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【08】私が聖女だから求婚なんてするの?

「し、し、神官がそんなこと言っていいの!?」

「あなたの祖国では、神職者は恋愛を禁じられていたのでしょうが、わたくしたちにとってはそうでない。

 愛を育て、子という実りを生み出すことは誰であれ推奨されております」


 いつの間にか追い詰められていた。

 露台の隅で固まったイミルに、フェダの夜影が重なる。出会いの日と同じ満月が、煌々と辺りを照らしていた。こんな強い明かりの中では何も隠せない。

 瞬時に熱くなって真っ赤に染まった頬も、戸惑う眉も何もかもが、フェダの瞳に明らかになってしまう。強力な磁力に引かれるかのように、イミルは視線を逃がせなかった。


(に、逃げたい! 転移の魔法使う!? だめだ準備してない!)


 離れた場所に瞬間移動が出来る魔法があるにはあるが、それには準備が必要だ。呪文だけでは足らず、転移したい場所に陣を敷いておかなくてはならない。こんなことならさっさとやっておけばよかった、自室と聖堂が遠いのであったら便利かなくらいは考えていたのだけれど。


(なら目くらまし? いやそれはあんまりにも失礼だし何かあったらどうするの、神官の目だよ絶対だめ、じゃあ弾き飛ばす? 調整間違って露台から落ちたら? ああもう、どうしよう、何も思いつかない!)


「逃げることばかり考えておいでですね?」


 くす、と、フェダは笑い声を漏らした。すっかり見透かされている。


「魔法などに頼らずとも、退けと一言仰っていただければ退きましょう。止めろでも、黙れでも構いません。あなたは聖女、そうできるだけの立場をお持ちだ」


 聖女――


 ぴくん、と、肩を跳ねさせて、イミルは黙った。

 聖女、そう、聖女だ。


 イミルは聖女ロクサーナ。トル・パティカの希望であり、精霊の声を伝える無二の役目を持つ者。

 皆が流れ者のイミルを受け入れ、歓迎し、擁してくれるのはそれひとつが理由だ。


 聖女だから、大切にしてもらえる。守ってもらえる。

 それならば、フェダは。


「……私が聖女だから?」


 聖女だから――

 こんな風に、口説くなんて真似を、するのだろうか。


(ただのイミルだったら、どうだったの)

(同じように口説いた? 素敵だって言ってくれた?)

(そんなわけない、だって私)


 地味で、真面目過ぎて、魔法一筋で、それが原因で、魔女なんて言われて。

 ヴェンガムドでは確かに重宝されていた。それは祖国が魔法国家で、イミルが魔法好きだったからだ。それがなければ友人も出来なかっただろうし、一生ぱっとしないまま、日陰で生きていただろう。


 家族仲は険悪だったけれど疎まれなかったのは、稼ぎが良かったから。

 婚約者とは愛し合って居たわけではなくて、ただ単純に、魔法の血を持つ家柄の、優秀な娘であったから。


 ここでもそうだ。聖女であるという異能がなければ、誰もイミルを気にかけない。

 何かが噛み合って、皆、それをありがたかがったり、便利に思ったりして、イミルを使う。


 フェダだってそうなのではないか。

 聖女でなければ、イミルの手を取ることなど、無かったのではないだろうか。


 そんな疑問に顔をしかめると、フェダは笑顔を苦笑に変えた。彼の目には何かが見えたのだろうか。しりしり鳴る鈴のような精霊の声はイミルをなだめ、そんなことはないと、否定を確かにくれるけれど――


「あなたが聖女であり、わたくしが神官であった。それはただの切欠と事実であって、愛情の理由にはなり得ません」


 フェダは囁くと、そっとイミルの頬に触れた。親指で目の下を撫でる。熱い指先だった。


「結果論を信じて下さるかは賭けですが、精霊に誓って誠実を貫きましょう。

 聖女だから求婚しているのではありません。わたくしが見惚れたのは、あなたが星屑を宿していると気づくその前。森で助けられたその瞬間です」


 ボケロケの胞子を吸い込んで、昏倒した時。

 あの時です、と、フェダは囁いた。唇を引き結んだイミルに向けて。


「意識を失い、目を閉じ、また開いた時、初めて目にしたのがあなたの瞳だった。あまりにも眩しく、愛らしく、抱擁せずにはいられませんでした」

「あっ、あの時、そういえば一瞬抱きしめられて……」

「すぐに突き飛ばされましたね。その後です、あなたがロクサーナだと気が付いたのは。

 わたくしがあなたを見、あなたがわたくしを見た時、既に愛情を覚えていた。抱擁したかった。腕に閉じ込めたいと強い欲を抱いたのです。

 トル・パティカでは、一目惚れは立派な求婚理由ですよ。これが答えになりますか、イミルさん」


 意図的に、だろう。

 フェダはイミルを聖女と呼ばなかった。イミルさん、と優しく呼んだ。


(そういえば、この人)


 二人の時は、イミルをそのままの名前で呼ぶ。

 人々に囲まれている時や、祈りの場では聖女と呼称しても、他はそうではない。いつだってイミルさんと呼んだ。イミル自身が気付かないほど普通に、当たり前にそう呼んだ。

 フェダは祖国でのイミルを知らない。魔法だけが取り柄で、それで重宝されたことを知らない。


 彼がその名で呼ぶのは、正真正銘のただのイミルだ。

 誰にも顧みられることのない、何の力も役にも立たないイミルを――


「美しい、と、感じます。あなたの瞳は、わたくしをすっかり射抜いてしまった」

「そんな、そんなの、だって……」


 どうしよう、と、イミルは唇を噛んだ。

 あまりのことに、倒れてしまいそうだ。泣き出してしまいそうだ。

 追い詰められて手を取られて頬を擦られて、それもできない。背の高いフェダにすっかり隠れてしまう小柄な身体は、露台の隅で熱くなって震えるしかない。

 嬉しいと感じているのに、うまく言葉に出来なかった。

 熱くなる目と鼻の奥からつんと水分が飛び出しそうで堪える。ぎゅっとしかめた顔はきっと不細工だ、見られたくないのに、明るすぎる月光は全てを明らかにしてしまう。

 イミルが泣きそうになっていること。

 嬉しくて、ひどい顔になってしまっていることも。


「ですから、聖女と称えられ、多くの人に囲まれているのは少々焼けます」


 答えられないイミルに向けて、フェダは少しだけからかいの表情を見せた。


「わたくしが見出した、わたくしの愛する人であるのに。あなたは常に人に囲まれているものですから主張も出来ない。目下の悩みはそれでしてね、精霊に積極性が足りないと助言をいただくほどです」

「さっきのあれはそういう意味だったの!?」

「彼らは人の心を透かしますから、わたくしの懊悩を見抜いていたのでしょうね」

「そ、それはなるほど納得、なんだけど…… でも聖女って、もともとはフェダさんが宣言して担ぎ上げたんじゃない、それなのにふ、二人きりになれない、なんて」


 第一、こうして一緒にお酒を飲んだりしてるじゃないか。こんなことをするのはあなただけなのに、と言いかけて気が付く。

 部屋に招くのも、何か相談するのも、迷いもなく相手はフェダだった。他にも人は沢山いて、同年代の男性も、よくしてくれる人も沢山いるのに自然とフェダを選んでいた。

 最初に出会った人だから。

 導いてくれる人だから。

 それも無論ある。だけれど、間違いなく、フェダはイミルにとって特別だった。異郷の地でどれだけ助けられたか、どれだけ頼りになったか。

 いつだって側に居て、守って、笑ってくれるのはフェダだ。

 彼がにっこり笑う度に、こちらも嬉しくなって笑っていた。


 それは――いつの間にか、惹かれていたからではないだろうか。


読んで下さってありがとうございます!!次話もフェダがぐいぐい行きます。


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