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うっかり悪役令嬢を落としてしまいました  作者: 九重七六八
第3章 キャビネット編
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うっかり、裏切りを予想してしまった

「やった……決選投票だ!」


 リック陣営は大いに沸いた。完全に負けるという下馬評をひっくり返した。これで密約通り、理系4学部の代表がリックに投票すれば決選投票で奇跡の大逆転ができる。


「クローディア様、カール陣営との約束、間違いはないでしょうね」

「はい、カールさんは決選投票になった場合には、私たちへの協力を約束してもらっています。理系棟の改修工事予算獲得の実現のためには、バティスさんと組むはずがないですから……それに勝つ手段はちゃんと講じています」


 そうクローディアは自信たっぷりに話した。その言葉にさらにリック陣営は沸き立つ。

 だが、自信たっぷりに話したクローディアは内心では、全くそのようには思っていなかった。セオドアに忠告されていたからだ。


(カール先輩を信用してはいけません)


 その言葉が頭をぐるぐると回っている。クローディアが直接出向いて、カールとは取り決めをしている。彼を推す医学部だけでなく、他の理系学部も一致団結してリックに協力する手はずになっている。

 それにカールだけでなく、クローディアは薬学部や看護学部などの他の理系学部の代表者にも会っている。どの代表学生も決選投票になった時には、リックに加担すると約束してくれた。


(間違いないはず……だけど)


 クローディアは決選投票の準備を見守る。

 決選投票は1時間後に実行される。

 それぞれの代表学生が1人、その学部の全票を背負って投票数するのだ。まずは、バティス・ロージャーが壇上に上がる。与えられた札を掲げる。バティスなら赤い札。リックなら青い札を机に置く。

 当然ながらバティスは赤い札を置いた。これで法学部票100票がバティスの票となる。次はリックである。リックは青い札を置く。彼は政治経済学部であるから、学生数200票がリック票となる。

 現在、リックが100票リードする。次は3位だったカールが投票する。彼は医学部代表。医学部学生100人分がバティスかリックに投じられる。


「嘘!」


 思わずクローディアは叫んでしまった。リック陣営の学生はみんな凍り付いた。カールが手にしていた札は赤である。

 彼はクローディアと結んだ協定を破り、バティスに投票したのだ。

 完全なる寝返りである。


「くくく……リックの奴め、驚いただろう。そして交渉に来たお姫様。口を開けて驚いているようだ。世の中、そう簡単に思い通りにはならないことをその身で知ったようだ」


 バティスは笑いが止まらない。リック陣営がカール陣営を取り込むことくらい分かっていた。当然、それに対しても手を打っていた。


(カールはもうこちらに取り込んである……そして)


 次に登壇した薬学部と看護学部代表学生も赤い札を持っていた。バティスに投票する。薬学部は80名。看護学部は160名いる。これで540対200とバティスが大きくリードした。

 続いて農学部もバティスに投票する。これで80票を加えて、バティスは620票に達した。

 1000票を超えれば当選確定である。あと380票ちょっととなった。理系票の大半が予想に反してリックではなく、バティスへと投じられたのだ。


「クローディア様、これはどういうことですか。あなたはちゃんとカールに味方になるよう約束させたのではないのですか?」


 カール陣営に学生の中にはそうやってクローディアをなじるものもいる。だが、クローディアを責めるのはお門違いであろう。確かにカールは約束し、協定書まで作成した。しかし、裏切りの前には協定書は紙切れである。

 さすがに選挙後にカールもその裏切り行為で評判を落とすだろうが、そんなことは気にしていない。彼はバティスが約束した理系棟の改修計画さえ実行できればよいと思っていた。

 現実的に考えれば、予算的に理系棟すべての工事は無理であるが、バティスは医学部の教室だけ新築するということを約束した。医学部だけなら実行は十分可能だ。他の理系学部には犠牲になってもらう。無論、これは他の理系学部代表には内緒である。


(他の学部の要求までは無理だ。僕は現実主義者なのだ)

 

 そうカールは考えている。現在副会長であるバティスなら、補正予算を組んでそれは実行可能だ。しかしリックだと間に合わない。これは彼が無能というのではなく、時期的に無理なのだ。現職と新人の違いである。


「これで残りは380票。まだ文系の大半は投票していないが、文系は元々、こちらが優勢。勝利は確実だ」


 バティスはそう勝利宣言をした。過半数を突破することは確実であるという手ごたえだ。過半数どころか、8割以上の得票数を得ることも可能。そうなれば、大多数の学生の支持を得ているということで、今後の活動もやりやすくなる。

 工学部の代表が壇上に上がる。この票が入れば80票が加わる。残りは300票となる。誰もがそうなると思った。

 しかし、ここで信じられないことが起こる。工学部の代表はリックに投票したのだ。


「ど、どういうことだ!」


 バティスはカールをにらみつける。カールは驚いて立ち尽くしている。彼も予想外のことであったようだ。


「工学部は約束を守ったようね」


 工作をしたはずの理系学部の裏切りにクローディアは全く慌てていない。むしろ、この状況を予想していたのか落ち着いていた。リック陣営の学生から非難の声を受けても動揺する素振りさえ見せなかった。


「クローディア様、これはどういう……」


 リックはまさかの展開に唖然として、そうクローディアに聞いた。工学部がもしバティスに投票したのなら、勝利はほぼ絶望的になる。首の皮が1枚つながったのだ。


「工学部だけは、寝返られないよう別に手を打っていたのです」


 そしてクローディアは続ける。


「そろそろ反撃しましょうか、リックさん」


 教育学部の代表が投票する。ここはリックの強力な支持母体だ。教育学部の学生は比較的貧しい家庭環境の学生が多い。王国の方針で卒業後に教師となり、子供の教育に力を尽くせば、奨学金を返さなくてよいという制度があるからだ。

 彼らからすると教育支援の拡充を公約とするリックに会長をやって欲しい。

 さらに芸術学部もリックに投票。これで150票が加わり、リックの票は580票となる。追撃の狼煙が上がった。


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