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うっかり、新入生スピーチを譲ってしまった

(これでクローディアは有名人確定。おかげで俺は目立たなくなった……)


 セオドアはクローディアがあまり評判のよくない目立ち方をしてくれて、よかったと思う。

事実、この合格発表時のクローディアの悪印象が強烈過ぎて、合格者1位がセオドアのことが注目されることはなかった。

 ちなみに入学式で主席合格者はスピーチをすることになっている。その権利はセオドアが持っているが、当然、そんなことをすれば目立ってしまう。

 よって権利は放棄した。放棄すれば2位のクローディアがスピーチをすることになる。

 クローディアは譲られたスピーチの権利を心良しとは思わなかったが、セオドアがスピーチをすれば才女としての評判も上がり、将来の王妃としての箔も上がると説得した。

 王太子もクローディアのことを見直すだろうというセオドアの無責任な言葉に、渋々とクローディアは引き受けることになった。

 入学式でのクローディアのスピーチは見事なもので、大学への感謝と学びの姿勢。上級生への挨拶と約束。聞く者もさすが難しい試験で2位を取ったと称賛されるレベルであった。

 しかし、内容は素晴らしいものであったが、彼女が話すと多くの者に大きな誤解を生じさせた。

クローディアはバーデン家の姫でエルトリンゲン王太子の婚約者。それは未来の王妃を示す。そして合格発表時の3人の合格した男子に土下座させて無理やり犬同然の下僕にしたという噂や入学した動機が王太子に近づく女の抹殺だという噂まで流れた。

 土下座させていた姿は多くの学生に見られていたから、この噂は入学式までに大学中に広がった。多くは恐れ、一部の者は取り入って自分の出世に役立てようと野心に燃える。


「……この大学で多くの師と尊敬できる先輩方に支えられ……」

(教員と上級生は我を支えろよ!)

「明日からは学友たちと信仰を深め……」

(敵対する奴らは破滅させ……)

「将来はこの国の良き母として君臨できるよう……」

(王太子殿下に近づく女は許さぬ。王妃は我じゃ!)

「よろしくお願いいたします……」

(以上、お前ら我のために忠義を尽くせよ!)


 セオドアは静まり返り、緊張感が漂う会場からクローディアの言葉1つ1つの裏解釈を心の中で行う。きっとこの悪い方の解釈どおりに多くのものは受け取っているのであろう。

 スピーチが終わると静寂がさらに緊張感で時が止まったようになった。普通は終わったタイミングで拍手が起こる。みんな凍り付いているのだ。

 恐らく、うまく取り入って自分の出世に役立てたいと思っていた人間は、下手すると身を滅ぼしかねないと恐怖しただろう。

 拍手が一向に起こらないので怪訝な顔で会場をにらむクローディア。余計にみんな動けない。それでもその目線に反応した者がいる。


「ブラボー!」

「クローディア様、万歳!」

「未来の王妃陛下!」


 ハンスとアランとボリスの新たな取り巻き3人組である。この3人はクローディアに犬のように仕えると命令され、それに従っている。これも忠実な行動の一つである。

 仕方がないのでセオドアもそれに追従した。会場の前列に座っていたセオドアは立ち上がり拍手をする。3人とセオドアの行動に会場の人間は呪縛が解かれた。みんな立ち上がり、そして割れんばかりの拍手を行う。

 会場で座ったままの者も一部いた。在校生の席に座っていたエルトリンゲン王太子と彼が裏から手を回し、推薦合格させたナターシャである。


「エルトリンゲン様、あの人、調子に乗っていますわよね。殿下の気持ちも考えないで」

「ああ。あの女のああいうところが余は嫌いだ。自信満々で自分の才能をひけらかす……あの態度が昔から嫌だったのだ」


 そう王太子は遠くで賞賛を受けるクローディアを眺めた。この光景は王太子が幼少の頃より見ていたものと同じだ。

 優秀で周りの者から常に褒めたたえられているクローディア。いつもできのよい許嫁と比較されていたエルトリンゲンはうんざりしていた。

 最初の頃は可愛くて賢い年下の許嫁のことを好ましく思っていたが、クローディアにふさわしくなるよう周りから言われると、だんだんと腹が立つようになってくる。


(余はあいつの尻に敷かれる情けない王になるつもりはない!)


 女は優秀でない方が男は気分が良い。今、王太子が夢中になっているナターシャはその点は合格点だ。頭が悪くて考えが幼稚。でも、そこが可愛い。エルトリンゲンが守らなければと思う女だ。

 その点、クローディアは守る必要がない。全く男の庇護欲を満たさないのだ。いくら美人で賢くてもそんな女と四六時中いたくない。


「殿下、あの方、きっと殿下と同じ政治経済学部を選択しますわよね」


 ナターシャは心配そうにそう王太子に尋ねた。あざとい上目遣いはまるで小動物のようである。


「ああ、たぶんそうだろう」

「わたし、心配です。あの人が強引に殿下に迫ってくる気がします」

「心配するな、ナターシャ。余の目に映るのはお前だけだ」


 エルトリンゲン王太子はそういって、ナターシャの赤い髪の毛を撫でた。心配そうにしている弱弱しい顔を見るとたまらなく守ってやりたくなる。


「殿下、うれしいですが、授業が始まると会えなくなる時間が多くなります。ですから……」


 ナターシャは他に用事がない限り、昼ご飯を一緒に食べましょうと提案した。自分が手作り弁当を作ってくるというのだ。

 王太子はその申し出に満足した。好きな女の作った料理を食べられるなんて、王太子の身分では考えられないことであった。


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