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【06】これはなかなか照れくさいぞ?

 こうしてイミルはロクサーナの名を与えられ、聖女としてのつとめを果たすこととなった。



 導き手になると宣言したフェダの働きは確かで、新しい環境に戸惑うイミルを助けた。

 言語こそ共通語であるが異なる生活様式や名称に困らないよう雑学を教え、町を歩くだけで取り囲まれる状況をやんわりといなしながら、聖女としての在り方を教えた。


 『精霊の声を聴き、人々に届ける』。

 それが聖女の仕事。


 さざめく音を、声を聞き、その意味を伝える。

 根が張り過ぎて土が息苦しいと言えばそのように伝え、草木が水を求めていれば皆で撒く。

 初めはうまく伝達できなかったイミルだが、フェダの補助で思ったよりも早く馴染めた。今では少しずつであるが暇も余裕もでき、合間に魔法研究も再開するに至った。


 まったく、何もかもがフェダの尽力のおかげだと、しみじみ思う。


 彼の甲斐甲斐しさといったら相当なもので、まさに四六時中、おはようからおやすみまでフェダはイミルにつきっきりだ。

 そこまでしなくてもとやんわり言ってみても、


「これこそがわたくしの至上の使命。どうか奪わないでください」


 と潤んだ瞳で訴えるものだから、参ってしまう。

 その近すぎる距離感にも慣れ、気づけば二か月。

 ロクサーナと呼ばれてすぐに返事ができる程度に慣れた頃、イミルはフェダと例の露台で月見酒をするくらいには親しく気安くなっていた。



「あー、おいしい。こっちのお酒はちょっと苦いけど香りがいいんだねえ」


 ぽやぽやとほろ酔いのご機嫌でイミルが言うと、フェダは全く酔っていなさそうな顔で、薬草酒だからでしょうね、と答えた。

 神官の帽子を取り、前髪を下ろしたフェダは顔立ちが少しだけ幼くなる。以前年齢を確認したのだが、彼は二十八歳、イミルよりも三つ年上だった。それでも同年代、落ち着いて大人びた人だなといつも思う。


 神官が着る制服は襟がきっちり詰まっていて、彼が露出を許しているのは顔以外では指先くらいだ。手の甲まで覆う黒い袖の上には藍色の分厚い長衣が被さり、爪は藍色。聞けば、藍は星屑蝶を表すとして吉兆色とされているのだという。

 星屑の蝶、と、イミルは小さく呟いた。

 なんでもその存在が、イミルに祝福を与えたから、この耳があるというのだけど――


「まさか私の悩みの種が、誰かの役に立つなんてね」


 露台に肘をついて漏らした言葉は、独り言のように夜に溶ける。


「ヴェンガムドは自然があんまり残っていなくて。だから声もしょっちゅう聞こえたりしなかったんだ。ここに来て最初は耳がくすぐったかったよ、こしょこしょ囁かれてるみたいで」

「樹木に、水に、精霊は宿りますから。ここは彼らが居心地の良いよう作られているのです」

「きっと気に入ってるよ。なんか雰囲気がご機嫌だし。あ、でも」


 くふ、と、イミルは酒臭い笑いを漏らした。


「何です、精霊のお言葉でしたら記録しますのでしばしお待ちを」

「いや、そんなたいそうなのじゃないと思う」

「いいえ、神託です。彼らは何と」

「『目の子が楽しそうでよかった』って」


 あなたのことだと思うよ、と。

 イミルは目を細め、驚いた顔をしているフェダにそう、教えた。


「精霊を光として見られるのが神官なんでしょ? だったら目の子っていうのはフェダさんだ。毎日充実してるみたいでとっても良いって。前は難しい顔ばっかりしてたって、本当?」

「……精霊が、そう言っているのですか?」

「意訳するとそんな感じ。言葉じゃないんだけど……」


 精霊の言葉は明確な言語ではない。さらさらとかしゃらしゃらとか、そういう音で聞こえてくる。自然とイミルには意味が分かる。それが祝福を与えられた証だというのなら、なるほど聖女、と納得できる。そう思える二か月を送ってきた。


 人々は精霊を大切にし、彼らが住まう自然をまた、大切にする。

 しかし聞こえない以上、正しい行いかどうかは判断がつかない。その言葉を翻訳して伝えることができるのだから、聖女は大変重要な役目なのだろう。


「精霊はトル・パティカの人たちをちゃんと見てるし、感謝もしてるんだと思う。危険な時は金属が鳴るみたいな高い音が出るんだよ。フェダさんを見つけた時もそうだった」

「わたくしを。では、あの時あなたが現れたのは」

「精霊に呼ばれたんだね。あなたを助けさせたかったのかも」


 なるほど――と、フェダは小さく幾度も頷いた。酒を一口、浅く飲み下す。


「ならば益々、お礼を申し上げねば。少しお時間をいただいても?」

「いいけど、何するの?」

「感謝の祈りです。イミルさんはそのままで」


 言いながら、フェダはいそいそと支度を始めた。正装の帽子を被り直し、襟や裾を整えた上で露台に片膝をつく。最後に長い袖をばっと払って両手を合わせると、イミルを見上げ、口を開いた。


「いと尊き草水のかたがた、我らを見守る優しきものらよ――」


(あ、これ、毎朝の)


 はっとしてイミルはグラスを置いた。まっすぐフェダに向き直る。


 この言葉は知っている。朝になると聖堂に集まったトル・パティカの人々が、精霊に祈りを捧げる時の最初の挨拶。

 聖堂にご神体にあたるものは無く、彼らはめいめい、感謝したい自然に向けて手を合わせる。フェダは一番よく声が届くようにと、聖女にあてて手を合わせたのだろう。

 だったら自分は、静かに佇んでいるべきだ。イミルは息を吐いて、伝達役に徹した。


「彼女をわたくしの元へ導いて下さったことに、深く感謝申し上げます。我が命はこれより先、聖女よりほかに寄る辺なし。共に生き、支え、身命を尽くしてお守り申し上げることを誓います。遠き声を繋ぐ清き乙女の守り手として、生涯を共にすると誓います。

 どうか慈悲の腕によって、定命の我らをお抱きください、星屑蝶の導きに重ねて感謝を。三度の感謝を」


(んっ、これは、なかなか照れくさいぞ……!?)


 イミルは羞恥心でむずむずする身体を、力を入れてなんとかやり過ごした。

 フェダは大真面目に感謝の祈りを捧げているのだから、邪魔してはいけない。たとえその言葉が熱心過ぎて若干妙なニュアンスを含んでいたとしても、そういう風に聞こえるだけだ。


(まるで結婚の誓いだとか思っちゃいけない。精霊に向けて言ってるんだから…… ん、なんかくすくすしてるな)


 ぎゅっと目を閉じると、より強く、精霊の囁き声が聞こえてくる。

 笑っているのだとすぐに分かった。意味としては微笑ましいものを見るみたいな、頑張れと言っているみたいな……


「――イミルさん?」

「はっ!? あ、終わった!?」


 聞き取ろうと集中している間に、フェダの祈りは終わったようだった。

 すっと立ち上がった彼はまた露台に戻り、首を傾げるようにしてイミルを見た。


「どうでしょう、あなたの周囲に光が見えましたが、精霊は何か言っておられましたか? わたくしの声は届きましたでしょうか」

「ああ、うん。たぶん大丈夫。返事というか反応というか?」

読んで下さってありがとうございます!!最後までお付き合い下さったらとても嬉しいです。

次話もぜひ読んでやって下さい。


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