【04】思い返せばなかなかに劣悪環境でしたしね!?
イミルはそのまま町へと連れて行かれ、聖堂で大歓迎を受けた。
そこで聞いた話によると、トル・パティカでは、精霊信仰がさかんだという。
樹々や水や土や石、万物に宿るものを神と認識し、共生するのがこの地での生き方だ。この地域に限った考えでなく、大陸の東部では古くから馴染んでいる宗教だという。ヴェンガムドでは異端、悪魔に分類されるものらが、ここでは敬うべき存在として祀られているのだ。
精霊の声を聴ける者を、彼らは聖女と呼ぶ。
尊き者等の声を聴き、人々に伝える無二なる存在。
星屑をまとった蝶の姿をした精霊が、祝福を授けた人間。それが聖女だ。初代の女性にちなんでロクサーナと呼称されるこの聖女にイミルは該当する。稀有な存在であり、今まで長い間不在だったため、イミルが現れたことは彼らにとって大いなる喜びだったのだ。
トル・パティカの人々がどうしてこんなにも喜んでいるのか。何故イミルをロクサーナと呼ぶのか。その理由が自らの耳にあることを、こうしてイミルは知ったのだった。
「精霊を光として認識できる目を持つ者はわずかにおり、それが我々、神官です」
そう、件の男性――フェディタダールと名乗った彼は、やっと静かになった夜更けの聖堂で、イミルににっこりと笑いかけた。
(私の変な聴覚に、そんな意味があろうとは)
などとはとても言えない雰囲気である。
「神官はいつか現れる聖女をその目で探し、迎えることを至上の目的としております。
目覚めた時、あなたの周囲は精霊の光で眩しく輝いていた。この目がそう告げたのです。イミルさんがまぎれもなく聖女であると。ボケロケの毒に感謝しなければなりませんね」
「ボケロケ?」
「動物を眠らせる茸のことです」
「ああ、昏睡茸のこと。そっか、場所が違うんだから名前も違うか……」
イミルは小さく呟き、それからきゅっと眉を寄せた。
(どうしよう、こんなことになるなんて)
聖女、だなんて。
正直どうしたらいいのかわからない。突然知らない宗教の知らない重要人物に祭り上げられるなんて、対処方法が全くの不明だ。
(私、ただ迷惑な耳ってだけで、別にありがたくもなんともないんだけど)
それに――
「……あのう、フェディタダールさん」
おずおず挙手して訪ねると、フェダは微笑みを浮かべてはい、と応じた。
「敬語などおやめください。名も短くフェダ、と。
何でもお答えいたします、ロクサーナ」
「それなんですけど本当に間違いはないですか? 私、祖国を追放されてここまで来たただの流れ者なんですけど」
「追放?」
ぐっとフェダの眉間が深くなった。表情が変わると一気に雰囲気が変わる。こわ、とイミルが身を引いた分、彼は顔を近づけて来た。ますます怖かった。
「一体お国で何があったのです。よもや迫害など」
「そんな大層なもんじゃないですよ! 腹の立つ追い出され方ではありましたけど…… なんか魔女呼ばわりされてしまって」
「魔女、ですと」
仕方なく身の上話を始めたイミルに、フェダは鋭い視線を寄越した。
「我らが聖女を魔女と。それはどのような理由で?」
「こ、こわい顔しないで下さいよ! ええと……ご存じですかね、となりの大陸のヴェンガムドという魔法国家で、私はそこで魔法の研究職についていて」
イミルは語った。
みずからが生きて来た日々。魔法が好きなことも、耳に悩まされたことも、勤め先の激務も。ある日冤罪を押し付けられ、魔女として追放されて半年かけて、ここまで流れて来たことも、全て。
フェダは黙って聞いていた。次第に彼の、膝に添えられていた手が怒りの握りこぶしに変化していった。
(お、怒ってる)
めちゃくちゃ怒ってる。
正直泣きそうなくらい怖かった。目を合わせられずにイミルが下を向くと、そのつむじに、静かなフェダの声が投げかけられた。
「何と痛ましい。他国での出来事とは言え、そのような扱いを受けるなどと」
そのまますっと、両手を握られる。熱い手だった。ひえ、と思って顔を上げると、あの不思議な色の瞳と目が合った。
彼は心底、懸念を浮かべてイミルを見つめている。他人にそんな心配を向けられたこと自体が初めてで、どう答えていいか分からない。いえそんなと首をぶんぶん振って、自然と早口になる。
「いや、ほんと、最初こそどうしようって途方にくれたけど今となってはどうにかなったぞ~って至極前向きな気持ちなんですよ!
思い返せばなかなかに劣悪環境でしたしね!? 家族は浪費家でぜんぶお給料もってかれるし、妹は勝手に服とか持っていくし、友達も少なかったし仕事もなんというか激務通り越して徹夜が当たり前だったし、かといって褒めてもらえるなんて全くないし! 婚約者にも石投げられたみたいなもんですからね! 今の方が気楽なもんです、本当に!」
嘘じゃない、本当にそう思う。
当然と受け入れていた生活から離れてみて初めてわかる、自分の環境は自然ではなかった。魔法が好きという気持ちだけで受け入れていたさまざまなことが、実際には搾取と我慢に満ち溢れていたと改めて思う。
「それでも仕事を辞めなかったのは――」
その環境に、留まり続けたのは。
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