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うっかり、手作り弁当を作るように勧めてしまった

「しかしこの答えは完全に正解ではありません。恐らく着弾は目標の右2mになります。直撃しないでしょう」

「な、なんだと!」


 教授が正解だと言ったところでセオドアの役割は終わったはずだが、そこでセオドアは満足しなかった。クローディアはセオドアが何を言うのか戸惑っているような表情を見せた。


(俺にフォローさせるのが悪いのだ)


 セオドアはついでのハルゼー教授の鼻を折ってやろうと考えたのだ。

 チョークを持つとさらに修正式を追加する。


「これは……」


 ハルゼー教授はセオドアの追加した式を見て(はっ)と気が付いた。自分には気が付かなかった条件を加えた式が展開されている。


「砲台が砂地の場合、射程距離、方向の修正が必要です。よってこれが正解です」


 そういうとセオドアはチョークを置いた。学生たちは全員沈黙する。黒板に書かれた膨大な式は圧倒するほどの真実味があった。

 ハルゼー教授は茫然としていたが、単に意地の悪い老人ではなかった。セオドアの完璧な式に頷き、そして自分の間違いを反省したようだ。


「セオドア君、君の答えは完璧だ。どうやら儂は思い上がっていたようだ。最初の授業で学生の鼻を折ってやろうと思ったのだがな。折られたのはどうやら儂の方じゃわい。……しかし君は若いが戦場での経験があるのか。そうでなければ砂地の補正は思いつかない」

「……経験があるから考慮したのです」


 教授にしか聞こえない声でセオドアは答え、そして席に戻った。後はハルゼー教授の講義だ。物理学は研究室の中ではない、実生活に影響を与えるものだという内容の話であるが、もうセオドアはどうでもよかった。

 クローディアはエルトリンゲン王太子の横で必死にノートを取っている。彼女としてはハルゼー教授の意地悪な問題にあと一歩まで答えた満足感がある。そして自分の家来を称するセオドアが教授を唸らせたので、プライドを保ったと思っている。

 同様に婚約者の自分の助けで王太子も機嫌が直っていると思っているようだが、それは違うとセオドアは感じていた。エルトリンゲン王太子からすれば、嫌っているクローディアにバカにされたとしか思っていないであろう。

 その証拠に講義が終わると王太子はクローディアに声もかけずに席を立った。慌てて後を追うクローディア。しかし建物の外に出てすぐに物陰に隠れることになった。なぜなら王太子が向かった先にはナターシャが待っていたからだ。


 ナターシャの手には何か入った袋をもっている。


「殿下、お待ちしていました。今日は腕によりをかけましたわ」

「おお、これだ、これ!」


 エルトリンゲンは不愉快だった気持ちがいっきに晴れ渡ったかのような笑顔でナターシャが取り出したものを見た。

 どうやらナターシャは手作り弁当を持ってきたらしい。キャンパスの中庭のベンチに仲良く座ると食べ始めた。それを遠くで見ているクローディア。いつの間にか望遠鏡を手にして二人の様子を伺っている。


「テディ、あれが手作り弁当という奴か?」

「そのようです。王太子殿下はああいうのが好きなようですね」

「ムムム……。我には理解できぬ。この大学の食堂で食べた方が美味しくないか。あのようなものを未来の王が好むのは良くない」


 ちなみにクローディアが言う学食は一般学生が利用するところではない。食堂の中の一角に特別会員の学生と大学の教授だけが入れる場所がある。

 そこでは王国内の一流料理人が調理する料理が用意される。値段は学生食堂の数十倍。

 特別会員になるには家が伯爵以上の身分と莫大な寄付金がないと認められない。平民でも認められる場合もあるが、有力貴族の推薦と国家に貢献して与えられる3等勲章以上が与えられた家柄のみというのだ。

 この大学でも該当者は30名もいない。全生徒1千人近くいてだから、3%に過ぎない。セオドアは伯爵であるが、辺境伯なので入れる権利がない。権利のあるクローディアと一緒なら可能であるが。


「美味しいとかの問題ではないです」

「どういうことだ?」

「あれは料理の味よりも作って来てもらったという行為が嬉しいのです」

「そういうものか……よし!」


 セオドアは何か嫌な予感がした。クローディアが手作り弁当を作ろうとしているのだ。公爵家のお姫様がそのようなことができるはずがなく、できたものは散々なものであろう。

 そしてその予感は次の日に現実となる。


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