【12】そんなの、まるで祈りだ
『そなたは星屑の娘だな。
祝福の子の願いとて聞き入れられぬ。呪は恩恵を忘れた愚かな子等に相応の報いである。
かつて子等が脆弱な生き物であった頃、助け、手を差し伸べたのは誰か。我らである。
暮らしを支える為に樹を水を分け与えた。棲む獣をも肉とするを許した。全て子等の為に。
だがどうだ、恩を忘れ、我を忘れ、土を汚し水を汚し、我欲の為に利用する。感謝を忘れ、仇で返した。
黒鉄は毒ぞ。ならば我もまた、毒を持って呪おうぞ。
苦しみの内に思い出せ、そして畏れよ、我は古きもの、悠久なるもの』
(ああ――なんてことだ)
びりびりと大気が震える中、イミルは言葉を失った。
かつて――
ヴェンガムドもまた、トル・パティカと同じく、精霊と共に生きる土地だったのだ。
魔法の発展と共に共存は失われ、古い信仰は悪魔として分類され、人々は忘れてしまった。
大昔、きっと途方もない昔、自分たちが森に守られていたことを。
それでもなお、人々を我が子と慈悲を失わなかった主は、刃を向けられて嘆いた。
嘆きが怒りに代わり、呪いとして、ヴェンガムドを襲った。
『そなたにこそ理解できよう、魔女として追放された娘。搾取され棄てられた娘よ。共に呪おうぞ、恩知らずに鉄槌を下そうぞ』
あざ笑うかのように、声は吠えた。
イミルはまるで、頭を殴られたかのようにくらくらした。彼はイミルの境遇を知っている。精霊は心を見透かすものだとフェダが言っていた。
知っているのだ。イミルの想いも、扱いも。
だからこそ、一緒に呪おうと、嗤うのだ。
(わかる、わかるよ)
唇が震える。言葉が喉まで出かかる。腹が立つと。自分勝手だと、怒って当然だと。
イミルはヴェンガムドの日々で、お世辞にも幸せだとは言えない日々を送った。その末に追放され全てを奪われた。
今回だって、助けに来る故などない立場だった。見捨てても良かった。
でも、そうしなかったのはなぜか。
しなくて済んだのは――なぜなのか。
(だって私には、フェダさんが、トル・パティカの皆がいたから)
だから、恨まずにいられた。
独りぼっちで放浪していたら、きっといずれ心は摩耗して、ニレの木のように、恨みを吐き散らしていたかもしれない。はじめは前向きに進んだ道も、孤独が満ちるにつれ、変容していっただろう。どうしてこんな目にだとか、絶対に許さないだとか、怨嗟を散らして生きただろう。
だが、イミルは救われた。
この木には、何もなかった。
(どうして訳もなく悲しい気持ちになったのか、わかった)
それは、呪詛の裏に嘆きがあったからだ。
忘れられてしまったことが、ただ資源として搾取されたことが、精霊たちは、悲しくて辛くて、悔しくて。その嘆きが声に満ちていた。
(ただ思い出して欲しかったんだ。畏れと一緒に。ここに居るって。昔みたいにって、そんなの)
「そんなの、まるで、祈りだ……!」
ああ、また、泣き出しそうになってしまう。
精霊の想いが辛い。彼らはとても純粋で慈悲深くて、そしてどこまでも人間と違うものだから、このやり方しか方法がない。誰も叫びを聞くことができないヴェンガムドでは、腕を振り回して存在を主張する以外に、出来ることなどひとつもないのだ。
だけれど、今は。
(わたしが、居る――)
フェダの支えを断って、イミルはもう一歩、前に踏み出た。
ニレの木に近づくだけで、卒倒しそうな音の奔流が襲い掛かってくる。泣いている。叫んでいる。耳を塞ぎたくても塞げない、いや、塞がない。聞かなければならないのだと強く思う。それが、祝福を受けたイミルにできる精一杯の誠意だった。
「聞いてください、ニレの木!」
イミルは大きく両手を開いた。白い装束の袖が、大きく風にひるがえる。
「私はロクサーナ、はるか東の地で、精霊と共に生きる星屑蝶の娘です!
どうか私たちと共に来て。あなたを迎えさせて欲しい!」
「イミルさん、何を……」
「フェダさんは黙ってて!
――あなたの言う通り、私は少しだけあなたの気持ちが分かります。悔しいのも寂しいのも辛いのも伝わります。でも、同じ私が恨みを持たないで居られたのは、新しい場所を見つけられたから。大切にしてくれる場所にたどり着けたからなんです。
だから、あなたにもそうなって欲しい。あなたに合う土と水を探します、塚を作り、苗を植えて、お祀りして、心安らかにあれるように尽くします。だから呪わないで。許してあげて。この国は」
魔法と律の国、ヴェンガムドは、もう。
「もう、あなたたちを思い出すことは、二度と――ないから」
それは、それは、辛辣すぎる真実の断言だった。
一瞬だけ、辺りが静まった。イミルの言葉を聞いて、全てのものがまるでごくりと唾を飲んだかのような静寂だった。
だがほんの数秒だ。
『認 め ぬ』
すぐに、今まで以上の叫びが、慟哭となって響き渡った。
読んで下さってありがとうございます!!次話もまだまだ戦います。




