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【02】引継ぎとか一切してないけど大丈夫なんだろうか?

イミルは呆然と立ち尽くした。


 許された荷物は、引っ立てられた時に着ていた魔法研究所の制服と、懐に入れていた財布と眼鏡のみ。

 頭はまだぼうっとしていて、蓄積した疲労のせいか、現実感がない。あるいは頭があまりの状況に麻痺してしまったのか、悲しみはさほどなかった。それよりも染みついた研究員としての精神が、日常的なことばかりを考えさせる。


(引継ぎとか一切してないけど大丈夫なんだろうか。次の会議で提出する予定だった元素魔法と召喚魔法の掛け合わせ理論、私以外にまとめられる人いるのかな。あれがぽしゃったらうちの組、今度こそ解体されるんじゃ。それに家だって――家はまあ、いいか)


 うん、まあいいか、で済ませられる。その程度には家族に愛着はない。

 研究職で稼いだ給料で放蕩三昧をつくし、帰宅すればあれこれ文句と金の無心ばかりする両親と妹のことは、あんまり考えたくない。多少財産はあるだろうからなんとかするだろう。



 では、自分のことは。



 どうしようか――と、イミルは眼鏡を持ち上げた。悲しいことに、引っ立てられた時、ひびが入って欠けてしまっていた。


(私を魔女だって、ないこと吹き込んだ人がいるってことだよね。誰か、はいいや、対立してる組の研究員か、考えたくないけど同じ組の、足を引っ張りたい人。邪魔だったってことかな。へこむなあ……)


 魔女。邪教徒。悪魔の信奉者。

 そんなありもしないでっちあげを、押し付けられて。


(いままで頑張ってきたのに、ばかみたい)


 しょぼん、と肩が落ちる。

 ようやく悲しみが、ひたひた足音を立てて歩み寄ってきた。

 一生懸命やってきたことが、誰かの邪魔になって、冤罪を着せられて食うや食わずの状況に陥っている。

 それもこれも、あれ、のせいなのかもしれない。


(幻聴――)


 イミルの持つ特性。

 人には心労から来る一時的な症状と説明していたけれど、実際には違う。


 イミルは生まれつき、ひとでないものの声を聴く。

 草木の、虫の、鉱石の、声なきものたちの囁き声を聴き取ることができる。


 望んだ能力ではなかった。皆もそうだと思ってさえいた。子どもの頃、誰も同じ耳を持っていないと知って驚いた。人々は、夜窓の向こうから聞こえてくるさざめきの笑い声や、ひそひそ語りかけてくる柔らかな歌を知らないのだ。


 何故自分だけ、こんな声を聴くのだろう。そう仲間に相談したこともあった。

 だから、そのあたりから漏れたのだろう。

 魔法は人間の血で繋ぐ、純粋な力。それ以外の超常の力はすべて悪魔が惑わす産物である、というのが、ヴェンガムドでの通説だ。

 故にイミルは悪魔の声を聴く異端の魔女として、烙印を押されてしまったのだ。


(欲しくて持ってるんじゃないよ、こんな耳……)


 厄介な音を拾うこの耳をむしってしまったなら、聞こえなくなるだろうか。

 なんて自棄を考えるのはよくない傾向だ。

 勢いよく、イミルは頭を振った。眼鏡がまたずれる。

 持ち上げたが、そのまま思い切って外してみた。これももう外してしまおう。もともと視力矯正のためではなく、暗視の魔法をかけていただけだ。もう必要ない。夜中に延々魔導書を読みふけることなどできないのだから。


(やめやめ。暗くなるのはやめよう。いいことなんか何もないし)


 つとめて前向きな気持ちでもって顔を上げる。涙が出そうだったが、ふん、と鼻を鳴らすと何とか引っ込んだ。


(身体ひとつあればやり直せる。死刑にはならなかっただけ幸運だったんだ)


 ヴェンガムドでは魔法は上流階級の生活の一部だが、諸外国ではそうではない。傷を癒せば医療機関に、ものを運べば運搬業に、教える立場であれば教師に。働き口はいくらでもある。イミルは魔法使いとしては有能だ。生きる道さええり好みしなければ、外の国でもきっと仕事を見つけられる。財布が奪われなかったことも幸運だった。速攻路頭に迷うことはまず、ない。


(手持ちのお金で遠くまで行こう。行けるまで行って、そこを新天地にするんだ)


 新しい自分になって、一からやり直す。

 贅沢なんていらない。穏やかに、静かに、生きていければそれでいい。研究を続けられないことは少しだけ悲しいけれど、落ち着いたらまた自己流で始めたらいい。


 そして、新しい場所では。

 そこでは魔女なんて呼ばれないように、この耳のことはちゃんと隠して生きるのだ。


「――うん、大丈夫そう」


 小さく呟いて、イミルは試しに笑ってみた。

 眼鏡を失くしても世界は明るい。そう悪い気分ではなかった。



 そうして――たどり着いた港町で、目についた船に乗り込んで。



 遠く、遠く、とおく。

 イミルは海を渡った。渡った大陸で東へと向かう馬車に乗り、先々で人の手伝いなどして生活を繋いだ。

 そうして、研究ばかりでなまっていた足腰が少しは強靭になってきた頃。


 また聞いたのだ。

 ひとならざるものの囁き声を。


 きいん、と、金属を鳴り響かせるような――緊迫感に満ちた音を。




読んで下さってありがとうございます!!最後までお付き合い下さったらとても嬉しいです。

次話もぜひ読んでやって下さい。


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