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第6話 まさかの夜這い担当

 そして……。

「あ、あの……」

「はい?」

 一連の話をすべて聞いた上で、夏美にはどうしても改めて聞いておきたいことがあった。

「あの、ソンジさん」

「はい? なんでしょう」

「さっき言ってた、お願いしたいことっていうのは……?」

「ええ……単刀直入に言いましょう。あの日のように、アイザック様のお相手をしてほしいのです」

「……はい?」

 夏美の頭の中が、一瞬でホワイトアウトした。

「……ちょっと、何を言ってるかわからない……」

「アイザック様の、夜のお相手をしてほしいのです」

「ソンジさん!? ま、まさかそれって……」

「ええ。それが、この国で来賓として扱われるための対価です」

「な、なんで……っ」

「私たってのお願いです。どうか……」

 ソンジがうるうるとした眼差しでこちらを見てくる。

(こ、この眼差し……! ソンジさんってば、憎いなぁ……!)

 といいつつも夏美は、ノリノリであった。

 合法的にあの男とセックスができるのだ。相性はこれまで経験した中でダントツ一位。こちらから誘うための口実を作らなくても、雰囲気を作ることすらしなくても、ただ「ソンジさんに言われたから」と言って部屋に押し入ってベッドに押し倒せばいいのだ。

「で、でも、その……なんでですか?」

 一応諸手を上げて引き受けるのはプライドが許さないので、理由を聞いておく。

 すると意外にも、ソンジは深い溜め息をついて悲しげな表情を浮かべた。

「アイザック様は、この城の中で安眠できないそうなのです。城の中は、自分の命を狙うものばかりですからね。それで、夜な夜な城を抜け出して、ああいうふうに他人のぬくもりを感じて眠られることも多く……」

「え……それって、毎晩違う女の人と……?」

「ええ。ですから、私も困っているのです。この老いぼれ、夜はアイザック様が城を抜け出さないように見張りをしていて。ですがあの方、逃げ足だけは速いので」

(まぁ、童貞ではないとは思ってたけどさぁ……)

 まさか夜な夜な女を抱いているとは思うまい。

「それで、その足止め役を、私にしてほしいってことですか?」

「ご明答! まさにそのとおりです。お願いできますね?」

 さっきまでの憂いの表情はどこへやら、ソンジはうるうるとした期待の眼差しでこちらを見つめてくる。

「……わかりました。でも、その……毎晩っていうのは、無理かもです」

(コンドームの数も、限られてるし……)

「とりあえず、一週間くらいは……その、できるかもですが……」

「ええ、十分です。私に不定休を与えると思ってください」

「……じゃあ、その役、引き受けます」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

「はい……」

(よし、とりあえずしばらく欲求不満で眠れない夜は避けられそう!)

 夏美はすでに、気分上々で今日の夜の誘い方を考えているのであった。


 その日の夜。アイザックの部屋でぼんやりと時を過ごしていた夏美に、ソンジが声をかけてくる。

「ナツミ様、そろそろお休みになりますか?」

「あ、そうですね……」

と言っても、どこで? どうやって? 一人で? といくつもの疑問が夏美の頭を駆け巡る。

「お部屋までご案内いたします。ナツミ様専用のお部屋をご用意いたしましたので」

「えっ、そんな……ありがとうございます」

「では行きましょうか」

 ソンジに連れられて部屋を出る。アイザックはこちらに見向きもしなかった。

 廊下は昼間とは違う、たくさんのランプの灯りで光に満ちていた。

「アイザック様の客人ということで、先述の通りやや命が危ういため、……アイザック様のおはからいで特別室をご用意いたしました」

「えっ……そうだったんですか……」

 あんなに無関心を装っていたのに、意外と優しいところがあるんだ、と思う。

 しばらく歩き続けてから、とあるドアの前に立った。

「こちらがナツミ様のお部屋でございます。右の隣がアイザック様のご寝室、左が私の居室でございます」

「あ、そうなんですね……」

(部屋も隣なんだ……)

 そう思った夏美の心を見透かしてから、ソンジが笑う。

「これが、特別の意味でございますよ。夜のお相手をするなら、ちょうど良い配置かと」

「ま、まぁ……確かに……」

 夜這いをするなら、隣の部屋がいいに決まっている。

(でも、それを特別扱いとは……? 意外と、アイザックも乗り気だったりするのかな……?)

 だったら話は早い、と思う。

「では、中へ入りましょう」

 そう言いながら、ソンジが夏美の部屋のドアを開けた。そして中に入るよう手で促される。

「あ、ありがとうございます……うわ、広っ!」

 部屋に一歩入った夏美は自分にあてがわれた部屋の広さに驚いた。

 天井から大きく切り抜いたような縦長の窓、声が響いて返ってくるほどものはほとんどない。ただ天蓋付きのベッドとソファ、テーブルが置かれているだけだった。

 壁際には備え付けのクローゼットがあり、それが部屋の一面となっている。それ以外の三面は言葉通り壁だけだ。天井からは大きなシャンデリアが吊るされている。

「ナツミ様」

「あっ、はい!」

 部屋を見るのに夢中になっていたが、ソンジの呼びかけで我に帰る。振り返ると、いつのまにかソンジの隣にメイドらしき女性が立っていた。

「今後、ナツミ様がこの宮殿に滞在される間、彼女がお世話を致します、エレナです」

「よろしくお願い致します」

「エレナさん……よろしくお願いします。粟野夏美です」

「彼女は私と同様、アイザック様の幼少期からの数少ない使用人です。安心してお任せください」

ソンジの言葉に、エレナがにこりとして頷く。

「早速ですが、ネグリジェを用意いたしました。急でしたので、私がおろす前のものをご用意したのですが大丈夫でしょうか」

「貴族用はありませんでしたか?」

「ええ。他にも探してみたのですが、貴族の方が使われるような物の在庫がありませんでした。私のだから、少しナツミ様には大きいかもしれませんが……」

「そうですね、さすがに王妃様のを使わせるわけにはいきませんし……」

(王妃様のなんて着たら寝れないよ!)

「あ、私は何でも大丈夫ですよ! 貸していただく身分で文句も言える立場じゃないので……」

「お気遣いに感謝いたします。ではエレナ、お着替えをよろしく頼みますよ」

「はい。さぁナツミ様、寝支度を致しましょう」

「はい」

とにかく郷に入っては郷に従え、夏美は言われるがまま寝支度に取り掛かった。


 メイドも部屋に帰し、一人で広いベッドに潜る。異世界での一日を終え、夏美は大きくため息をついた。

 この国は日本と同じく四季があり、大きな大陸の中でも海に面した端にあるという。しかし海以外は合計3つの国と境界を接しており、現在は友好国となっているものの、過去には凄惨な戦争が起きたこともあるという。その戦争で勝利の立役者となったのはアイザックの曽祖父にあたる王で、祖国を勝利に導いた英雄として祭り上げられ、王となった輝かしい人物であった。ここで初めて、王族以外の血筋の王が誕生したということでかなり注目されたらしい。しかし、曽祖父の王としての手腕は確かで、周辺国含む自国を平穏な国へと導いた。

 しかし、現在の王、すなわちアイザックの父は優柔不断で、英断ができない人間だった。良く言えば温厚、悪く言うと八方美人で、議員たちからも見下されている部分が少なからずあるという。というか、純粋に利用されているのだ。議員たちは世襲制でアイザックの父との旧友が多く、自分たちに有利な政策を考えたり、自分たちの住んでいる地区を優遇したりとやりたい放題。曽祖父よりも前の王家の血筋を復活させようとする純血派の議員もおり、彼らの反発を防ぐため、彼らもまた優遇された。牙を抜いて懐柔しようとしたのだった。それがある意味功を奏したのか、今はそれほど純血派の動きは活発ではない。

 現在の王妃は、アイザックの曽祖父よりずっと前から王家に仕えてきた家系で、その影響力も強大である。そのため、議員でも幅を利かせているのは、王妃の後ろ盾がある議員ばかりで、むしろ内政だけを考えると王よりも王妃の派閥のほうが力を持っているという具合なのだ。

『すでに王政は、王妃側の議員たちが好き勝手に運営しているようなものです。だからアイザック様も、もうほとんど政には無関心を貫いています。王妃様は……それはもうお美しいお方ではありますが、なんと言っても氷の女王と恐れられた方です。自分の目的を果たすためであれば、身内ですら数人殺すことくらい厭わないという残忍性も持ち合わせた方ですから……』

 ソンジが言っていたことを思い出す。

(国王様よりも、王妃様のほうが力を持ってるなんて……国によってもそれぞれなんだな……)

 まだ、アイザックがどれほど政治に無関心なのかもわからない。実際、夏美も現代にいた頃は政治なんてほとんど興味がなかったし、今の状況が良いのか悪いのかどうかもわからないのだ。

(なんだかいろいろ考えちゃうけど、自分だって一度死んでるんだもん。なんかそれもショックと言うか、まだ信じきれてないっていうか……)

 確かにあのときの夏美は死んだと思った。あれほどの激痛に襲われたのだから無事ではあるまい。生きていたとしても大怪我か。

(まぁ、あっちの私の身を案じてる場合でもないんだけど……)

 この世界から現実には帰れるのか、死んでいたとしたら帰る先もないのか。ずっとこの世界で暮らしていくのか、それとも何か戻る方法があるのか。様々なことを繰り返し考えてしまう。

(でも……今日明日で状況が変わることもないんだし、とりあえずはここでの生活に慣れていこう。仕事三昧だったときよりはいいかもしれないし)

 もともと、深く何かを思い悩むたちではない。考えても仕方のないことは頭の中から追い出した。

(さて、夜のお勤め、行きますか!)


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