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うっかり、ぼっちを笑ってしまった

「バカとはなんだ、クローディア。いくらバーデン公爵家の姫でも不敬罪で捕らえるぞ」


 王太子はそう怒鳴った。王太子にそう言われればクローディアも黙るしかない。


「ねえ、殿下。わたし面白くない~。会場へ戻りましょうよ。もう1曲踊りたいわ。それにお菓子も食べたいし……。ねえ、殿下、食べさせてくれます?」

「おうおう、ナターシャ、もちろんだとも!」

「殿下は優しいです~。それではクローディア様、失礼します。取り巻きのお姫様たちの教育お願いしますね。二度とわたしに手を出さないようキツく注意してください。では、殿下、行きましょう」


 ナターシャはそう言ってエルトリンゲン王太子の腕に絡みつく。王太子は先ほどまでの厳しい顔を崩し、鼻の下を伸ばして会場へと戻った。

 後にはクローディア姫とその取り巻きの令嬢。そして傷心のクローディアを慰めようと下心満載の男たちが残る。


「クローディア様、王太子殿下のことは忘れて、今日はパッと楽しみましょう」

「レーン伯爵の息子パトリックです。クローディア様をお慰めします。どうでしょうか、ご一曲、わたくしめと……」


 王太子に振られた格好のクローディアに男も女も言い寄る。特にこれまで近づいてこなかった貴族の令息たちが積極的だ。

 王太子に振られた傷心を慰め、あわよくばクローディアを手に入れようと下心が満載である。


「我を慰めるだと……。ならば、我と共にボニファティウス王立大学を受験してくれるものはいるか。もちろん、合格するだけの力がないとダメだ」


 クローディアはそう言って言い寄って来た令息や令嬢を眺めた。周りは驚いた。先ほどのやり取りはみんな知っている。クローディアは王立大学に入学して、王太子へのアプローチをするということだ。


「クローディア様、ご冗談を……」

「あそこは学問が好きな人が行くところです。我らはそんな気持ちは……」


 クローディアににらまれてみんな目をそらす。行く気もなければ、合格する能力もないからそうなる。

 それにみんな思っている。クローディアが大学に入学してまで王太子を追っかけても、その心は変わらないだろうということだ。

 そして同時に大学まで追いかける粘着質にみんな気持ちが引いている。

 しかしそんなことは公爵令嬢には表立っては言えない。言えばクローディアのするどい目でにらまれ、公爵家の権力で抹殺されかねないからだ。

 周りはそそくさとクローディアの周りから離れ始めた。無理に誘われて合格しないまでも受験させられたら大変だからだ。不合格になればそれこそ罰を与えられかねない。


「ふん……どいつもこいつもふがいない」


 全員がいなくなり、ぽつんと取り残されたクローディアはそういって柱の陰に視線を送る。


「そこにいるのは分かっておる。出てこい!」

(あちゃ~。逃げそこなった。令嬢に友達がいるかどうかなんて気にした俺がバカだった!)


 セオドアは1分前の自分の判断を後悔した。一人去り、二人去りと悲しい光景をそっと覗いていたセオドアは、一人くらいクローディアの元に残り、大学受験はともかく、彼女を慰めるような人間はいないか確かめようと思ったのだ。

 ところが結果は予想に反した。何人かいると思っていたのに誰もいない。

 見た目は可憐で美しい公爵令嬢様がみんなから見捨てられたのだ。


(このお姫様、ボッチじゃないか!)


 あまりの哀れさに思わず目を覆ってしまったところを見つかってしまったのだ。まだこちらの方を鋭い目つきでにらんでいる。こんな悪役顔でにらまれたら大抵の人間は震えあがるだろう。


「はいはい、今出ますよ」


 セオドアは観念して柱の陰から出た。クローディアはセオドアを見る。


「あなた……誰?」

(覚えてないのかよ!)


 ほんの10分ほど前にダイス女侯爵から紹介してもらったはずだ。


「セオドアです。セオドア・ウォール伯爵。先ほど、ダイス女侯爵様からご紹介していただいた……」

「ああ、思い出した。ラット島の領主だったな」

「はい。しがない田舎の貧乏貴族です。それでは俺はこれで……」


 セオドアはタイミングよく消える流れを作った。クローディアの自分への興味は忘れていたくらいだから皆無だ。ここで絡む要素はない。何か言われる前にさっさと姿を消す。厄介なことに巻き込まれたくないと彼女の元を去った令息や令嬢たちと同じだ。


「待て!」


 セオドアが2,3歩歩いた時に鋭い制止を命令する声を響いた。


(やべっ!)


 セオドアはやっぱり自分が逃げそこなったと思った。


「あなた、柱から出てくるときに、顔が少し笑っていたようだが」


 よく観察しているとセオドアは思った。このお姫様は侮れない。


「いえ、そんな笑っているなどと……。クローディア様に不敬な態度を取ったつもりは……」

「ごまかす必要はない。どうせ我の惨めな姿を見て笑っていたのだろう!」


 そうクローディアはセオドアに詰め寄る。腰に両手をあてて、背の高いセオドアを下から見上げるようににらみつける。見ようによっては可愛い姿だが、目つきがヤバい。悪人顔にしか見えない。

 やれやれとセオドアは思った。どうやら、この世間知らずの公爵令嬢に現実という奴を認識してもらわないといけないようだ。


「……はい。笑っておりました」

「素直でよろしい。それで何を笑っていたのだ?」


 ズバリとこのお姫様は聞いてくる。セオドアも遠慮なく話すことにした。


「……あなたの周りの人間はクズばかりなので驚いたことと、クローディア様は完璧なお姫様と評判でしたが、実は友達が一人もいないボッチ姫だと分かって思わず笑ってしまいました」


 セオドアは思ったことを口にした。こんなことを言えば、公爵家の圧力で厄介なことになるかもしれないが、そんなことは百も承知である。


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