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【14】どなたかと間違っていらっしゃるみたいですね

「巨大な光に小さな光が集まり、ひとつとなって、あなたに吸い込まれていくのが見えました。あれはニレの木と、生き残っていた小さき方々でしょう」

「うん、そうみたい。取り込むとかそんなつもりじゃなかったんだけど…… 一緒に行こうって言ったものの、実際やり方はわかんなかったし」


 ぐず、と鼻を啜って、イミルは腹をさすった。


「いいよって言ってもらえたら、どうやって運べばいいですかって聞くつもりだったんだ。なんか入ってきてくれた。このままトル・パティカに帰ってもいい?」

「精霊を身に擁し場所を移すというのは、聞いたことがありませんが。かの主が望まれたのであれば可能でしょう。あなたの身に問題なければ」

「大丈夫じゃないかな。どこも痛くないし。あ、でも」

「どこかに不調が?」

「ううん。今、ニレの木がね。フェダさんに伝えってって。あなたの声はよく聞こえた、身命を賭しての祈りは深く響いた、って。

 ありがとう。頑張ったね、フェダさん」

「……冥利に尽きるお言葉です」


 言って、フェダは目頭を押さえた。

 神官にとって、きっと、これほど嬉しいことはないのだろう。すんと一度鼻をすすったので泣きそうなのかもしれない。イミルがそっと彼の腕をさすると、彼は顔を上げ、薄く笑った。それからその腕でもって、そっとイミルの肩を抱いた。

 冷えてはいるが大きな、頼もしい手だ。イミルはそっと手を添えて寄りかかった。どこにいても、いつでも、頼りになるフェダの手だった。


「あなたも、ロクサーナ。ご立派でした。我らが聖女」

「うん」

「泣いておいでですか」

「ちょっと。……それもあとで話すね」


 自分が確かに救われたこと。

 フェダが自分を信じてくれていること。


 本当はこの場で大泣きして、何回もありがとうを伝えたった。だけれども、いつまでもこうしていられない。この身体には、弱り切った精霊が宿っているのだ。イミルは疲れた体をもうひと働きさせるべく、ぐっと足に力を込めた。

 目の前には変わらず、幹に痛々しい傷を残したニレの木がある。

 だが、これはもうただの木だ。

 悠久を生きた、かつてのヴェンガムドの守り神は、ここにはいない。


(これから、ヴェンガムドはどうなるんだろう)


 ふと、そんな心配が頭をよぎった。

 人知れず守り続けた存在を失って、魔法と鉄でできた国は、どうなってゆくのだろう。

 その先を考えると胸が痛い。だけれど、自分の手の届かない問題であることもまた理解できた。国は多くの人の思惑と営みを抱えて変化してゆく。守りがなくなっても、わずかな祝福さえも失っても、案外力強く生きていけるのかもしれない。

 それならそれで、きっと良いのだ。

 聖女が、イミルができることは、呪いを振りまき消え去りそうだった精霊を救い出すことだけ。

 もはや、ヴェンガムドはイミルの生きる場所ではないのだから。


「さ、帰ろう。このひとを早く休ませてあげないと――」

「イミル、こんなところにいたのか!」


 踵を返したイミルとフェダに、突然声がかけられた。

 振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべた、かつての婚約者が立っていた。





 慣れたもので、イミルの表情の変化からフェダは既に悟っていた。


「ディルム……」


 呟いたイミルの声にますますフェダは表情を険しくする。元婚約者、イミルを手酷く突き放した男だという認識なのだから当然かもしれない。


 騎士に向けたものよりも敵対の意志を強くして、フェダはイミルの前に立った。

彼が懐に手を入れたのは、そこに護身用の短刀があるからだ。神官は聖女を守る者――と、いつか見せてくれたその鋭い刃は、何かあれば躊躇いなく短刀を振るうという意思の表れだった。


 そんな一種の危機を知らず、半笑いを浮かべたディルムは駆け寄ってくる。フェダをむっとした顔で見上げ、何だ君はと文句を言ってから、また笑顔をイミルに向けた。


「やっぱり君の働きだったんだな! イミルが戻ったって城で聞いて…… 森に向かったというから危険も顧みずに助けに来たんだ。僕の魔法が必要だと思ってね!」


 どん、とディルムは薄い胸を叩く。


「僕もこの森には何かあるんじゃないかと思っていたんだ。不気味だし、いつも暗いし、ひょっとしたら悪魔の信奉者がヴェンガムドに呪いをかけてるんじゃないかって。だけどもう終わったみたいだね、皆突然元気になったんだ、もう大喜びさ!

 さすがはイミル、僕の婚約者なだけはある。この働きを知ったらきっと王も恩赦を下さるよ。安心してくれ、口添えだってちゃあんとするさ。やっと君と結婚できる、夢のようだよ! おっと、でももう悪魔信仰はやめてくれよ? すっぱり手を切ったって誓えば、きっと許してもらえるだろうからさ!」


「……」


 ぺらぺらまくしたてて喋るディルムに対し、フェダは完全に目が座っていた。

 懐で不穏な金属音がちき、と響く。イミルはその胸に手を添えた。ふるふる首を振る。


「大丈夫、フェダさん。任せて」

「しかし」

「いいの」


 これは自分の問題だ。フェダがいくら守ると言ってくれても、この手で片付けたい。


(しっかし、離れてみて良く分かる。もと婚約者だとしても呆れちゃう)


 ディルムは血筋を絶やさないためにと、親同士が決めた婚約者だった。

 侯爵家である彼は自らに誇りと自信を強く持っており、以前はその点が、ちょっと過ぎているけど頼もしくもあるなどと好意的にとらえていた。が、違う。これはただの身勝手で自分が大好きなだけのろくでもない男だ。


 イミルが捕らえらえた時、魔女と罵り突き放したディルム。

 せめてあの時少しでも寄り添ってくれれば、こうはならなかったかもしれないのだけれど。


(なんていうか、どうしようもないわ。微塵も未練を感じない)


 イミルはふう、とため息をついてから――つとめて冷たく、口を開いた。


「どなたかと間違っていらっしゃるみたいですね。私、あなたのことなんか知りません」

「へ?」


 ディルムは間の抜けた声を出した。笑い顔のまま、頬を引きつらせている。


「何言ってるんだ。笑えない冗談なんてやめてくれよ。君はイミル、僕の婚約者だろ?」

「違います。私はロクサーナ。東のトル・パティカに住む星屑蝶の娘。そして」


 ちら、と、ここで、イミルはフェダに視線を向けた。


(いい機会だ。照れくさいけど言ってしまえ。私だってほんとはあの時。素直に答えたかった――)


「ここにいる神官、フェディタダールの奥さんになる者です。

 ……で、いいかな、フェダさん?」


「――」


 照れ笑いを浮かべたイミルに、きょとん、と、フェダは大きく目を見開いた。

 それから、見たこともないほどに、深く、深く、それでいて勝ち誇るような、大いなる喜びの笑みを口元に浮かべた。

読んで下さってありがとうございます!!もと婚約者とも縁切りせねば。次話でラストです!




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