代表は、クローディアの言ったとおり、他の理系学部が協定を破ってバティスに投票したのを見て決心したのだ。




