第3話 虚偽の申告と不法入国!?
まぶたに明かりが差し込み、夏美の意識が急浮上する。
目を開けると、天蓋ベッドの天井が見えて、うっすらと、しかし次第にはっきりと昨晩のことを思い出した。
(……ああ、そういえば……ラブホでそのまま泊まったんだ)
意識が覚醒してくると同時に、襲われる空虚感。
(いない……)
ヤることが目的の相手であれば、こういうことは悲しいかなままある。しかし、昨日のあのぴったりとくっついたときの心地よさ……もとい相性を思うと、いつもよりも寂しさを強く感じる。
(予定があったのかもしれないし、ゆきずりの女なんてわざわざ起こして行ってきますを言うような関係でもない)
頭では理解していても、心が追いつかないこともまた、ままある。
(寂しいなぁ……)
そう思いながら身体を起こしたとき、行為後に蹴って下の方に追いやったはずの毛布がかけられていることに気づく。
(こ、れは……)
今の自分は、裸にその毛布だけ。これが冬の気候であったら夜中に震えて目を覚ますだろうが、幸いにも今は寒さを感じる気温ではない。
(……毛布、かけてから出て行ったのかな)
アイザック、と名乗ったあの男が、どこか冷めたような一面も持つあの男が、自分に毛布をかけてくれたのだと思うと、先ほどの寂しさはいくらか軽減された気がした。
(よし……とりあえず、帰るか)
夏美は身支度をして、忘れられない一夜を過ごしたこの部屋を出ることにした。
しかし、その数分後……。
(ここ、絶対日本じゃないよね!?)
街の様子が明らかにおかしい。ラブホテルだと思いこんでいたあの場所も、どうも洋館のようで、街並みはレンガ造り、いかにも西洋風の造りであった。
(馬車、レンガ、石造りの建物、人たちの服装……どう考えても、私の知ってる日本じゃない)
しかも街の人々はせわしなく往来を行き来し、夏美のほうを怪しむような眼差しで見ていた。
(理由は言われなくてもわかる……だってこんな格好してる人、一人もいないもん!)
周囲には、鹿鳴館の資料で見たようなドレスの者もいれば、ワンピース型のペティコートに腰からエプロンを巻いているものもいる。男性はほとんど紳士服姿だった。人によってはこちらをチラチラ見て、何かを話し合っているふうでもある。
「あ、あの……」
近くにいた女性にイチかバチかで話しかけてみるも、嫌そうな顔をして引かれてしまう。
(これはもう、間違いない。完全に、異世界転移しちゃってるやつだ……)
思えばあの事故で、死んでいないはずがない。
(ってことは、この世界に来て最初にしたのが……セックスか。なんかそれはそれで、まぁ……)
自分らしいと思えば自分らしい。
(ん? というか、異世界に来たってことは誰も私のこと知らないんじゃ……? じゃあ、ヤリまくれるってこと!?)
周囲の男性を見渡してみれば、みな彫りが深く、紳士服が際立たせているのかイケメンに見える。
「え……最高じゃん……」
この世界でやることは、もう決まった。
(あとはこの世界でどうやって生きていくか、それだけを考え──)
弾む足取りで歩き始めた瞬間、背後から強い力で引っ張られる。
「な、何!?」
思わず驚いて大きな声を上げたが、周囲の人は夏美から気まずそうに目をそらしたのが目に入った。それを見て、次は自分の背後を見る。屈強な、先ほど見た紳士服姿ではない、薄汚れたシャツとパンツの男たちに裏路地に連れ込まれていた。
「や! やめてください!」
「おい、こいつの口を塞げ」
「嫌! こんなとこで死にたくない!!」
夏美は騒げるだけ騒いだ。さっき自分から目をそらしたあの人達が、何かの心変わりで助けに来てくれるかもしれない。それに何より、なすことなせずに死ぬのが嫌だった。
「おい! そこで何をしている!」
鋭い声に顔をあげると、そこには軍服のようなものを着た男たちが立っていた。
(えっ……何この人たちかっこいい。やっぱり制服って魅力マシマシになるな……)
死にたくないと思って叫んでいた次の瞬間には、もう下心が出ている。夏美は自分のこの現金な性格を、我ながら憎みきれないでいた。
「いや、見慣れない女がいたもんで……」
「……」
愛想よく野蛮な男たちが答えると、軍服姿の男たちの視線が一斉に夏美に集まる。
「……女、お前この国の人間ではないな」
「は、はい……違うと思いますけど……」
「どこから来た」
「日本です!」
夏美の正直な回答を聞いた軍服姿の男たちは、数名で言葉をかわし、頷き合ってからこちらへ歩みを進めてきた。
「その女から離れろ」
その厳しい声に、野蛮な男たちは夏美から手を離す。
(よかった……助けてもらえそう……!)
「ありがとうござい──」
「この女を捕らえろ」
「えっ!?」
次は軍服姿の男たちに取り囲まれ、両腕を拘束された。
「ニホンなどという国はない。虚偽の申告と不法入国で投獄する」
地下室特有の重たい空気が、硬い石床に体育座りをしている夏美の周りにどんよりと漂っている。
夏美は軍服を着た複数の男たちに捕らえられ、あっという間に牢へと投獄された。彼らの会話からするに、この国はそこそこ治安が悪いらしく、日頃から警備にあたる兵士たちがいるらしい。そして夏美の様子を見た街の人たちが兵士たちを呼びに行き、野蛮な男たちに襲われているところを発見……そして夏美のほうが捕まり、今に至るらしい。
(なんかもうここまで来ると、現実感ないわ……)
何かを話している男たちの様子を、ぼんやり眺めている。
(見た目もみんないいし……異世界の人たちってやっぱり彫りが深くてサマになる……こんなところじゃなかったら、ワンナイトのお誘いしてたな……)
夏美は小さくため息をついた。この怒涛の展開に、自分の脳みそが追いついていないのは確かだ。
(本当にが異世界だったら、私はこの世界でどうやって生きていけばいいんだろう。住むところもないし、食べ物も……っていうかお金もないし。そう思ったら、私ここから出ても、結局いいことないんじゃ……)
夏美がそう現実逃避を始めた頃、ギィ、と重いドアが開く音が聞こえて、弾かれるように顔を上げた。複数の人がこちらに向かって歩いて来ている。夏美も、ここに来るときに下った階段を降りて来ているようだった。
次第に足音が近くなり、夏美もその音を聞いているうちに緊張し始めてしまう。もしここに来たらどうしよう、悪いことはしていないが、万が一殺されるようなことがあったら……と考えると、自然と俯き唇に力が入る。
「この者です」
夏美の予感は当たり、男たちは夏美の目の前で足を止めた。人生で生きてきたどの瞬間よりも心臓が激しく鳴る。
「おい、顔を上げろ」
「……」
自分に言われているのだと夏美は理解したが、なかなか身体が動いてくれない。なんとか時間をかけて、無理やり顔を上げて男の顔を見ると……。
(あ、アイザック……!?)
そこに立っていたのは、昨晩ワンナイトをともにしたあの男、アイザックだった。
「お前……」
夏美は檻の柵に手をかけて男に訴えた。
「私、何も悪いことはしてないんです! お願いします、ここから出してください!」




